第10話 私の居場所は、妖怪食堂。

 それから、一週間がたって、今夜は大晦日です。年内の営業は、今夜で終わりで、新年は、三日の夜からの営業です。

今夜は、少し早めにお店を開けて、年越しそばを作ることにしています。

 思えば、クリスマスの夜は、アマビエさんとハンギョさんの赤ちゃんが生まれたことで、お客様たちにも祝ってもらって、大賑わいの夜になりました。

今でもあの時のことは、思い出します。楽しい夜で、一生の記念になるクリスマスでした。

 アレから一週間たって、赤ちゃん人魚は、元気に洗面器の中で泳いでいました。

まだ、一人では洗面器から出られないので、母親のアマビエさんのように、宙を泳ぐようなことはできません。

見ると、きれいな金魚のようで、ときどき自ら顔を出して、アマビエさんやハンギョさんに甘えています。

 男の子は、ハンギョさんそっくりで、まだ立つことができず、人間の赤ちゃんのように、ハイハイしています。

ベビーシッターのお歯黒さんがつきっきりでした。体が乾くといけないので、ときどき水に入れると仲がよさそうに、赤ちゃん人魚といっしょに泳いでいました。

 私も可愛すぎてメロメロです。ずっと見ていても飽きません。

「ほら、見てばかりないで、仕事しなさい」

 アマビエさんに注意されました。でも、今日こそ聞こうと思ったことがあるので、思い切って聞いちゃいました。

「アマビエさとハンギョさんて、どこで知り合ったんですか?」

 聞きたかったのは、二人のなれ初めです。前から聞きたくて、気になっていたことなので、赤ちゃんも生まれたことだし、今がチャンスだと思いました。

「さぁね。そんな昔のことは、忘れたわ」

 アマビエさんは、そう言って、パソコンの画面を見ながら言いました。

すると、赤ちゃんのお世話をしている、お歯黒さんが言いました。

「なにを照れてんのよ。アンタらしくないじゃないのさ」

「もしかして、お歯黒さんは、知ってるんですか?」

「もちろんよ。あのときは、妖怪の森は、大騒動だったからね」

 そう言って、意味深に笑いました。私は、膝をお歯黒さんに詰め寄ります。

「聞きたい?」

「ハイ」

「それじゃ、教えてあげる。アマビエちゃん、いいわよね」

「勝手にしたら」

 そう言うと、アマビエさんは、隣の部屋に行ってしまいました。

「照れてんのよね。昔から、素直じゃない、ツンデレ人魚だからね」

 お歯黒さんは、言いながら笑いました。

「アレは、ずっと昔、百年くらい昔の話よ。海の底には、人魚の国と半漁人の国があるの。早い話が、人魚は女で、半漁人は男だけの世界なのね。卵が孵化して、子供が生まれると、女の子は人魚の国で、男の子は半漁人の国で、親子別れて暮らすのよ」

「お父さんとお母さんとも別々なんですか?」

「そうよ。男同士、女同士で、別れて暮らすの。人間みたいに、男女で暮らすことはないのよ」

 人魚の世界にも、厳しいルールがあるようです。でも、それって、両親が揃わないのは、ちょっと悲しいと思う。

「それにね、人魚と半漁人は、人間みたいに好き合って、結婚するわけじゃないのよ。生まれたときから、相手が決まってるの。発情期になったら、交尾して、それで終わり。産卵して、孵化して、男女が生まれたら、それぞれの国に引き取られるのよ」

 私は、なんて返事をしていいのかわからず、お歯黒さんの話を聞きました。

「そんなとき、アマビエちゃんは、人間の世界に憧れて、軽い気持ちで海の外に出ちゃったのよ。そうしたら、運悪く、人間に見つかって、網にかかっちゃったのよね。それを、助けたのが、半漁人なのよ」

 私は、すごい展開に、無言で聞き入っていました。

「アマビエちゃんを助けた半漁人に一目惚れしちゃったのよ」

「あの、アマビエさんがですか?」

 その話に驚いたのは、言うまでもありません。いつもツンデレで、ハンギョさんより気が強そうなアマビエさんが一目惚れなんて、信じられません。

「そうよ。でも、結婚の相手は決まってるでしょ。だから、二人は、駆け落ちしたのよ」

「駆け落ちですか!」

 余りのことにビックリして、目を丸くします。お歯黒さんは、大きく頷きながら、あの時のことを思い出しながら話を続けました。

「駆け落ちしても、行くところなんてないでしょ。だって、海の中だもんね。見つかって、引き離されて、自分たちの国に連れ戻されるのがオチじゃない。そんな二人を助けたのが、砂かけなのよ」

「社長ですか?」

 またしても、社長の登場です。このお店を始めるきっかけも社長だし、店長を説得したり従業員の妖怪たちをスカウトしたのも社長です。何かと、節目には社長が登場します。

「二人を妖怪の森に匿ったのよ。でも、見つかってね。あのときは、ひと騒動あって、大変だったわ」

 どうやら、人魚の国と半漁人の国との諍いがあって、賛否両論で、争ったらしい。

「その時、二人が言ったのよね。もう、二度と、人魚の国にも半漁人の国にも戻らない。これからは、二人でやっていくって宣言しちゃったのよ。あのときは、あたしも見てて、感動して泣いちゃったわ。それで、妖怪たちは、みんな二人の味方になってくれたのよ。愛し合ってる二人を引き離すなんて、いくら妖怪でも可哀想じゃない。そう思うでしょ、ルリ子ちゃん」

 私は、もらい泣きして、何度も大きく頷きました。なんて素敵な話なんだろう。

ハンギョさんもアマビエさんも、素敵過ぎる。種族を超えて、愛し合って、二人で駆け落ちするなんて、彼氏のいない私には、感動的な話です。しかも、自分の国を捨ててまで、二人でいたいなんて人間以上の二人の愛に、私は、胸が熱くなってきました。

「二つの国を説得したのが、砂かけなのよ。二人の面倒を見ると、宣言しちゃったのよね」

 社長は、なんて心が広い妖怪なんだろう。私は、社長を心から尊敬しました。

「でもね、それで終わりじゃないのよ。砂かけはさ、二人の面倒を見る代わりに、妖怪食堂の社員として働くという条件を出したのよ」

 そう言って、お歯黒さんは、おもしろそうに笑いました。

「それから、アマビエちゃんは、必死にパソコンを覚えて、経理の資格を取って、すごく勉強したのよ。半漁人も接客から、簿記とか、経済のことを勉強したのよ。妖怪が、よくやるわよね」

 私は、いつもの二人を思い出すと、そんな過去があったとは、感動物語です。

「それから、半漁人は、狼男を説得して、何とかお店を出すようになって、アマビエちゃんは、化け猫ちゃんとかカッパとか、従業員にスカウトして回って、何とかお店を復活させたのよ」

「そんなことがあったんですか。アマビエさんもハンギョさんも素敵です。私、感動しました」

「そうかい。アンタだって、まだ若いんだから、ちゃんと恋をして、素敵な男を見つけなさいよ」

 それには、何とも返事のしようがなかったけど、いつかは私も、二人のような素敵な恋をしてみたい。

「お~い、ルリ子、仕込みを手伝ってくれ」

 厨房から店長の声が聞こえました。

「ほら、何してんだい。話は、ここまで。早く言っといで」

「ハイ。お歯黒さん、ありがとうございました」

 私は、お礼を言って、厨房に戻りました。

厨房に戻った私は、今夜の仕込みの用意をします。

今夜は、年越しそばです。店長は、厨房のテーブルで、蕎麦を打っていました。

手打ちそばです。妖怪なのに、蕎麦まで打てるなんて尊敬します。

 その横で、私は、カッパさんに教えてもらいながら、天ぷらの用意をします。

エビは殻をむいて、背ワタを取って、形を整えます。他に野菜を切って、かき揚げの準備もしました。

 その隣で、とうふさんは、お正月用のおせち料理を用意していました。

昼間の時間に店長が作っていたのは、おせち料理だったのです。

クリスマスは興味なくても、おせち料理は、古くから日本の家庭に伝わる伝統料理で、お正月に食べるものなので妖怪の世界でも、大事な行事でした。

しかも、豪華な三段重です。こんな豪華なおせち料理は、見たことがありません。

食べるのが楽しみです。

「これは、お正月に食べるから、まだ、食べちゃダメなんだよ」

 私がじっと見ていると、とうふさんが笑いながら言いました。

そんなに食べたそうにしていたのかしら? 私は、恥ずかしくなって顔をそむけました。

「ルリ子、正月は、家に帰らないのか?」

「そう思ったんですけど、アマビエさんに赤ちゃんが生まれたから、こっちにいます」

「年明けは、三日からだから、顔を見せに行くくらいの時間はあるぞ」

「いえ、ここにいる方が楽しいので、今年は帰りません」

「親が心配してるぞ」

「大丈夫です。年賀状も書いたし、年が明けたら電話します」

 心配してくれた店長の気持ちはよくわかります。でも、今年は、帰りません。

ここが私の今の家だからです。赤ちゃんたちのことも気になるし、お世話もしたいし、みんなと過ごす、初めてのお正月です。ウチに帰ってなんていられません。

ここにいたほうが、何十倍も楽しくて充実します。

 店長は、手打ちそばを包丁で切りながらでも、指示を出すことは忘れません。

「カッパ、とうふ小僧、明日の餅つきの用意はできているのか?」

「大丈夫でゲロ」

「明日のお餅つきが楽しみだね」

 私には、事情がわかってないので、不思議そうな顔をしていると、一つ目さんが言いました。

「明日のお正月は、みんなで妖怪の森で、お餅つきをするんだよ」

「えーっ、お餅つきですか?」

「そうだよ。妖怪の森のみんなが集まって、お餅つきして、みんなでお雑煮を食べて、新年をお祝いするんだよ」

「そうなんですか」

「お姉ちゃんもいっしょだよ。お餅つきって、したことある?」

「ありません」

「それじゃ、あたいといっしょにやるニャ」

「ハイ。楽しみにしてます。よろしくお願いします」

 化け猫さんと一つ目さんに、頭を下げます。

「大丈夫か? ルリ子に餅なんてつけるのか」

「任せてください、店長さん。私、そういうの得意なんです」

 そう言って、腕まくりしてガッツポーズをしました。

「期待しないで、楽しみにしてるぞ」

 店長は、大きな口を少し上げながら言いました。

お餅つきなんて、子供の頃にやって以来です。でも、今から楽しみです。

やっぱり、この食堂は、最高の職場です。これこそが、私の居場所で天職です。

ここに就職できて、ホントによかった。毎日、忙しくて、楽しくて、素敵な常連さんたちに囲まれて素晴らしい仲間に恵まれて、私は、幸せ一杯でした。

 妖怪たちとお餅つきなんて、昔の私なら、経験することはなかったはずです。

今から楽しみで仕方がない。その前に、今夜の大晦日です。


 その夜の大晦日は、常連さんたちやご近所の皆さんたちで大盛況でした。

みんな年越しそばを食べに来ました。

「年越しそばは、店長さんの食べなきゃ、年は越せないよな」

「店長さん、おいしいよ」

 大人も子供も、みんなおいしそうに食べています。

こんなにうれしい年越しなんて、以前の私には考えられませんでした。

夢かと思って、ときどき自分の頬っぺたをつねったこともありました。

でも、やっぱり痛くて、現実だということがわかります。

「ハイ、年越しそば、お待たせしました」

「ありがとう」

 お蕎麦を受け取ったお客様は、おいしそうに蕎麦をすすっています。

みんないい顔して、おいしそうに食べていました。

「ルリ子、お前の分だ。それを食ったら、初詣に行くぞ。ついでに、妖怪の森に行くぞ」

「ハイ」

 私は、店長が作った年越しそばをおいしく食べました。

見ると、従業員のみんなも、お客さんたちといっしょに、お蕎麦を啜っています。

みんなおいしそうに食べていました。この日ばかりは、普段は、キュウリしか食べないカッパさんやおからや豆腐ばかりのとうふさん、生の魚を丸呑みしているハンギョさんとアマビエさんも、そばを啜っていました。

化け猫さんは、猫の妖怪なので、猫舌だから冷ましてから食べています。

 こうして、大晦日の夜が過ぎていきました。

除夜の鐘が鳴りだすと、お客様たちは、初詣に行ったり、それぞれの家に帰って行きます。

「全員、いるな」

 店長は、そう言って、従業員全員を並べます。

「明けまして、おめでとうございます。本年もよろしくお願いします」

「明けまして、おめでとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」

 私も新年の挨拶をしました。

「今年も妖怪食堂を盛り上げていくぞ。みんな、よろしく頼んだぞ」

「おぉ~」

「やるニャ」

「やるギョ」

「がんばるゲロ」

 みんなは、早くもやる気満々です。

「ルリ子、今年も頼んだぞ」

「ハイ、今年もよろしくお世話になります」

 私は、店長に深々と頭を下げました。

私にとって、店長は、恩人です。このお店に来なかったら、いまごろどうなっていただろう・・・

このお店で出会った店長と妖怪の皆さんには、心から感謝しています。

 そして、お店を閉めると、みんなで揃って初詣に行きます。

これから私たちが初詣に行く神社は、妖怪の森にある、鎮守の森でした。

 祠を抜けて、妖怪の森に着くと、そこは、すでにお正月を絵に描いたような賑わいでした。

道のあちこちで、酒盛りをしている妖怪たち。広場で凧あげやコマを回して遊んでいる子供たち。新年の挨拶を交わしている大人たち。

「明けまして、おめでとうございます」

「今年もよろしくお願いします」

 私も歩く道すがら、すれ違う妖怪さんたちと挨拶をしました。

まずは、新年の挨拶に、社長のお店にみんなで行きました。

「明けまして、おめでとう。今年もよろしく頼むぞ。アマビエ、半漁人、子供たちは元気でやってるか」

「見てほしいギョ」

 ハンギョさんは、背中に二人を背負っています。

「そうか、そうか。よし、それじゃ、みんなが待ってる。恒例の餅つき大会じゃ」

 私たちは、餅つき大会の広場に歩きました。

歩きながら思い出します。初めて妖怪食堂に来た日のことを・・・

生きる気力も元気も失くした私が妖怪食堂に来た時のことが、昨日のことのように思い出されます。今年の春で、一年になります。あっという間でした。

その間に起きたいろいろな出来事は、つらかったこと、悲しかったこと、悔しかったこともありました。

でも、それ以上に、楽しかったことの方が多かった。私は、このお店で、ずっと働いていたい。

素敵な仲間たちに囲まれて、楽しく仕事をすることが、どんなに素晴らしいことか、

私は、妖怪のみんなに教えてもらいました。私は、これからも前向きに、生きていきます。

 

 私は、家族に向けて年賀状を書きました。でも、書いてみてわかりました。

年賀状という、小さな手紙だけでは、書ききれないほど、両親と兄に聞いて欲しいことがたくさんあったのです。

だから、手紙ではなく、便せんに書いてみました。

それを年賀状の代わりに送りました。


『明けまして、おめでとうございます。昨年は、心配をかけてすみませんでした。

今年は、がんばるので、心配しないでください。

お父さん、元気ですか? あの夜のことを私は、忘れたことはありません。

お店食べに来てくれて、ありがとう。

お母さん、体は、大丈夫ですか? 心配かけてばかりでごめんなさい。いつまでも元気にお過ごしください。

お兄ちゃん、私のことは、心配しないで、お父さんとお母さんのこと、よろしくお願いします。あの日の夜のこと忘れません。

お店のみんなを紹介します。私の恩人で、料理の師匠の店長さんは、狼男という妖怪です。体も大きく、怒ると怖いけど、とても優しい頼りになる素敵な妖怪です。

副店長の半漁人さんは、お店全体に気を配り、お客様のことを常に見守っている、

立派な妖怪です。昨年末に、奥様のアマビエさんとの間に、可愛い赤ちゃんが生まれました。

カッパさんは、いつも私のことを気にかけて、アドバイスをくれる素敵な先輩です。

一つ目小僧さんは、私をお姉ちゃんと呼んでいつも隣にいる、可愛い弟みたいな男の子です。

化け猫さんは、私にとって、初めての友だちです。つらかった時、悲しかった時、いつも慰めてくれる可愛い女の子の親友です。

とうふ小僧さんは、私が落ち込んでいるときに、おいしいお豆腐を食べさせてくれます。それを食べると元気が出ます。

アマビエさんは、いつも厳しく指導してくれる、私にとっては、小さなお姉さんです。半漁人さんの間にできた赤ちゃんのお母さんになりました。私に、なくてはならない素晴らしい仲間です。

砂かけの社長さんは、私を助けてくれた恩人です。いつも的確なアドバイスをくれて、頼りになる妖怪です。感謝してもしきれない、妖怪の一人です。

そのほかに、お世話になっているたくさんの妖怪さんがいます。

お歯黒ベッタリさん、沼女さん、かわうそさん、のっぺらぼうさん、ろくろ首さん、子泣きじじいさん、ここには、書ききれないほどの妖怪さんに囲まれて、毎日、楽しく暮らしています。

私は、これからも妖怪食堂で働きます。お正月は、帰れなくてごめんなさい。

だけど、私は、元気です。すごく幸せです。また、東京に来るときには、妖怪食堂に来てください。楽しみにしています。 ルリ子』


 もう、私の書いた年賀状は、届いているかな・・・

心配ばかりかけてきた私だけど、今年からは、そんな心配は無用です。

だって、今の私は、昔の私じゃない。いつも元気で、明るく、笑顔を絶やさず、楽しくお仕事しているから。

「お~い、ルリ子、餅つき始めるぞ」

「ハ~イ」

 私は、店長の声がする方に、走っていきました。

新年の風が髪をなびかせ、子供たちの手を取って走りました。

何て気持ちがいいんだろう。私は、今、自分の居場所を感じていました。

そして、素敵な仲間と妖怪に囲まれて、幸せ一杯でした。

「店長さん、私にもお餅をつかせてください」

 私は、杵を両手に思いきり振りかぶって、臼に向かってお餅をつきました。



                                      終わり


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妖怪食堂に就職しました。 山本田口 @cmllaaa

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