第6話 妖怪の森にやってきた。

 そして、いよいよ待望のお休みの日がやってきました。

土曜日の夜も忙しくて、定休日の日曜日は、朝から晴れていました。

暖簾を下ろしながら、気持ちのいい朝を迎えました。

 私は、他の従業員たちと、朝ご飯を食べていると、店長が言いました。

「飯を食ったら、行くから着替えて来い」

「行くって、どこにですか?」

「忘れたのか。今日は、妖怪の森に行くんだ」

「これからですか?」

「そうだ。眠いか? 疲れているなら、無理には誘わない」

「イヤイヤ、行きます。私も連れて行ってください」

 私は、急いで否定しました。私は、すでに行く気満々なのです。

妖怪が住んでいるという森が、どんなところなのか、興味津々です。

それでも、まさか朝から行くとは思っていませんでした。妖怪の皆さんは、太陽が苦手なのでてっきり、夜になってから行くものとばかり思っていました。

「動きやすい服装に着替えて来い。お前たちは、片付けだ」

 店長の指示で、一つ目さんや化け猫さんたちは、後片付けや掃除を始め、ハンギョさんとアマビエさんは、売り上げの計算をしています。カッパさんととうふさんは、厨房の片づけをします。

私は、部屋に戻って、着替えようと思いながらも、どんな服を着ていけばいいのかわからず、しばらく悩んでいると、片づけを終えた化け猫さんがやってきました。

「もう、行くニャ」

「でも、何を着ていったらいいか、わからなくて・・・」

「いつものジャージでいいニャ」

 化け猫さんにあっさり言われて、結局、いつもの部屋着で着ているジャージに着替えました。

「お待たせしました」

 着替えて一階に行くと、他のみんなは、出発する寸前でした。

「それじゃ、行くぞ。ルリ子は、ちゃんと付いて来いよ」

「ハイ」

 置いて行かれたら、迷子になってしまうので、私は、みんなの後ろに並んで歩きました。

時間は、日曜日の朝の8時です。以前の私なら、まだ、寝ている時間です。

 朝焼けの太陽がやけに眩しくて、気持ちが自然と盛り上がってきます。

それにしても、どうやって行くのだろう? 妖怪の森なんて、どこにあるのか?

 前を歩く店長の大きな背中を見ながら考えていると、その後ろを他の妖怪さんたちもぞろぞろ歩いています。

早朝の日曜日は、人通りがまったくありません。なので、妖怪の皆さんたちが行列していてもまったく目立たず、人目に触れる心配もありません。

 私たちは、そんな静かな商店街を歩いて、路地を曲がりました。

こんな道は、歩いたことがない私は、周りをキョロキョロしています。

少し歩くと、小さな神社に着きました。見るからにボロくて古そうです。

神社の名前も見かけません。少し斜めになった赤い鳥居を潜ると、半分腐った賽銭箱があるだけでした。

こんな神社には、誰も来ないんだろうなと思っていると、店長たちは、迷うこともなくその社をぐるっと回るように歩いて、陽も当たらない苔だらけの小さな祠に来ました。

「ここを潜ると、妖怪の森に着く。中に入れる人間は、お前だけだから、このことは、誰にも言うなよ」

「ハイ、誰にも言いません」

「それじゃ、行くぞ」

 壊れかけた祠の小さな窓を開けると、店長さんは、大きな体を小さく折り畳みながら潜っていきました。

とうふさんや一つ目さんは、体が小さいので、簡単に入ることができます。

「ルリちゃん、いくニャ」

 化け猫さんが私の手を握って中に入っていきます。私は、膝をついて、四つん這いになりながら頭を下げて這いつくばりながら中に入りました。

そして、祠を出て、立ち上がると、私の目に映ったのは、一面、緑色の木々と森が見えました。

「すごい!」

 私は、しばし立ち尽くしていました。これが妖怪の森なの・・・ 

すぐ隣は、人間の世界があるのがウソのようです。

果てしなく続く森と緑の木々。色鮮やかな花が咲き乱れ、川も流れて、その囁きが聞こえます。

「ルリルリ、何してるの。置いて行くわよ」

 アマビエさんに言われて、私は、慌てて後について行きます。

いっしょに並んで歩く私は、余りの素敵な景色に目移りして、瞬きするのももったいない。

川のせせらぎの音、鳥たちのさえずり、草が風になびく音、私もテレビなどでしか見たことがない田舎の風景そのものでした。私は、化け猫さんと手を繋ぎながら目をキラキラさせて歩きました。

もはや、言葉はいりません。この素敵な景色を表現する言葉は、見つかりません。

 しばらく歩いていると、川から何かが上がってきました。

「よぉ、カッパ」

 カッパさんに話しかけてきたその生物は、全身が茶色の毛に覆われた、不思議な生き物でした。川から上がってくると、その生物は、二本の足で立ちながら私たちに近づいてきました。

「かわうその出迎えなんて、余りうれしくないゲロ」

「うるさいよ。せっかく、迎えに来たのに、それはないだろ」

 見れば、全身ずぶ濡れだけど、以前、夜中に大勢でやってきた、かわうそさんでした。全身を改めてみると、動物園で見る、かわうそそのまんまです。

それが、二本足で立って、言葉を話しているのです。

「この前以来だな。俺のこと、覚えているか?」

 私を見上げてかわうそさんが言いました。

「ハイ、覚えてます」

「お前、泳げるか?」

「えっ・・・ イヤ、泳ぎは、余り・・・」

「でも、水は、好きなんだろ?」

「好きというか、何というか・・・」

 私は、どう答えていいか迷っていると、いきなり後ろから背中を押されて、気が付いたときは、川の中に落ちていました。

ビックリして、顔を上げると、ハンギョさんとアマビエさんが笑っていました。

「別に溺れたりしないギョ。立ってみるギョ」

 言われて立つと、膝上くらいの深さでした。唖然として立ち尽くしていると、カッパさんやハンギョさん、アマビエさんが勢いよく川に飛び込みました。

水飛沫が上がって、あっという間に全身びしょ濡れです。

「ちょ、ちょっと・・・」

「やっぱり、水は、気持ちいいゲロ」

 カッパさんたちは、気持ちよく水の中を泳ぎ始めました。

アマビエさんは、大きな尾ヒレをまるで金魚のように泳ぐのが見えました。

ハンギョさんも水かきを使って、上手に泳いでいます。

「ルリ子さんも冷たくて気持ちいいゲロ」

 カッパさんに言われた私は、服を着たまま水の中に入って、泳いでみました。

冷たくて気持ちいい。下手な泳ぎをしている私の横を、魚たちが華麗に泳いでいました。 顔を上げると、水遊びをしている私たちを呆れたような目で、店長が笑っていました。

「先に行ってるぞ」

 店長は、そう言って、私たちを残して行ってしまいました。

私は、慌てて後を追おうとすると、かわうそさんが私の服を引っ張りました。

「俺と、競争するぞ。俺に勝ったら、うまい鮎を食わせてやる」

「イヤ、その、今は・・・」

 歩いて行く店長の背中を見ながら迷っていると、川の土手から化け猫さんが笑ってます。

「ルリちゃん、がんばるニャ」

「お姉ちゃん、かわうそなんかに負けちゃダメだよ」

 一つ目さんまでが私をからかっています。

全身ずぶ濡れの私は、半分やけくそでかわうそさんと競争することにしました。

「よぅし、負けないわよ」

「その意気だぞ」

 こうして、かわうそさんと競争することになりました。服を着たまま泳ぐのも初めてなら、まさかの妖怪と泳ぐのも初めてです。カッパさんやハンギョさんのように、泳ぎは上手じゃないけど、川の水は気持ちよくて、だんだん楽しくなってきました。かわうそさんが、大きなシッポを揺らしながら、私の横を軽く抜いて行きました。

「人間て、泳ぐの下手ね」

 アマビエさんが大きな尾ヒレを揺らしながらあっさり私を追い抜きながら言いました。私は、不格好な平泳ぎで泳ぎます。水の妖怪のかわうそさんに勝てるわけがない。それでも、楽しくて気分が盛り上がりました。

童心に返って、水遊び気分で、私は、楽しくてたまらず、笑いながらかわうそさんを追いかけました。

「こらぁっ!」

 そこに、土手から誰かの声が聞こえました。

ビックリして、みんな顔を上げます。そこには、腕を組んでいる、砂かけの社長がいました。

「なにをしとるんじゃ。声がするから来てみれば、さっさと、川から上がれ」

 怒られた私たちは、川から上がりました。

ずぶ濡れの私を見た社長は、呆れ顔です。

「ルリ子まで、何をしとる。こいつらの真似なんかして、遊んでるじゃない。

ここは、川でプールじゃないぞ」

「すみません」

「まったく、風邪を引いたらどうする。こっちにこい」

 私は、びしょ濡れのまま社長の後について歩きました。

すると、一件のお店の中に入っていきました。そこは、木造の小さなお店のようです。なんのお店かわからず、周りを見ていると、棚一面に大小さまざまな壺が置いてあるだけでした。

「これに着替えろ。濡れた服は、帰るまでに洗っておいてやる」

「ありがとうございます」

 私は、タオルで濡れた髪を拭いて、部屋に上がると、社長に貸してもらった服に着替えました。

それは、浴衣でした。薄い水色で、あさがおの画が書いてある、涼しそうな浴衣でした。仕事の時に、着物の着付けを教わったので、今では一人でも着られるようになりました。

「調子に乗って、すみませんでした。それと、浴衣もありがとうございました」

「構わんよ。今日は、休みだからな。お前さんも、羽を伸ばして、妖怪の森を楽しむがいい。だけどな、調子に乗ってケガだけはするなよ」

「ハイ、わかりました」

「その浴衣は、お前にやる。店でも着るがいい」

「でも、これは社長の浴衣で・・・」

「それは、わしの若い頃の物じゃ。今のわしには、似合わん。若いお前の方が似合う」

「ありがとうございます」

 私は、ありがたくいただくことにして、お礼を言いました。

その後、社長に髪を結ってもらって、下駄まで用意してもらいました。

「あの、このお店は・・・」

「ここは、わしの店じゃ」

「社長の?」

「この壺の中は、全部砂が入ってる。と言っても、ただの砂じゃない。ケガに効く砂、病気に効く砂、

あらゆる効能に効く砂が入ってるんじゃ」

「すごいですね。そんな砂があるなんて」

「わしは、砂かけだからな。それより、さっさと行かんか。みんな、お前を待ってるぞ」

「ハ、ハイ」

 私は、急いでお店を出ました。そこに、不思議な生き物というか、妖怪が立っていました。それは、傘でした。時代劇に出てくる古い傘でした。

それが、私を待っていたのです。

「アンタ、ルリ子って言うんだろ。狼男に言われて、迎えに来たんだ。俺は、傘化け。傘の妖怪」

「私は、江戸川ルリ子と言います。初めまして」

「もう、知ってるよ。さぁ、アッチで、ルリ子の歓迎会するから、行こう」

 そんな傘化けさんは、古い番傘の妖怪でした。大きな目が一つあり、真っ赤な長い舌を出して、まるで、一つ目さんととうふさんを足して二で割ったような姿です。

しかも、その傘から白い両手が伸びて、傘の柄が足になって、一本足で小さな下駄を履いています。

どうやって歩くのかと思っていたら、ピョンピョン飛んで歩くのです。

そして、二本足で歩く私より早い。もたもたしていると、置いて行かれそうです。

「傘化けさん、ちょっと待ってください」

 私は、浴衣の裾を気にしながら、下駄をカラコロ鳴らして小走りに後を追います。

「ごめん、ごめん。つい、いつもの調子で歩いちゃって」

 傘化けさんは、照れたように頭部の尖った傘の部分を右手でかきながら、戻ってきました。照れたような顔をしているから、ちょっと可愛く見えるのが不思議です。

「ゆっくり歩くからね」

「すみません」

「いいってことよ。ついでだから、あちこち見ながら案内してあげる」

 そう言うと、ゆっくり歩き始めました。

「ありゃ、珍しいな。人間の女が歩いてるぞ」

 今度は、掘っ立て小屋のようなところから、ハゲた小さなおじいさんが杖を突きながら歩いてきました。

「わし、小豆あらい。せっかくだから、饅頭を食っていくか?」

「えっ? お饅頭ですか」

「ちょっと待ってな」

 そう言うと、おじいさんは、杖を突きながら中に入っていくと、手に大福を持ってやってきました。

「ほれ、食え。うまいぞ」

「あ、ありがとうございます」

 私は、それを手にしても、どうしたらいいかわかりません。

「小豆あらいの作った饅頭は、うまいぞ」

 傘化けさんに言われて、恐る恐る一口食べてみました。

「おいしい!」

「だろ。わしの作った饅頭は、うまいんだから」

 おじいさんは、ニコニコしながら私が食べている、自慢のお饅頭を満足そうに見ています。

実際に、食べたお饅頭は、大福みたいにもちもちして、中の餡子が程よく甘く、大粒の小豆がふんわり柔らかく今まで食べたお饅頭にはない、おいしさでした。

「あの、私、妖怪食堂で・・・」

「知ってるよ。ルリ子って言うんだろ」

「なんで、知ってるんですか?」

「アンタは、もう、この森では、有名人だからな」

「有名人なんですか?」

 私は、ビックリして目を丸くしていると、傘化けさんが言いました。

「だって、妖怪がやってる食堂に、人間が仕事してるんだもん。いったい、どんな人間が働いてるのかみんな気になってるんだよ」

 そう言われて、少し前に、閉店時間の前にやってきた、妖怪の皆さんたちのことを思い出しました。あのときの妖怪さんたちが、噂を広めたのか。

「アンタみたいな可愛い女の子が来てくれて、わしらはみんな安心したんじゃよ。

しかも、働き者っていうじゃないか。狼男も砂かけ婆も、みんな喜んでるんじゃよ」

「そんな・・・」

 私の知らないところで、そんなことになっているとは、思いもよりません。

何より、社長や店長が、そんなことを思っていたなんて、うれしくてたまりません。

「それより急がなきゃ。小豆あらい、またな」

「おぅ、わしも後で行くから」

 私は、傘化けさんに言われて先を急ぎました。小豆洗いさんにも挨拶をすると、いつまでも手を振って見送ってくれました。

「いったい、どこまで行くんですか?」

「すぐそこの広場だよ。アソコで、狼男が焼き肉してるんだよ」

「えっ・・・」

 そんな話は、聞いていません。私は、早足で広場まで向かうことにしました。

ついて見ると、そこは、一段と広く、緑が茂っていました。

そこには、たくさんの妖怪たちが集まって、とても賑やかです。その中央では、店長が黙々と肉を焼いていたのです。

「店長さん、遅くなって、すみません。私も手伝います」

 私は、浴衣の袖をまくって、手伝おうとししました。炭が真っ赤に燃えている網の上には、次々と肉や魚、野菜などを店長が汗だくになりながら焼いていました。

「いいよ。今日は休みだろ。ルリ子のために、みんな集まってくれたんだ。お前もたくさん食え」

「でも、店長さん一人じゃ」

「いいんだよ。何かしてないと、落ち着かないんだ。気にしないで、ドンドン食え」

 そう言われて、恐縮していると、肩を叩かれました。振り向くと、知らないおばさんがいました。

「放っときな。狼男は、あーしてる方が落ち着くのさ。いいから、アンタも食べなよ」

 見ると、目も鼻もありません。なのに、大きく裂けた口だけがありました。

その口から見える歯は、真っ黒です。長くて黒い髪を揺らしながら、白い着物姿の人は、お歯黒ベッタリと言います。

その大きな口で、おいしそうに肉を頬張っています。

「あなたも食べたら。狼男の作るものは、何でもおいしいのよ」

 そう言って、お皿と箸を差し出したのは、とてもきれいな若い女性です。

なのに、口が耳まで裂けているのです。私がビックリしていると、彼女が言いました。

「あたしは、口裂け女。あたしの噂は、聞いたことあるでしょ」

「ハ、ハイ・・・」

 私が小さい頃、街中の子供たちの間で噂になった、あの口裂け女を目の前で見て、目が点になりました。

顔の上半分は、美人なのに、口だけが大きく裂けているのです。服装も、雑誌のモデルが着るような素敵な服を着て、モデル体型なのに、口だけが異常に大きく裂けているのです。本物をこの目で見るときが来るとは、思いもしませんでした。

「あなた、ルリ子さんて言うんでしょ。可愛い子ね」

「ハ、ハイ、ありがとうございます」

 そう言って、ニッコリ笑う笑顔は、とても妖怪には見えません。

「おやおや、そこにいるのが、噂の江戸川ルリ子様ですか」

 木の上から飛んできたのは、全身黒ずくめのスーツに身を包んだ、洋風紳士の男性でした。

「相手にしちゃダメよ。こいつ、吸血鬼だから。血を吸われるわよ」

「おいおい、失礼なことを言わないでよ。私は、英国紳士のドラキュラ伯爵ですよ。

ルリ子様のような美人の女性の血を吸うだなんて、そんなこといたしません」

「どうだか・・・」

 見れば、確かに牙が見えます。仰々しく挨拶をするそのドラキュラ伯爵は、私を見て、なぜか目がハートになっていました。

「気をつけなよ」

 口裂け女さんは、そう言って、呆れていました。

「どうも、初めまして」

「あなたのような素敵なレディーにお会いできて、光栄に思います」

 キザったらしい口調は、どうにかならないだろうか・・・

なんだか、背中が痒くなる。

「キャッ!」

 その時、誰かが私のおしりを触ってきました。思わず声を上げて振り向くと、そこには、頭がハゲた赤ちゃんのよだれ掛けを胸に付けた、小さなおじいさんが笑っていました。

「こら、子泣きじじい、ルリ子に手を出したら、許さんぞ」

「えへぇ・・・ 冗談じゃよ」

 店長に怒鳴られた、子泣きじじいさんが小さくなります。

「あの、初めまして、私は・・・」

「わかっちょるよ。ルリ子ちゃんじゃろ。わしは、子泣きじゃ」

「こいつは、女と見ると、すぐに触ろうとするスケベじじいだから、気をつけろ」

 店長に言われて、私は、思わず後ずさりします。

そこに、砂かけの社長が遅れてやってきました。

「皆の衆、今日は、ルリ子のために集まってくれて感謝する」

 そう言うと、妖怪たちから拍手と歓声が起きました。

言われた私の方が、恐縮してしまいます。

「ほら、ルリ子、挨拶せんか」

「ハ、ハイ。皆さん、初めまして、江戸川ルリ子です。よろしくお願いします」

 恥ずかしながらも挨拶すると、さらに拍手と歓声が大きくなりました。

「今日は、みんな、食って飲んで、楽しくやってくれ」

 妖怪たちは、すでに酔っている者もいて、みんな楽しそうです。

私にも、次々と声をかけてきて、てんてこ舞いです。

みんな店長が焼いている焼肉に舌鼓を打って、おいしそうに食べています。

お酒も入り、みんな陽気にしています。

「こらぁ、お前らも遊んでないで、しっかり食え」

 突然、店長が大きな声を張り上げるので振り向くと、一つ目さんやとうふさんなど、子供の妖怪たちが楽しそうに走り回っています。

化け猫さんやハンギョさんは、焼き肉や魚を頬張り美味しそうに食べてます。

「ルリ子も遠慮しないで、ドンドン食べろ」

 店長に言われて、私も焼き肉を食べます。

それはそれは、おいしくて、普段はあまり食べない私も、箸が止まりませんでした。

賑やかな宴は、暗くなるまで続きました。

 辺りが暗くなってきて、ようやく焼き肉パーティーが終わりました。

ここは、妖怪の森なので電気がありません。街灯もないので、夜になると辺りは真っ暗です。

ところが、突然、明るくなりました。ビックリして見上げると、提灯に火がついて、

昼間のように明るくなりました。ビックリしていると、社長が言いました。

「これは、つるべ火たちじゃ。火の妖怪でな、この森には電気がないから、夜になると照らしてくれるんじゃ」

 よく見ると、小さな炎は、提灯ではなく、目も口もある小さな火の妖怪たちでした。明るいだけでなく、ほんのり温かみも感じます。

そして、花火も打ちあがりました。

私は、感激しながら花火を見上げます。

「どう、ルリルリ。来てよかったでしょ」

「ハイ、大感激です」

 アマビエさんに言われて、私は、素直に言葉にしました。

「その浴衣も、似合ってるわよ。それでお店に出たら、お客さんたちから人気が出るわね」

 社長からもらった浴衣を褒めてもらって、うれしくなりました。

その後、私は、社長や店長たちと夜道を散策しながら歩きました。

「今夜は、ここに泊まれ。明日の昼に帰れば、夜の営業に間に合うじゃろ」

 社長たちに案内されたそこは、妖怪アパートでした。ここも、社長が経営していました。

「部屋は、空いているから、どこでも好きなところで寝るといい」

「ありがとうございます」

 昨日から寝てない私には、とてもありがたかった。

でも、寝るのがもったいない。こんなに素敵で、楽しい場所に来られて、胸が一杯です。もっともっと、みんなと楽しみたい。たくさんの妖怪たちと触れ合いたい。

そんな気持ちでした。

 私は、アパートの居間に案内されて、社長が入れてくれたお茶を飲みながら

昔の話を聞きました。店長やハンギョさんたちは、疲れたのか、すぐに部屋で寝てしまいました。

化け猫さんや一つ目さんたちも、はしゃぎすぎて眠くなったみたいで、早々と部屋に戻ってしまいます。

「なぁ、ルリ子。お前があの食堂に来てくれて、ホントに助かっている。あの狼男が、褒めていたぞ」

「そんな・・・」

 まさか、私の知らないところで、店長が私のことを褒めていたなんて、知りませんでした。

「お前は、よくやってくれている。みんな、お前のことを認めているんじゃ。

妖怪たちも、みんなお前のことが大好きらしいぞ」

「そうなんですか・・・ 私も、妖怪の皆さんたちのこと好きです。でも、好きになったら、辞めなきゃいけないんですよね」

 私は、妖怪食堂に初めて来たときの話を思い出しました。

「ハッハッハ・・・そんな話は、知らんなぁ」

「社長」

「妖怪が好きになったら辞めなきゃいけないって、あの話は・・・」

「そんなこと、とっくに忘れた。年寄りは、物忘れがひどいからな」

 そう言って、社長は、楽しそうに笑いました。もしかしたら、あの話は、私を試すためについてウソなのか?

でも、妖怪はウソはつかないって言ってたのも思い出します。

「お前さんは、そのままでいいんじゃ。ルリ子は、人だとか、妖怪だとか、男とか女とか、差別したりせんじゃろ。まして、それが理由で、仕事に支障をきたすようなこともせん。だから、今のままでいいんじゃ」

 社長は、そう言って、お茶をおいしそうにすすりました。

なんだか、私は、うれしくなって、つられてお茶を飲みました。

「それじゃ、どうして、私を採用したんですか?」

 もう一度、改めて聞いてみました。

「確かに、妖怪手が足りなくて、仕方なく人間を雇ったが、誰でもいいわけではない。半漁人もアマビエも、半信半疑だったんじゃ」

「あの食堂を作った経緯は、前に店長さんから聞きました。社長は、常連のお客さんたちや店長さんの飼い主だった人とも知り合いだったんですか?」

「まぁな。あの店は、いい店じゃ。つぶすのは惜しい。残念じゃが、あの店の元の人間を亡くしたことは、ホントに悔やまれてならん。あの頃の狼男は、見ているこっちの方がつらかった。お前さんは、想像できんと思うが、一回り小さく見えてな、みんな心配してた。だから、わしは、思い切って、後を継げと言ったんじゃ」

 私は、店長のその時のことを思うと、胸が締め付けられました。

小さい頃から育ててもらって、妖怪でも受け入れてくれた唯一の理解者である飼い主を亡くすことがどれだけ悲しくてつらいことか、それは、人間も妖怪も変わりありません。

「何度も話し合って説得して、わしがあの店を買い取った。飼い主の遺産と保険があったからな。料理なんてしたことがない狼男が、見て覚えたんじゃろ。それに、レシピもあったし、あいつもがんばったんじゃ」

「私、店長さんを尊敬します。私も、店長さんにたくさん料理を教わりたいです。食堂のためにがんばります」

「頼むぞ、ルリ子。後は、お前次第じゃ。みんな、お前を応援している。それを忘れるなよ」

「ハイ」

「なにしろ、人間嫌いで気難しいアマビエが、ルリ子だけは、目をかけているんじゃ。正直言って、それがわしは、うれしい」

 私は、もう言葉がありませんでした。社長が入れてくれた、お茶を飲みながら、涙を我慢することで精一杯でした。

「さて、昔話は、これで終わりじゃ。お前さんも、寝るといい」

「ハイ、おやすみなさい」

 私は、二階の部屋に通されました。そこには、化け猫さんがふとんの中で寝ています。私は、起こさないように注意しながら、ふとんに潜り込みました。

 寝るのがもったいないと思いながらも、疲れていたのか、すぐに眠くなってしまいました。

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