第5話 妖怪食堂の常連たち。

 化け猫さんの髪を乾かして、自分も着替えてから、一階に戻ると、いいニオイがしました。

「朝飯できてるぞ」

 部屋着に着替えて店内に戻ると、テーブルには朝ご飯の支度ができていました。

「腹減っただろ。たくさん食え」

 店長さんが、山盛りのご飯を私に差し出しました。こんなに朝から食べられるかしら?

「初日だったから、疲れたでゲロ。今夜も忙しくなるから、ゆっくり休むゲロ」

 カッパさんは、そう言って、おいしそうなオムレツを持ってきてくれました。

「ありがとうございます。それじゃ、いただきます」

 私は、手を合わせて、ご飯を食べました。他の皆さんたちは、いつものようにそれぞれの食事をしていました。

人間用のご飯を食べているのは、私だけなので、、気が引けるけど、それにも慣れていかないといけません。それ以前に、おいしくて箸が止まりませんでした。

豚汁が売切れたので、店長がお豆腐のお味噌汁を作ってくれました。

もちろん、とうふさんが作ったお豆腐です。冷ややっこもいいけど、味噌汁もおいしい。

「ルリルリ、夜までどうするの?」

 アジを丸呑みしているアマビエさんに言われても、すぐに返事ができません。

「どうって言われても、特に用事もありません」

「アンタ、人間でしょ。友達と会うとか、彼氏とデートするとか、なんかないの?」

 私は、一瞬、箸が止まってしまいました。

「私、東京に来てから二年ですけど、仕事が忙しくて、休みもなくて、仲がいい人もいないし、友だちも知り合いもいなくて、もちろん、彼氏なんているわけがありません」

「フゥ~ン、アンタ、人間なのに、寂しい毎日だったのね」

「ちょっと、人魚ちゃん、そんなこと言っちゃダメギョ」

 私の気持ちを思いやったハンギョさんがフォローしてくれます。

「だったら、そんな人間なんて、見返してやればいいのよ。あたしたちがいるでしょ」

「そうだギョ。ぼくたちがいるギョ」

「そうだよ、お姉ちゃん、元気出してよ」

「おいらたちは、みんな、ルリ子さんのお友だちだよ」

 そんな言葉を聞いて、私は、胸が熱くなりました。また、泣きそうになって、慌ててお茶を飲みました。ご飯を食べながら泣いていたら、店長に怒られます。

私は、箸を持って、山盛りのご飯を口の中に入れました。甘くて、温かくて、優しいご飯の味がしました。

「今夜も夜の12時開店だから、準備の10時までは、お前の自由にして構わない。寝るのもいいし、外に遊びに行くのもいい。好きに過ごせ。ただし、しっかり休んで、体調だけは、気をつけろよ」

「ハイ、店長さん」

 私は、山盛りのご飯をしっかり食べて、とりあえず寝ようかなと、部屋に上がりました。

「ルリちゃん、寝るニャ?」

「うん。お腹一杯になったら、眠くなってきちゃった」

「それじゃ、あたいも寝る二ャ」

「化け猫さん、いっしょに寝ますか?」

「寝るニャ」

 外は、すっかり朝です。以前の私なら、起きる時間です。それが、今の私は、寝る時間なのです。

昼夜逆転生活が始まったのです。今までの自分とは違う生活リズム。

自分を変えるつもりだから、以前と違うことをするのも悪くない。むしろいいかもしれない。窓のカーテンを閉めると、部屋の中は薄暗いので、眩しくはありません。

 横を見ると、化け猫さんは、すでに小さな寝息を立てて眠っていました。

こうして見ると、妖怪とはいえ、小さな女の子にしか見えません。

先輩だけど、可愛い妹みたいな気がして、化け猫さんが好きになってきました。

「よし、私も寝よう」

 私は、そう言って、目を閉じました。


 起きたのは、夕方の5時でした。たっぷり8時間以上も寝たことになります。

こんなにぐっすり寝たのは、いつ以来だろう・・・ 

いつもは、目覚まし時計をセットして、起きる時間が気になって、いつも時間より前に起きてしまいます。

起きると、化け猫さんは、もういませんでした。私は、着替えて一階に降ります。

「おはようございます」

「おはようニャ」

「おはようゲロ、ルリ子さん」

 みんなは、すでに起きていました。外は、そろそろ夜になろうとしています。

「店長さん、おはようございます」

「おぅ、まだ、寝ててもいいぞ」

「いえ、お手伝いします」

「だったら、その前に、朝飯・・・ じゃないか。賄いを作るから待ってろ」

 私は、テーブルに座って待つことにします。店内には、店長さんと化け猫さん、カッパさんしかいません。

他のみんなは、まだ、寝ているのかな? 

妖怪は、暗くならないと起きてこないのかもしれない。

そんなことをぼんやり考えていると、二階から足音がしました。

「今度は、負けないからな」

「お前なんかに負けるか」

 一つ目さんととうふさんが、何やら言い合いをしながら降りてきました。

私が不思議そうにしていると、カッパさんが私の食事を運びながら教えてくれました。

「あの子たちは、ゲームしてるゲロ。いつも、どっちが勝ったとか、負けたとか言ってるだけでゲロ」

 なるほど・・・ 妖怪もゲームをするんだ。

「ねぇ、何のゲームしてるの?」

 私も好きなので、聞いてみます。

「ストファイだよ」

「あら、私もそのゲームやった事あるわよ」

「だったら、今度、お姉ちゃんもいっしょにやろうよ」

「いいわよ。楽しみにしてる」

 一つ目さんととうふさんは、ニコニコしながら言いました。

「お前らも、さっさと食え。片付かないだろ」

 店長さんに怒られて、二人も私のテーブルで食事をしました。

今日の賄いは、いつものおいしいご飯とワカメとネギのお味噌汁。

アジの開きと玉子焼き、焼き海苔と白菜のお新香です。

「いただきます」

 私は、厨房にいる店長さんに聞こえるように大きな声で言って、朝ご飯というか、夜ご飯というか、起きて最初の食事を食べました。

 食事がすむと、今夜の準備です。私は、店長さんの指示に従って、豚汁の下ごしらえから始めます。ご飯を炊いて、保温器に分けて、お新香を小皿に取り分けます。

とうふさんは、小皿に冷ややっこの準備をします。店長は、どんな注文が来ても困らないようにいろんな食事の用意をしていました。トンカツに衣をつけたり、生姜焼き用のお肉をタレにつけたり、ハンバーグをこねたり、付け合わせの野菜を切ったり、お刺身用の魚を切り分けたり、器用に何でもこなす仕事ぶりに、ずっと見ていて飽きません。手際の良さと包丁さばきは、感心しました。

 化け猫さんと一つ目さんは、店内の掃除をして、テーブルを拭いたりしています。

カッパさんは、盛り付け用に丼やお皿を用意して、水回りの準備をしています。

ハンギョさんとアマビエさんは、釣銭を用意したり、明日の注文を考えたり、書類の整理をしています。

「よし、一段落ついたら、時間まで休憩するぞ」

 店長が言うので、従業員のみんなは、休憩室に集まります。

そして、開店前に、店長さんの体をブラッシングしました。毛が抜けたり、料理に毛が混じるといけないので丁寧に全身をブラッシングします。

店長の体は、大きいので、ブラシをかけるのも大変です。

私が入る前は、みんなでやっていたそうです。大きな背中は強めに。お腹の部分はやさしく、尻尾は丁寧にやりました。

私は、頭をラバーブラシで優しくかけながら、なんとなく気になったことを聞いてみました。

「店長さん、このお店って、いつから始めたんですか?」

 店長は、気持ちよさそうに喉を鳴らしながら言いました。

「そうだな・・・ 五年くらいかな」

「五年ですか。すごいですね」

 私は、正直に感心しました。

「違うギョ。今年で、7年目だギョ」

「そうだったか?」

「ウルフくんは、開店した時のこと、忘れたギョ?」

「忘れちゃいねぇよ」

 ハンギョさんがすぐに訂正しました。

飲食店の経営を維持するのは、大変なことです。

まして、妖怪がお店を続けるなんて、人間以上に大変です。

「長いんですね。7年なんて、すごいです」

「まぁな」

 店長さんは、少し照れたように大きな前足で顔を洗いました。

「このお店をやるときは、大変だったギョ」

「そうなんですか?」

 私は、ブラシをかけながら、ハンギョさんに言いました。

「ウルフくんが、なかなか重い腰を上げなくて、説得するのに時間がかかったギョ」

 ハンギョさんは、昔を思い出しながら言いました。

「どうして、開店しなかったんですか?」

 妖怪にも歴史があると思った私は、特に考えもなく聞いてみました。

「あっ、でも、詮索する気はないんですよ。皆さんにも過去があるわけで、話したくないこともあると思うし・・・」

 私は、慌てて否定しました。面白半分で聞いたと思われて、店長さんたちの機嫌が悪くになるかと思いました。

すると、店長は、むくっと起き上がると「もう、大丈夫。ありがとな」というと、

私の前に座って、静かに話を始めました。

「この店は、俺の飼い主だった人間の店だったんだ」

「店長さんの飼い主さんですか?」

 まさか、狼男の店長が、人に飼われていたとは、思いませんでした。

というか、狼は、すでに絶滅していて、日本には野生も含めて、動物園にもいません。

「俺は、人間界に興味本位で下りてきたのはいいが、人間に見つかって、追いかけまわされて逃げ回っているうちに、迷子になって、この街に来たんだ。何日も飲まず食わずで、死ぬ寸前だったのを、助けてくれたのが、飼い主の親父だった」

 私は、膝を正して店長さんの話を黙って聞きます。

「子供だった俺を拾って、育ててくれたわけだ。でも、俺は、妖怪だし、狼男だから、日に日に大きくなる。人間には、手に余る。何しろ、俺は、妖怪の狼男だからな」

 確かに、妖怪を育てるなんて、普通ならできない。

「親父もそのうち気が付いたんだろ。そりゃ、そうだよな。大きくなるにつれて、人間の言葉も話すようになるし薄々ただの狼じゃないことに気が付いたはずだ。それでも、親父は、俺を手放すことはしなかった。俺のことを大事にしてくれたし、可愛がってもくれた。世の中には、こんな人間もいるってことを知ったよ」

 店長さんの過去を聞くと、胸が締め付けられます。

「俺は、親父の仕事を手伝おうと思った。でも、料理に毛が落ちるとか言って、

絶対に手伝わせてくれなかった。俺は、忙しい親父をただ見ていることしかできなかったんだ」

 昔を振り返った店長は、いつもの厳しい店長とは、別人に見えました。

「でも、俺が大きくなって数年たった時、突然、親父が倒れた。妖怪の俺には、よくわからないが、末期がんだったらしい。無理して働いて、体を壊して、医者にもかからず、気が付いたときには、手遅れだった」

 私は、そんな悲しい話を聞いて、目の奥が熱くなってきました。

「親父は、もう、手の施しようがなくて、余命いくばくもなくてな。最後は、この店で死にたいと言って足を引きづって戻ってきた。俺は、親父のそばにいることしかできなくて、最後まで付き添った。そんとき、言ったんだ。後を頼むって。それが、最後の言葉だった」

 もう、泣かずいられなくて、頬を涙が伝っていました。

「それから俺は、妖怪の森に引き篭もってな、何もする気が起きなかった。そこに、砂かけが来たんだ」

「えっ、社長さんですか?」

「俺を説得しに来たんだ。でも、その時の俺は、聞く耳を持ってなかった。それでも、無理やり俺をこの店に連れてきて、俺に見せてくれたんだ」

 そう言うと、店長さんは、アマビエさんが使っている机の引き出しから、ある物を見せてくれました。

「これは、親父が書き残した日記とレシピだ」

 それは、何十冊もありました。古いノートがたくさんありました。

「読んでみろ」

 そういうので、私は、一冊のノートを手にしました。それは、元の飼い主さんの日記でした。そこには、店長さんのことが書いてありました。ページを捲ると、人と妖怪の暮らしぶりが書いてあります。

二人とも仲が良く、お互いを理解し合いながら、時にはケンカもしながら、人と妖怪でありながら幸せそうな毎日が私にもわかりました。

読んでいるうちに、私は、涙が溢れてきました。飼い主さんの愛情が伝わって、涙が止まりませんでした。そんな愛情に応える、店長も素晴らしい。

「まさか、親父がこんなことを思っていたとは知らなかった。初めてこの日記を読んだ時、親父の愛情を初めて知ったんだ。妖怪の俺を当たり前のように受け入れてくれたこと。感謝しかないよな」

 人と妖怪は、住む世界が違うけど、中には、店長と飼い主さんのようなこともある。この食堂のように、人と妖怪が共存している世界もある。

「それに、これだよ」

 そう言って、見せてもらったノートには、料理のレシピがびっしり書かれていました。

「これって、もしかして、このお店のメニューですか?」

「そうだ。俺は、料理なんてしたことない。お前も客もうまいというけど、それは、俺の腕がいいんじゃなくてレシピ通りに作っているからで、親父の腕がよかっただけだ」

「そんな・・・ 店長さんの料理は、おいしいです」

「そう言ってくれるのは、うれしいけど、親父が残したレシピのおかげで、俺は関係ないんだ」

 そこまで言われると、私には、もう返す言葉がありません。

「それからが、大変だったギョ」

 話を黙って聞いていたハンギョさんが昔を思い出すように言いました。

「親父さんが残したレシピを使って、もう一度、定食屋を出そうと説得したギョ。

でも、ウルフくんは、ウンと言ってくれなくて困ったギョ」

 私は、ハンギョさんの方を向いて、話を聞きました。

「砂かけのおばぁは、親父さんから頼まれて、この店を自分が死んだ後の保険金と遺産で買い取っんだギョ。もちろん、ウルフくんがこの先もここで生きていけるためだギョ」

「飼い主さんて、店長さんのことをホントに愛していたんですね」

「・・・」

「ぼくとおばぁで、ウルフくんを説得して、この店を継ぐように言ったんだギョ。

その為に、このレシピを使って、料理が作れるように教えたんだギョ」

「ハンギョさんも社長も素敵です。私、感動しました」

「イヤぁ~、それほどでもあるギョ」

 そう言って、ハンギョさんが照れたように笑いました。

「あの頃のウルフくんは、ホントにがんばったギョ。だから、お客さんもみんな戻ってきたギョ」

「お客さんですか?」

「ルリ子さんは、不思議に思わなかったギョ? あんな夜中に、お客さんがたくさん来るって、どうしてなのか、その理由って、何だと思うギョ?」

 私は、黙って首を横に振りました。

「この店にいつも来てくれる常連さんは、みんな、飼い主さんがやってた頃のお客さんたちなんだギョ。みんな、この店が復活した時は、すごく喜んでくれたギョ。お客さんたちは、みんな、ウルフくんのことを応援してくれたギョ。素敵な常連さんで、大好きな人間たちなんだギョ」

 私は、意外な話を聞いて、涙が止まらず、鼻をすすって泣いていました。

妖怪と人間の素晴らしい交流は、感動以外の何物でもありません。

店長も、飼い主さんも、このお店の常連のお客様も、全員が素晴らしい。

私もそんなお店の店員の一人として認めてもらえるように、がんばらないといけません。

「料理もしたことがないウルフくんが、レシピを片手に毎日料理を作っていたギョ」

「もう、いいよ。あんな昔のことは・・・」

 店長は、少し照れたように大きな前足で頭を掻きます。

「最初は、失敗ばかりで、ぼくとおばぁはもちろん、妖怪の森のみんなも試食するのが大変だったギョ」

 ハンギョさんは、昔を思い出すように静かな口調で話します。

「あの、ハンギョさん。さっきも話に出たけど、妖怪の森って、何ですか?」

「そうだギョ。ルリ子さんは、妖怪の森を知らないギョ」

 私は、首を傾げます。すると、横から化け猫さんが口を挟んできました。

「ルリちゃん、今度のお休みは、何か用事があるニャ?」

「休みって、定休日ですか?」

「そうニャ。明後日は、日曜日だから、お店もおやすみニャ」

 妖怪食堂は、日曜日の夜が定休日でした。普段は、会社員とか夜に仕事をしている人たちのためにお店は開いていますが、日曜日は暇なので、お休みだったのです。

とは言っても、今の私は、特別にお休みだからと言って、やることもありません。

「だったら、今度のお休みは、みんなと妖怪の森に行くニャ」

「ダメよ。アソコは、人間は入れないのよ」

「でも、ルリちゃんは、もう、このお店の人二ャ。だから、入ってもいいニャ」

 アマビエさんが反対しながらも、腕を組みながら思案している様子です。

「店長、どう思う?」

「いいんじゃないか。ルリ子は、もう、ウチの従業員だし」

「う~ン、店長が言うなら、しょうがないわね」

 アマビエさんは、盛大に息を吐くと、今度は、私の方を向いて言いました。

そして、私の鼻先に指を刺しながら、少し怖い顔をして言います。

「いい、ルリルリ、よく聞きなさい」

「ハ、ハイ・・・」

「妖怪の森っていうのは、あたしたちが住んでた森のこと。そこには、たくさんの妖怪がいるの。アンタの世界とは、まったく違う世界よ。次元もレベルも違うの。そこには、妖怪だけの世界だから、人間は、入れないし、入ってもいけないの。でも、アンタは、特別。もう、この店の従業員で、あたしたちの仲間だから、特別に許してあげる。だから、ありがたく思いなさいね」

「ハ、ハイ、わかりました」

 アマビエさんの迫力に押された私ですが、妖怪の森というのがよくわかりません。

特別と言われても、ピンときません。それでも、このお店の従業員で、仲間と言われたことに素直にうれしくなりました。果たして、妖怪の森というのが、どんなところなのか、今から楽しみです。

「昔話は、それくらいにして、夜の準備するぞ」

「ハイ」

「ハ~イ」

 店長の号令で、私もみんなも元気に返事をして、開店準備に取り掛かりました。

開店と同時にお客さんがたくさんやってきて、夜中だというのに、あっという間に満席です。

「いらっしゃませギョ」

「今夜も食いに来たぜ」

「いつもありがとうニャ」

「こんばんわ、店長」

「おぅ、いらっしゃい」

 私も負けずに笑顔でお客様を迎えます。

「いらっしゃいませ、ようこそ、妖怪食堂へ」

 こうして、私の一日が始まりました。


 時間は、あっという間に過ぎます。忙しくしているときは、時計を気にする暇などありません。

「店長、豚汁定食二丁ニャ」

「ハイよ」

「から揚げ定食と生姜焼き、出来たぞ」

「ハ~イ」

 店内は、深夜だというのにとても賑やかでした。

「ご馳走様」

「いつもありがとうギョ」

「こっちも会計して」

「毎度、ありがとうニャ」

「ありがとうございました。お気をつけて」

 私もみんなに負けずに、声を出してお客様を送り出します。

「ルリ子、飯と豚汁、早く出せ」

「ハイ、すみません」

 私は、厨房の中で、店長に怒られながらもがんばります。

「ルリ子さん、落ち着いて、大丈夫だから」

「ありがとう、とうふさん」

 子供なのに、すっかりベテランのとうふさんにも助けられながら、店長のフォローをします。深夜も過ぎて、朝の四時を回るころになると、だいぶお客さんも空いてきました。

「波が引いたな。なんか、軽く食うか」

 店長さんが店内を見ながら言います。

「店長、お腹空いたニャ」

「おいらも」

「わかった、わかった。今、作ってやるからそこで待ってろ。ルリ子も腹が減っただろ」

 私は、カッパさんが洗ってくれたお皿などを片付けに夢中で、店長さんの声が聞こえませんでした。

「ルリ子、ちょっと休め」

 店長さんの大きな前足で肩を叩かれて、やっと気が付きました。

「す、すみません」

「いいから、空いてる席に座ってろ」

 私は、厨房を出て、空いているカウンターに座りました。

私の右には、化け猫さん。左に一つ目さんが座ると、すぐに店長さんが賄いの夜食を出してくれました。

「今日は、野菜スープだ。鳥のつくねも入ってるから、消化もいいはずだ。客が空いているうちに食え」

 目の前には、丼に入った野菜たっぷりのスープがありました。

おいしそうなニオイと湯気が立っていて、レンゲで救うと鳥団子もありました。

「店長さん、いただきます」

「いただきま~す」

 私たち三人は、揃ってスープを飲んで、食べました。そして、三人揃って言いました。

「おいし~い!」

 その後は、私たちは、夢中で野菜スープを食べました。野菜はシャキシャキで、鳥団子はほっこりして、スープは薄味で胃にも優しい。なんて素敵な食事なんだろう。こんなご飯を毎日食べられるだけで幸せです。

 夜食が済むと、閉店時間まで、もう少しです。

その後も、深夜営業の人や夜勤を終えた人たちが、朝ご飯を食べにやってきました。

「いらっしゃいませ、ようこそ、妖怪食堂へ」

「おはよう、店長。化け猫ちゃん、今日も朝から元気だね」

「あたいは、いつも元気ニャ」

「そうかい。それじゃ、いつもの頼むよ」

「ハイニャ。店長、朝定食一丁ニャ」

「ハイよ」

 朝定食というのは、ご飯に豚汁、生卵に納豆とお新香と冷ややっこの朝ご飯の定番です。閉店前になると、そんな注文が多くなります。

「おはよう、半漁人ちゃん」

「おはようだギョ。今日も朝帰りギョ?」

「そうよ。しつこい客ばっかりで大変だったわ。ここでご飯を食べるのが、あたしの楽しみなのよ」

 そう言うと、髪はピンク色で、ピアスやアクセサリーをたくさんつけて、派手な服の若い女性は、カウンターに座ると、店長に言いました。

「ねぇ、店長、甘~いオムレツとそれに合うご飯で出来る?」

「ハイよ」

 どちらかと言えば、お客様には無口な店長は、何を注文されても『ハイよ』しか言いません。

オムレツに合うご飯て、何を作る気なのか、出来るまで私にもわかりません。

 そして、しばらくすると、そんな彼女の前に出したのは、鮮やかな黄色に真っ赤なケチャップがかかったとてもきれいなオムレツとチキンライスでした。

「これって、オムライスを別々にしたものよね?」

「そうですよ。たまには、こーゆーのもありでしょ」

 そう言うと、彼女は、とてもうれしそうな顔をして言いました。

「さすが店長。よくわかってるわね。大正解よ」

 そう言って、彼女は、おいしそうにチキンライスとオムレツを食べ始めました。

私は、感心するしかありません。店長さんの人間観察とその心理を読む力は、さすがです。

 そこに、すごい勢いで、ドアを開けて、一人の男性が飛び込んできました。

「店長、すまないけど、急ぎで豚汁定食を頼む」

「ハイよ。今度は、どこに行くんだい?」

「アフリカまで、撮影に行くんだ」

「そりゃ、遠いな」

「飛行機の時間が迫ってて、急ぎで悪いな」

「いいってことよ」

 その男性は、勢い込んでカウンターに座ると、店長に話をしています。

いろんなお客様が来るけど、この人は、何をやっている人なのだろう?

「ハイよ、お待たせ。気持ちはわかるけど、ゆっくり食わなきゃ、消化に悪いぞ」

 店長は、そう言いながら豚汁定食を男性の前に置きます。

「いただきます」

 そう言って、すごい勢いで食べ始めました。

「うめぇ! やっぱり、これだよ。しばらく食えないのがつらいぜ」

 私は、その食べっぷりに感心してみていました。

すると、店長が私にこっそり教えてくれました。

「この人は、プロの動物カメラマンなんだよ。荒木三郎って、聞いたことあるか?」

 その名前を聞いて、私は、あっと思いました。

それは、有名な動物専門のカメラマンです。写真集も見たことあります。

テレビでも、特集などで、見た記憶がありました。そんな有名な人が、この店の常連なんだ。私は、つくづく感心してしまいました。すると、店長が、もう一つ、教えてくれました。

「アソコのテーブルで食ってる若い女は、見た事あるだろ」

 そう言われて目を向けると、テーブル席で一人で豚汁定食を食べている若い女性がいました。

こんな遅い時間に、若い女性が一人でこの店に来るのが、不思議に思っていました。

「あの子は、ナントカ47とかいう、アイドルグループの一人だぜ」

「あっ!」

 思わず、声に出てしまいました。

「静かにしろ。知らん振りしてやれよ」

 彼女の名前は、今話題のアイドルグループのセンターで歌っている、人気絶頂の、葛城美雪という人だ。アイドルに詳しくない私でも、知ってるくらいだから、超有名人だ。

「仕事終わりに来るようになったんだ。余り、じろじろ見るなよ」

 私は、店長に注意されて、視線を外します。まさか、そんな有名な芸能人まで、常連だとはこの店の奥の深さに感心しました。

「ごっそさん。うるさくして、悪かったな。帰ってきたら、ゆっくり食べに来るから」

「わかってるよ」

 そう言うと、カメラマンの男性は、お金を払うと、お店を出て行きました。

まるで、風邪のように現れて、あっという間に去っていく感じでした。

 こうして、ようやく一日の営業が終わりました。店の暖簾を下げるころには、太陽が昇って、朝陽が眩しく見えました。

 その後は、店内の掃除をして、朝ご飯というか、店長のおいしい賄いを食べて、子供たち三人とお風呂に入ります。

「どう、疲れたでしょ。今夜もあるんだから、ゆっくり休みなさい」

 お風呂から上がった私に、伝票の整理をしているアマビエさんが言いました。

「ハイ、それじゃ、お先に休ませていただきます」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 私は、化け猫さんを誘って、部屋に上がると、いっしょのベッドで寝ました。

「ねぇ、化け猫さん。妖怪の森って、どんなところなの?」

「それは、今度のお休みの日まで、お楽しみにニャ」

「えぇ~、イジワルしないで、ちょっとだけでいいから教えてくださいよ」

「ウニャニャ、それじゃ、ちょっとだけニャ」

「ハイ」

「妖怪の森には、いろんな妖怪が住んでるニャ」

 イヤ、それは、さっき聞いた話で、それ以外の話が聞きたいんだけど・・・

そう思っていると、化け猫さんは、すでに可愛い寝息を立てて夢の中でした。

「残念だけど、今度のお休みの日を楽しみにしよう」

 私は、そう思い直して、目を閉じました。 


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