第4話 妖怪軍団がやってきた。
「ルリちゃん、もう、夕方ニャ」
化け猫さんに起こされた私は、目を擦りながら起きました。
「おはようございます」
「ちがうニャ。今は、夕方ニャ」
そうか。私は、朝に寝たんだ。見ると、窓の外は、オレンジ色の夕日が見えました。
「あぁ~、良く寝た。久しぶりにゆっくり寝たわ」
「それじゃ、起きる二ャ。店長が待ってるニャ」
そうです。これから、夜の仕込みです。私は、急いで着替えました。
そして、化け猫さんと一階に降ります。
「遅くなりました」
私は、髪を直しながら言うと、店長さんは、すでに仕込みにかかっていました。
「すぐに支度します」
「その前に、飯を食え」
そう言えば、まだ、朝ご飯・・・ じゃなくて、食事をしていません。
「すぐに賄を作るから、他の連中も起こしてきてくれ」
「ハイ、行ってきます」
私は、二階に上がって、他の皆さんを起こしに行きました。
「一つ目さん、とうふさん、時間ですよ」
私は、部屋をノックしながら中に声をかけます。
「アマビエさん、ハンギョさん、起きてください」
続いて、アマビエさんとハンギョさんに声をかけます。
その声を聞いて、カッパさんがあくびをしながら部屋から出てきました。
「ルリ子さん、おはようゲロ」
「おはようございます。でも、今は、夕方ですよ」
「そうだったゲロ。それじゃ、仕込みでもするゲロ」
カッパさんは、もう一度、大きなあくびをしながら一階に降りていきます。
その後、他の従業員たちも部屋から出てきました。
全員が一階に顔を揃えると、客席のテーブルにそれぞれの食事が用意されていました。
「腹が減ったら、戦ができないというだろ。しっかり食って、今夜も頼むぞ」
店長さんは、言いながら私の分の食事も作ってくれました。
私は、テーブルに座ると、目の前には、おいしそうなご飯がありました。
白いご飯にとうふのお味噌汁、目玉焼きとカリカリベーコン、焼き鮭とお新香と納豆です。私以外の従業員のメニューは違います。
化け猫さんは、ご飯にかつお節がかかったネコまんま。
カッパさんはキュウリの盛り合わせ。とうふさんは大盛りのおからと冷ややっこ。
一つ目さんは野菜サラダを丼で食べています。アマビエさんとハンギョさんは、
大きなアジを頭から飲み込んでいました。店長さんは、骨付きの生肉を齧っています。見た目は、異様な食事風景ですが、少しずつ慣れてきました。
食事がすむと、化け猫さんと一つ目さんは、店内の掃除。
ハンギョさんとアマビエさんは、お金の用意とレジの確認作業。
とうふさんは、小鉢に添えるとうふの用意とお新香の準備。
カッパさんは、お皿や丼の棚から出してきます。
私は、店長さんに教わりながら、仕込みのお手伝いです。
「まずは、飯を炊くぞ」
冷蔵庫の隣のドアを開けると、中にお米がたくさん袋に入っていました。
「一袋で三キロある。それを、この炊飯器に開けてスイッチを入れると、自動で研いで炊いてくれる」
「最新式なんですね」
「いちいち、研いで炊いたら、時間がないからな。それに、これのが、おいしく炊けるんだ」
私は、さっき食べたご飯の味を思い出しました。これで炊いたご飯は、確かにおいしかった。
「ご飯を炊いている間に、豚汁の仕込みをするぞ」
次は、豚汁の準備をします。まずは、冷蔵庫から出した豚肉を一口サイズに切り分けます。と言っても、大量に作るので、切るのも大変です。
「ルリ子、お前、料理を作ったことあるのか? 包丁で手を切るなよ」
私の包丁さばきを見ていた店長が言いました。しかし、すぐに包丁を取り上げられてしまいました。
「危なっかしくて見ていられん。いいか、包丁ってのは、こうやって使うんだ」
自炊をしていたとはいえ、まともに料理など作ったことがない私は、包丁も使い慣れていません。店長自ら、包丁の使い方を教えてもらいました。
「間違っても、指まで切るなよ」
「ハ、ハイ・・・」
私は、緊張しながらお肉を切ります。こんなにたくさんのお肉を切ったことがない私は必死でした。
切ったお肉は、ザルに置いておきます。慣れない手つきで、時間もかかったけど、やっと切り終えます。それでも、これで終わりではありません。
「次は、大根とニンジンを切るぞ」
店長が持ってきたのは、これまた、大量の大根とニンジンです。
「これを全部切るんですか?」
「当り前だろ」
「もしかして、店長さんは、これを毎日やってたんですか? すごいですね」
「慣れれば、どうってことはない」
私は、山盛りの大根とニンジンを見て、ため息しか出ません。
私は、大根とニンジンをビューラーで皮をむいて、拍子切りにします。
切っても切っても減りません。慣れない包丁さばきに苦戦しながら、それでもやっとの思いで終わらせました。
「終わりました・・・」
野菜を切るだけで、こんなに疲れるとは思いませんでした。まさに、戦場です。
飲食店で働いたことがない私は、料理の仕込みの大変さを早くも身に沁みました。
「次は、ゴボウを洗え」
「ハイ」
すでにささがきにされてあるゴボウを丁寧に洗います。それでも、抱えるくらい大きなザルに一杯あります。
それを洗うだけでも大変です。まるで、学校の給食を作っている感じです。
「できました」
「あとは、俺が炒めて、煮込んでやるから、大丈夫だ」
私は、ホッと一息をつきます。でも、仕込みは、まだまだ終わりではありません。
店長が豚汁を作っている間、今度は、とうふさんのお手伝いです。
「とうふさん、手伝います」
「それじゃ、お新香を小皿に人数分盛り付けるんだよ。ぬかみそとか、大丈夫?」
「ハイ、大丈夫です」
そう言うと、床下を開けました。そこには、大きなぬか床がいくつもありました。
その中の一つを取り出すと、中からキュウリやナス、たくわんなどを出しました。
「もしかして、これも、とうふさんが作ってるんですか?」
「うん。たかがお新香でも、ちゃんとしたものを食べてもらいたいから、ぼくが作ってるの」
感心しきりです。とうふさんのような小さな子供が、ここまで料理のことを考えているなんて素直に感心しました。定食についているお新香なんて、買ってきた物を添えただけくらいに考えていた自分が恥ずかしくなりました。
ここまで、お客様のために気を使い、おいしいものを作っている姿勢に、
私も気を引き締めます。
「ぬか床は、毎日、かき混ぜないといけないんだよね」
とうふさんは、そう言いながら、小さな手でぬかみそをかき混ぜていました。
「私もやらせてください」
「いいの? 手が臭くなるよ」
「構いません。これも、仕事ですから」
「それじゃね、こうやって、右のぬか床から順番に使ってね。左の方は、まだ、ちゃんと浸かってないから」
「ハイ、わかりました」
私は、言われたとおりにぬか床に手を入れて優しく混ぜます。
こんなことしたのは初めてでした。実家の母親も、ぬか床などありません。
ヌルッとして、独特のニオイが鼻を付きます。でも、それをいい加減にやったら、おいしいお新香はできません。
昨日食べたものを思い出しながら、丁寧にかき混ぜました。
そして、いくつかの野菜を取り出します。それを洗って、一口サイズに切ります。
ひたすら切って、盛り付けての繰り返しです。
その横では、小鉢用の冷ややっこをとうふさんが盛り付けていました。
盛り付けるだけで大変です。それだけお客様が来るということです。
その間に、一つ目さんと化け猫さんは開店準備をしています。
丁寧に、テーブルと椅子を拭いて、ドアを水拭きします。
何から何まで、妖怪のみんながお仕事をしているのを見ていると、私も負けてはいられません。
「ハイ、冷たい麦茶でゲロ」
横から、カッパさんがコップに入れた麦茶をくれました。
「ありがとうございます」
「ちゃんと、水分は取らなきゃ、ダメでゲロ」
カッパさんの気遣いに感謝しながら、おいしい麦茶を一気飲みしました。
今まで飲んだ麦茶の中で、世界一おいしい麦茶でした。
「香ばしくておいしいですね」
「あっしが、毎日、作ってるゲロ。お湯で沸かして冷やすと、おいしい麦茶ができるゲロ」
このお店で口にするものは、何から何まで、すべて手作りなのです。
私もがんばらなきゃ。私は、気を引き締めて作業に戻りました。
急がなきゃ・・・ 私は、焦っていました。すると、店長が包丁を持つ手を止めて言いました。
「慌てるな。指を切るぞ。まだ、時間あるから、落ち着いてやれ」
「ハイ」
私は、そんな店長の心配りに胸が熱くなりました。その頃になると、ご飯が炊きあがりました。 小皿も出来上がると、それにラップをかけて冷蔵庫に入れます。
「とうふさん、終わりました」
私は、そう言って、とうふさんを見ると、とっくに小鉢に盛り付けていた冷ややっこは、終わっていました。
「飯ができたら、保温器に入れて、仕込みは終わりだ」
炊きあがったご飯を、今度は、少し小さめの保温器三個に分けて用意します。
そうしないと、注文を受けて、ご飯をよそうのが大変なのです。
私は、熱々の湯気が立つごはんを、私の手よりも大きなしゃもじでよそいながら、保温器に入れました。
湯気が熱くてすぐに汗が浮き出てきました。しゃもじを持つ手が熱くてたまりません。それに、しゃもじが大きくて、ご飯をよそっても、重くてうまくいきません。
「ルリ子さん、手が熱くなるから、濡れふきんを巻くといいよ」
とうふさんに言われて、その通りにすると、すごくやりやすくなりました。
こうして、開店準備は、着々と進みました。時計を見れば、夜の9時になっていました。
「休憩するぞ」
店長の一声で、ホッと一息つきます。
「毎日、大変ですね」
初めてのことばかりで、これが、正直な感想でした。
「慣れれば、どうってことはない」
そう言いながら、カッパさんが作った美味しい麦茶を店長もおいしそうに飲みます。
その後、開店時間までは、各自の自由時間でした。
そうは言っても、どうやって過ごしたらいいのか、私にはわかりません。
外は、もう夜です。外出する気にもなりません。
「あの、皆さんは、開店まで、なにをしているんですか?」
誰に言うでもなく聞くと、ハンギョさんが言いました。
「みんな勝手に過ごしてるギョ。カッパくんはゲームしてるし、化け猫ちゃんは、夜のお散歩してるよ。一つ目くんととうふくんは、二度寝してるからね」
なるほど、みんなそれぞれ好きに過ごしているようです。
開店までの、3時間を何をして過ごそうか・・・
そんなことをぼんやりと考えながら、休憩室にいました。
そんなことを考えていると、店長が言いました。
「少し休んだらどうだ」
「えっ?」
そう言った私の肩に店長が大きな手を置きました。
そして、そのまま私ごと横になったのです。
「えっ、えっ・・・」
私は、後ろから店長に抱かれるように倒れました。
「て、店長さん、あの・・・」
「いいから、ゆっくり休め」
私は、そのまま店長の腕に倒れ込みます。もしかして、このまま抱かれて、どうにかされるのかもと思いました。
でも、私の頭が店長の大きな肉球に包まれて、長くて太い尻尾が私の体に巻き付きます。なんだか気持ちいい。肉球が優しくて柔らかくて、ふわふわの尻尾にくるまれて、心地よくなりました。
「あーっ、ルリちゃんだけ、ずるいニャ」
「店長、ぼくも」
「おいらもお姉ちゃんと休む」
化け猫ちゃんがやってきて、店長の体にズポッとめり込むように横になります。
一つ目さんが店長に寄りかかります。とうふさんは、私の体にくっつくようにして横になりました。
なんだか楽しい。みんなで寄り添って休むなんて、すごく気持ちいい。
みんな店長のことが大好きなんだ。安心しきって、気持ちよく休んでいる。
私もそんな気持ちになっていくのか不思議でした。今まで、なかった経験です。
「なによ、みんなして・・・まぁ、いいか」
「人魚ちゃん、開店までそのままにしておいてやるギョ」
呆れたようなアマビエさんをハンギョさんがそっとしておくように言います。
私も、みんなと同じように、店長に優しく包まれて、気持ちよく眠りにつきました。
みんな優しくて、その気持ちがよくわかって、ここに来てホントによかったと思う瞬間でした。
「ルリルリ、起きなさい。時間よ」
私の頬っぺたをなにかが叩きます。
目を開けると、アマビエさんが大きな尾ヒレで私の頬をペチペチしていました。
「あっ! すみません。寝ちゃいました」
「いいわよ。それより、そろそろ時間よ。早く着替えてらっしゃい」
「ハイ」
私は、急いで立ち上がると、自分の部屋に戻って、着物に着替えます。
「ルリちゃん、手伝うニャ」
いつものように赤いスカートに白いブラウスを着て、頭に大きな赤いリボンを結んでいる化け猫さんが言いました。
「ありがとうございます」
私は、化け猫さんに着付けを手伝ってもらって、ちゃんと大人に見える化粧をしてから、一階に降りました。
「店長さん、今日もよろしくお願いします」
「よく寝てたな」
「すみません。つい、気持ちよくて・・・」
「気にすんな。お~い、一つ目、開店時間だ。暖簾と看板を出せ」
「ハ~イ」
チラッと時計を見たら、12時になろうとしていました。
そして、開店と同時に、数人のお客様が入ってきました。
「客が来たら、元気に挨拶を忘れるな」
「ハイ」
「いらっしゃいませギョ」
「こんばんわ、半漁人さん」
「今夜もありがとうギョ」
「化け猫ちゃん、こんばんわ」
「今夜も来てくれて、うれしいニャ」
「店長、生姜焼き定食」
「ハイよ」
「こっちは、天丼とかつ丼ね」
「ハイよ」
「化け猫ちゃん、焼き魚定食頼む」
「毎度、ありがとうニャ」
「一つ目くん、今夜は、ミックスフライがいいんだけど」
「ハ~イ、店長、ミックスフライ定食一つです」
「ハイよ」
早速、注文がたくさん来ました。
初日だからと言って、みんなの足手まといになりたくない。
みんなに迷惑かけてはいけない。私は、自分に気合を入れるとともに気持ちを奮い立たせました。
「ルリ子、伝票を確認して、お盆を用意しろ」
「ハイ」
「合図したら、飯と豚汁を乗せて、皿をよこせ」
「ハイ」
それからは、大忙しでした。注文が殺到して、調理場は大変です。
店長が一人で料理を作るので、さながら戦争のようです。私もできる限りのお手伝いをします。
それにしても、店長一人で、すべての料理を作るというのは、見ていて感動すらしました。手際の良さは、見ていて飽きません。それについて行くのは大変だけど、働いているという実感があって、今までとは比べ物になりません。
それに、こんなに遅い時間なのに、お客さんが次々やってくるというのは、
それだけこの店が流行っているということなのでしょう。
店長のおいしいご飯を食べに、夜中の時間なのに客足が絶えません。
常連さんたちは、それぞれ楽しそうに食事をしています。
私たち店員にも気軽に話しかけてくるし、楽しい雰囲気で溢れていました。
「アレ? 新人さんなの。店長、ついに、人間を雇ったの?」
「ろくろ首なんです。まだ、見習いだけどね」
「ヘェ~、妖怪の見習いなの。人間そっくりだし、可愛いじゃない」
カウンターに座った、常連のおじさんが話しかけてきます。
「初めまして、見習いのルリ・・・ じゃなくて、ろくろ首です」
この店では、人間なのは、秘密なのです。妖怪のお店に人間がいたら、雰囲気台無しです。このお店は、食事だけでなく、従業員の妖怪たちに会いに来るのです。
食堂と言っても、食事をするだけではないのです。
「店長、豚汁定食、二丁ニャ」
「ハイよ」
私も大忙しです。お客様には、笑顔で接して、元気に挨拶します。
「いらっしゃいませ、妖怪食堂にようこそ」
「こんばんわ。おや、見慣れない店員がいるけど、新人さんかい?」
「ハイ、今度、パートに入った、ろくろ首です。よろしくお願いします」
「いいねぇ、だから、この店は、やめられないんだよな。店長、ハンバーグってできる?」
「ハイよ。ハンバーグ定食ね」
お客様とのやり取りも慣れたものです。店長のように忙しい中でも、お客様と会話ができるようになりたい。
時間は、夜中の2時を過ぎました。お客様もお腹一杯になって、帰って行きます。
3時を回ると、忙しかったのも一段落してきました。
夜中に働いている人やタクシーの運転手などがちらほらやってくる程度です。
「ルリ子、腹減っただろ。夜食だ。あっちの部屋で、少し休憩してろ」
「ハイ、ありがとうございます」
店長が作ってくれた夜食は、おいしそうな焼き肉丼でした。
私は、それを持って、休憩室に戻ります。
「すみません。お夜食をいただきます」
私は、奥で伝票の整理をしているアマビエさんに言いました。
「急がなくていいから、ゆっくり食べなさい」
アマビエさんは、パソコンから目を離さないで言いました。
私は、手を合わせて、店長に感謝してからいただきます。
一口食べると、柔らかくて、甘ダレがかかったお肉がおいしくて、ご飯が進みました。
「ルリルリ、忙しかったでしょ」
「ハイ。目が回るくらいでした」
私は、ご飯を飲み込んで返事をします。
「すぐに慣れるわよ。アンタは、人間なんだから、大丈夫よ」
アマビエさんに言われると、少し自信がつきます。
「でもね、アンタは人間であることは、お客様には秘密だからね。それだけは、忘れないでよ」
「ハイ、わかってます」
私が人間であることは、誰にも言えない秘密です。それだけは、肝に銘じました。
夜食を食べて、仕事に戻ると、店内は、お客さんもいなくて静かでした。
時間は、4時になっていました。こんなに遅くまで、起きていたことなんて、今まで一度もありません。
他の従業員たちは、テーブル席の椅子に座って、夜食を食べていました。
ちょっとした、小休止的な感じです。
「お客さん、みんな、帰っちゃいましたね」
私は、ガランとした店内を見て言うと、店長が言いました。
「まだまだ、これからだ。もうすぐ、忙しくなるから、ラストスパートのつもりで気を抜くな」
「ハイ」
私は、厨房内を整理することにしました。たくさん作った豚汁も、半分も残っていません。ご飯もなくなりそうです。炊かなくていいのか、少し不安になります。
そこに、扉が開いて、お客様がやってきました。
私は、元気にお客様を迎えます。
「いらっしゃいませ。ようこ・・・」
そこで、言葉が詰まりました。入ってきたのは、人間じゃなかったからです。
「よぉ、店長。腹が減ったから、なんか食わせろ」
「化け猫ちゃん、今夜も来たわよ」
「半漁人、景気はどうだ?」
次々と入ってきたのは、妖怪軍団の皆さんたちでした。
私は、呆気に取られて固まったまま、声が出ませんでした。
「アレレェ~、そこにいるのは、人間かい?」
「ウソぉ・・・ マジでぇ~」
「おい、店長、人間なんか雇っていいのかよ?」
「そうよ、ここは、妖怪食堂でしょ。人間なんて雇っちゃダメじゃない」
妖怪の皆さんは、カウンター越しから私を見ながら話しかけてきます。
その妖怪たちとは、体中が真っ赤で角をはやした赤鬼。目も鼻も口もない、のっぺらぼう。猫のような顔をした、かわうそ。口が耳まで裂けた、口裂け女。そして、本物のろくろ首など、本で見たことがある有名な妖怪たちと名前も知らない不気味な妖怪の皆さんたちでした。
「おい、お前ら。ルリ子をビビらせるな。怖がってるだろ」
「あの、て、店長さん・・・この方たちは・・・」
「見りゃ、わかんだろ。みんな妖怪だよ。俺たちの仲間さ。ただ飯を食いに来るだけの、ダメ妖怪だけどな」
店長は、恐怖に震える私に笑いながら言いました。
「ちょっと、店長、あたしたちをダメ妖怪って、それはないんじゃないの?」
「そうだよ。今日も、たくさん、肉とか魚とか野菜を持ってきたんだぜ」
そう言うと、テーブルに山のような新鮮な食材を並べました。
「ありがとよ。いつも、感謝してる。好きなだけ、食って行け。何でも作るぜ」
店長は、そう言って、うれしそうです。
「化け猫、一つ目、材料を片付けろ」
「ハイニャ」
「ハ~イ」
「ウルフくん、ぼくも手伝うギョ」
接客担当の化け猫さんたちが、早速、材料を冷蔵庫に仕舞います。
「あの、これは・・・」
私がビックリしていると、カウンターに前のめりになって、猫のようなかわうそさんが言いました。
「これは、みんな、俺たちが採ったり作ったりしたんだぜ。だから、新鮮なんだよ。この鮎とか鱒は、俺が採ってきたんだ」
「この野菜は、ぼくたちが育てたんだよ」
「アジとかマグロは、俺が海から獲ってきたんだ」
「肉は、俺が育てた豚に牛、鳥だから、そこらの肉とは、一味も二味も違うぜ」
すごすぎる。妖怪が、農業や漁業をしている。豚や牛、野菜を育てて、海や川で漁もしている。
そんな新鮮な食材を使っているから、この店の食事は、どれもおいしいのか。
「店長、米が足りない頃だから、持って来たぜ」
「ありがとよ。奥にしまってくれ」
そう言って、米俵を担いで入ってきたのは、頭に角をはやした鬼や鼻が長い天狗たちでした。
片付けが済むと、早速、店長は、妖怪のお客様たちに食事を作りました。
私は、店長の指示に従って、お皿を用意したり、ご飯をよそって、豚汁を準備します。
「なぁ、店長、人間を雇うって、どういう風の吹き回しだよ?」
百目男と言われる体中に目がついている、見た目からして不気味な妖怪が言いました。
「しょうがねぇんだよ。忙しくて、妖怪手が足りないんだ」
「だからって、人間を雇うことないだろ」
「それじゃ、お前ら、この店で働くか?」
「それは、ごめんだね。人間を相手に働くなんて、まっぴらだ」
「だから、人間を雇ったんだよ」
「でも、可愛い人間を雇ったなら、客も増えるんじゃねぇの?」
そう言って、数えきれない目が私に向けられました。
「間違っても、ルリ子に手を出すなよ。そんなことしたら、どうなるかわかってるだろうな?」
「わかってる、わかってる。店長を敵に回したくないからな」
店長がギロリと睨むと、数えきれないほどの目が、一斉にあっちを向いた。
そんなやり取りをしている間にも、店長は、次々と料理を作っています。
私も不気味な妖怪たちをなるべく見ないようにして、店長の指示を聞いて、お皿を用意したりご飯を盛り付けたり大忙しです。
そして、妖怪たちのテーブルには、たくさんの料理が並びました。
「好きなだけ食ってくれ。遠慮するなよ」
店長が言うよりも早く、妖怪たちは、目の前に並んだご馳走を食べ始める。
「いつ食っても、店長の飯はうまいな」
「人間のご飯がこんなにおいしいなんて、知らなかったからね」
妖怪たちは、お代わりをして、山ほどあった料理が、あっという間に空っぽになっていく。
それでも、店長は、次から次へと料理を作って並べていきます。
いったい、どれだけ食べるんだろう?
ワイワイ、ガヤガヤと賑やかな食事は、延々と続いている。
その間にも、夜に働く普通の人間もチラホラやってきます。
それなのに、目の前にいるはずの不気味な妖怪たちのことなど気にせず、普通に食事をしているのが不思議でした。
見えていないはずはないのに、人間も妖怪もまったく気にしていません。
それどころか、会話までしているのです。
「珍しいな、妖怪が大勢でいるなんて」
「人間は、こんな夜中まで働き過ぎなんだよ」
私は、夢でも見ているんだろうか? このお店では、人と妖怪がとても仲がいい。
妖怪食堂というのは、その名の通りのお店だ。
そして、食べるだけ食べて、しゃべるだけしゃべると、妖怪たちは、お店を出て行きました。
外は、もうすぐ朝。夜明けを迎えると、太陽に弱い妖怪たちは、さっさと帰って行くらしい。時計の針は、もうすぐ朝の6時です。
「そろそろ店を閉めるか。ルリ子、片づけを始めるぞ」
「ハイ」
私は、厨房内をきれいに掃除をします。床をブラシで擦って、水を流して、モップで拭きます。
調理台もきれいに拭いて、消毒します。洗った食器は、棚に仕舞います。
その間、一つ目さんと化け猫さんは、暖簾をしまって、店内の掃除とテーブルを拭いたりします。
カッパさんととうふさんが、山のような洗い物を片付けています。
ハンギョさんは売り上げの計算をして、アマビエさんは、注文書などの書類の整理をしています。
「あとは、俺たちでやっておくから、ルリ子は、子供たちを風呂に入れてやってくれ」
「ハイ。一つ目さん、とうふさん、化け猫さん、お風呂に行きましょう」
私は、片付けと初めての調理の補助で、実は汗だくでした。
子供たちは、今までは嫌がっていたお風呂も、私と入るようになってから、進んで入ってくれるようになりました。
温かい温泉に体を浸かっていると、疲れも一気に吹っ飛びます。
「ルリちゃん、疲れたニャ?」
「大丈夫ですよ。最初は、緊張したけど、みんないいお客さんばかりで、良かったです」
化け猫さんに言われて、初めて緊張していた自分に気が付きました。
「このお店に来る人は、みんな常連ばかりだから、妖怪に優しい人たちばかりニャ」
「そうですよね」
まだ、一日しか仕事はしてないけど、私には、なんとなくそれがわかりました。
相変らず、一つ目さんととうふさんは、お湯の中で泳いだり、お湯をかけあったり、
仲がいいんだか悪いんだか、よくわからないけど、楽しそうです。
私は、みんなと背中を流し合ったり、髪を洗ったりして、温泉を楽しみました。
このお店のいいところは、食事がおいしいだけではなく、温泉が素敵だということです。
どんなに忙しくても、このお風呂に入れば、たちどころに疲れも吹っ飛びます。
私は、このお店に来て、ホントによかったと思う瞬間でもありました。
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