第11話

私が何も言えずに黙っていると、

先程注文していた、ホットコーヒーとアイスコーヒーが運ばれて来た。



「これは俺の一人言ですが、

別に結婚をちらつかせたとかではないのに、

ここまで徹底して、それをなかった事にしなくても、とは思いますよね」



涼しい顔で、滝沢斗希はそのコーヒーのカップを手に取り、口を付けている。


もう話し合いは、終わりだと言うように。



「それ、を、なかった事…」



私と眞山社長との一年間の交際は、

この人に、それ、と言われ。



そのそれは、なかった事になったのだと、知らされた。



今まで、こんな風に人生の中で絶望した事は幾度とある。



むしろ、絶望しかないような、私の半生。



眞山社長の交際は、そんな私にとって初めての幸せだった。




「月に一度程、そうやってホテルで密会して、

周りにそれを隠されて。

その関係が付き合っていると?」



そう言って、滝沢斗希は鼻で笑う。



私は悔しさから、唇を噛み締めていた。



「今一度訊きます、あなたと眞山社長との関係は何ですか?」



その言葉に、私は眞山社長にとって何でもなかったのだと知った。



いや、何処かではそれを気付いていた。



だけど、私はそれに気付かない振りを、ずっとしていた。

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