告白

あざみ忍

第1話

「センセイって、お姉ちゃんのことが好きなの?」

「そうですよ」


 教え子の陽菜ひなさんに尋ねられた僕は一言、こう答えた。隠したところでこの子の追及は止まることがないだろう。だから誤魔化すことなく、キッパリ返事をする。


「ふ~ん、なるほどねぇ」


 何がなるほどなのか分からないが、ふむふむと頷くと、陽菜さんは話を続ける。


「どうして好きになったのか、聞いても大丈夫?」

「一目惚れでした」


 深月みつきさんと初めて会ったのはちょうど1年前。

 腰まで伸ばされた髪は艶々で、整った顔立ちに、慈愛に満ちた優しい笑顔が眩しかった。うん、今でもあの日のことは昨日のように覚えている。


「ちなみに告白する予定は?」

「ありません」

「どうして?」

「まず1つ目に、僕は陽菜さんの家庭教師ですよ」


 意中の相手はである。告白を失敗すると、今後の仕事に支障をきたす恐れがあるからだ。


「2つ目に、僕たちはお互いをよく知りません」


 陽菜さんの家庭教師は週に1度。その際、深月さんとは顔を合わせることが出来れば、良い方である。


「以上のことから、僕は告白をするつもりはないのですよ」

「そんなこと言って、断られるのが怖いだけじゃないの?」

「…………」


 おっしゃる通り。何かと理由を挙げては大事から逃げる、僕の悪い癖である。


「ワタシはイイ感じだと思うけどなぁ」

「良い感じとは?」

「ん、それはお似合いってこと」


 ありがたい言葉ではあるが、それだけで無謀な告白ちょうせんをするわけにはいかない。こういうことはもっと確証を得てから動かないと。


「そもそも深月さんに彼氏さんがいるかもしれません」

「安心して。お姉ちゃん、現在フリーだから」

「とっ、とにかく。僕の恋愛事情はここまでにしましょう」

「じゃあ最後に1つだけ。もしお姉ちゃんと付き合えるとしたらどうする?」


 深月さんと、お付き合いできるなら。そんなもの決まっている。


「何があっても幸せにするつもりです」


 惚れた女性ひとを幸せにする、当然の務めだ。


『――それは、本当ですか?』

「はい、男に二言はありません……って、あれ?」


 今の声は深月さんだ。聞き間違えるほど、僕の聴力は衰えていない。あの凛とした涼やかな声は間違いなく深月さんである。でも一体どこから?


「ゴメンね、センセイ」


 悪戯っ子のように舌をペロッと出す陽菜さん。その手にはスマートフォンが握られている。それも画面は通話中、相手は『お姉ちゃん』と表示されていた。嫌な予感しかしない。


「えっと、どこから聞いていましたか?」


 僕は陽菜さんからスマートフォンを受け取ると、恐る恐る電話越しの深月さんに尋ねる。


遠野とおの先生の好きな人が、私というところからです』

「そう、ですか……」


 つまり僕が深月さんに抱いているイメージも、感情も、すべて筒抜けというわけである。恥ずかしい。


「頑張ってね、♪」


 陽菜さん、さすがにそれは早いです。でもどうやら逃げ場はないようだ。僕は大きく息を吐く。

 そして、


「深月さん、貴女のことが好きです。僕と付き合ってください」


 一世一代の大勝負に出るのだった。

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告白 あざみ忍 @azami_shinobu

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