第2話 そうだね。プロテインだね

 ゴブリン達に連れられて洞窟の中をてくてく歩く。

 前にゴブリン三匹、後ろにゴブリン四匹。ついでに左右に一匹ずつ。

 絵面は完全に、モンスターに囚われたオッサンである。


 とはいえ、別に連行されてる訳じゃないし、彼らからも敵意は感じない。

 むしろ、さきほどからチラチラとこちらを――正確には、手に持っている牛乳とプロテインを見ている。ゴブリンも筋肉に興味があるのだろうか? それとも単純にお腹が減っているのだろうか?


 ひとまずこちらの事情をお話ししたところ、自分達の巣に案内すると言われた。

 碌に喧嘩もした事が無いアラサー野郎には、これに従う以外の選択肢などない。

 という訳で、洞窟の中をひたすら歩く。

 こうして歩いてみると、この洞窟、かなり広い上に相当入り組んでる。

 あっちこっちに横穴があり、途中には開けた空間や、底が見えない崖なんかもあった。


 もしかしなくても、ここは地球ではないのだろうか?

 なるべく考えないようにしてきたが、その可能性大である。

 いったい自分はどうなってしまうのだろうか?


「着イタゾ、ココガ我ラノ巣ダ」


 そこに在ったのは、洞窟の中に建てられた集落であった。

 岩を加工して作ったと思われる住居がちらほら見られ、低いながらも外敵の侵入を防ぐための外壁のような物も見られた。あちこちにロープが通され、そこに干し肉っぽい食べ物を吊るしている。乾燥させているのだろう。

 思った以上にこのゴブリンさんは文化的な生活をしているようだ。

 すると一体のゴブリンさんがこちらに向かって来る。


「アナタ、オ帰リナサイ」


「タダイマ」


 話を聞いてくれたリーダーっぽいゴブリンさんが前に出る。

 どうやらこのゴブリンさんの奥さんのようだ。すごい。自分と違ってちゃんと所帯を持ってる。

 なんだろう、雄として凄く負けた感じがする。


「コッチダ」


「あ、はい……」


 ゴブリンさんに連れられて、集落の中をしばし歩く。

 案内されたのは、中央の一角。

 ゴザっぽい何かが敷かれ、その上にゴブリンさんが腰かける。


「座レ」


「は、はい……」


 ゴブリンさんに促され、ゴザっぽい物の上に座る。


「アレ、誰?」「人間?」「何デ人間?」「知ラナイ、知ラナイ」「人間、人間ダ」「珍シイ」「人間、マズイヨネ」「マズイシ、話聞カナイ」「スグ襲ッテクル。怖イ生キ物」


 あっちこっちから好奇の視線を感じる。

 集落のゴブリンさん達、自分に興味津々である。

 中には露骨に武器を構え、こちらを警戒している者も居る。

 おかげでこっちは生きた心地がしない。


「気ガ散ル! 仕事ニ戻レ!」


 目の前のゴブリさんが叫ぶと、蜘蛛の子を散らすように他のゴブリンが逃げて行った。どうやら目の前のゴブリンさん、この群れ――というか、この集落でもかなり高い立場にいるようだ。


「人間」


「あ、はいっ」


 ゴブリンさんに話しかけられ、びくっとなる。


「ココハ『最果テノ森』ト呼バレル場所ダ」


「最果ての森……?」


 それは果たして日本のどこにあるのだろうか?

 いや、あるわけないな。絶対ないわ。


「『最果テノ森』ノ外ニ人間ノ集落ガアル。他ノ人間ニ会イタイナラ、コノ森カラ出テソコニ向カウトイイ」


「なるほど……、ではこの森から出るにはどうすればいいのですか?」


 ゴブリンさんには悪いけど、こんな怖いところ、一秒だって居たくない。

 だってゴブリンの集落だもの。生きた心地がしない。

 ゴブリンさんは離れたところにある穴を指差す。

 ここからじゃ良く見えないけど、上に繋がってるのかな?


「コノ洞窟ヲ出テ森ヲ歩ケバ、ソノウチ辿リ着ク」


「そのうちとはどれくらい掛かるのでしょうか? それと道中に危険はないのですか?」


「普通ニ歩イテ一週間クライ。デモ魔物ガ一杯居ルカラモウ少シ掛カルカモ」


 歩いて一週間って相当な距離だ。

 それに魔物がいっぱい居るって凄く怖い。


「あの……道案内とか護衛とかお願いできないでしょうか?」


「話ハ聞クト言ッタガ、ソコマデスル義理ハ無イ」


 ですよね。

 さて、どうしたものか。

 今の自分には、このゴブリンさんだけが頼りである。

 どうにか頼めないかと考えるが、今自分の手元にあるのは買ったばかりのジャージと牛乳、それとプロテインだけである。

 もはや一か八かだが、これに賭けるしかないだろう。


「では報酬をお支払いします」


「報酬……?」


「はい、私が持つ食べ物と飲み物です。これを差し上げます」


 これにどれだけの価値があるか分からないが、もはやこれしか手が無いのも事実である。

 この指輪も考えたが、どう見たって貴金属には興味はないだろう。

 ならば食べ物だ。買ったばかりのプロテインの封を切り、シェイカーボトルに入れて牛乳と混ぜ混ぜ。

 それをゴブリンさんにお出しする。


「……コレハ食ベ物ナノカ?」


「はい。私の居た世界での栄養補助食品です。筋肉が付きます」


「……栄養補助食品? 筋肉?」


 ゴブリンさんは聞き慣れない単語に首を傾げる。凄く人間っぽい動作である。

 でも目の前のプロティンには興味があるようだ。


「どうぞ、お飲みください。毒は入っていません」


 とりあえず先に自分が先に口に含み、安全ですよとアピール。バニラ味である。口の中に広がる甘味とどろっとした飲み心地。これは筋肉に効きますわーって感じがする。

 口を付けたところを拭いてから、ゴブリンさんに手渡す。


「……奇妙ナ飲ミ物ダナ。ダガ妙ニ食欲ヲソソル」


 すんすんと匂いを嗅ぎ、舌で一舐め。

 カッとゴブリンさんは眼を見開くと、ごくごくと一気に飲み干してしまった。


「ガッ……カハッ……」


 カラン、コロンとシェイカーボトルが地面に落ちる。

 ゴブリンさんは口元を押さえ、なにやら苦しんでいる。

 ヤバい、もしかしてプロテインと牛乳ってゴブリンさんには毒だったのだろうか?


「長!」

「長ガ倒レタ!」

「オノレ人間!」


 ヤバい、ゴブリンさん達が完全に殺気立ってる。

 何時殺されてもおかしくない状況の中、ゴブリンさんに変化が起こった。

 メキメキと音を立てて、肉体が――いや筋肉が膨張し始めたのだ。

 申し訳程度の腰布などあっさりと千切れ飛び、肉体がどんどん膨れ上がってゆく。

 ズズンッ! と地面を踏みしめ、こほぉぉという呼吸音をたて、そこに立っていたのは、自分よりも遥かに大きなマッチョマンだった。


「ちからガ……力が漲るぅぅぅうううううううううううううッ!」


 見上げる程の大男になったゴブリンさんが叫ぶ。

 よく分からないが、ゴブリンさんがマッチョになった。

 あと布切れも吹き飛んだので股間も丸出しだ。

 マッチョになったゴブリンさんは何もかもビックサイズだった。

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