魔物にプロテインをあげたらとんでもないことになった件 ~会話と筋肉で始める魔物の国づくり~
よっしゃあっ!
第1話 話せばわかるって素晴らしい
三十代を目前に控え、体力の低下を感じる。
ここ最近、運動らしい運動も全くしていない。
日に日になまっていく体を見ていると、これから先がとても不安になる。
「そうだ、筋トレをしよう」
幸い、お仕事の方は順調で、ここ最近は定時に帰れる日も増えた。
ある程度、時間の余裕はある。先ずは軽いジョギングとか腕立て伏せとかから始めてみよう。
「となれば、ジャージを買わないと……」
運動用の衣類を全く持っていなかったのでこの機会に買うとしよう。
という訳でスポーツ用品店にやってきた。
ジョギング用のジャージを二着買うと、レジへ持っていく。
すると途中の棚にプロティンが並べられていたのに目が行った。
「……運動後に飲むと良いんだっけ?」
筋肉さんの心強い味方、プロテイン。
栄養補助食品で弱った体にも心強い味方、プロテイン。食が細くなったお得意さんも医者に進められたって言ってたな。
ついでだし買っておこう。初めてなのでバニラ味でいいかな。
「え、三つ買えば20%引き、五つなら半額……!?」
なんだそれ。買うしかないじゃないか。
どうせ飲むんだし、まとめ買いしても同じだろう。
という訳で、五つで半額購入決定。初めましてプロテイン。これからよろしく、プロテイン。
ついでにスーパーでプロティン用の牛乳も購入する。
これで俺もオッサンマッチョになってやる。
そんな風に考えながらアパートに向かっていると、チャリンと何か金属的なものが落ちる音が聞こえた。
「?」
反射的に音のした方を見る。
誰も居なかった。
でもよく見ると、電柱の横に変な指輪が落ちていた。
「……なんだこれ?」
拾い上げてみると、それは金と銀で出来た指輪だった。
所々に赤い宝石――いや、多分ガラス細工だと思うけど――が装飾され、絡み合った金と銀が二匹の蛇を連想させる。
誰が落としたのだろうか?
でも近くには誰も居ない。
もしかしてカラスかなんかが落としたのか?
鳥って光る物を巣に持ち帰るっていうし。
とりあえず見上げてみたが、電柱の先にカラスは居なかった。
「何となく高価な指輪っぽいし、警察に届けた方が良いか……」
最近は金の価格インフレが続いている。
下手に家に持ち帰るより、すぐに交番に届けた方がいいだろう。
指輪をポケットに入れようとした瞬間、不思議な事が起こった。
指輪からまばゆい光が溢れ出したのだ。
「え、なにこれ?」
咄嗟に指輪を手放そうとするが遅かった。
目の前が真っ白に染まった。
●
謎の光から数瞬ばかり、気付くと周囲の景色は一変していた。
薄暗いゴツゴツとした岩肌ばかりが目につく。
一言で言えば洞窟っぽいどこかである。
「は……?」
意味が分からない。
岩肌には所々に光る水晶のようなモノが生えており、視界はとても良好。
スポーツ用品店で買った紙袋や牛乳の入ったレジ袋を持った自分の姿も良く見える。冴えないおっさんが映っていた。
「ここはどこだろう……?」
何かのドッキリだろうか?
いや、今の時代、一般人を巻き込んで急にこんなドッキリを行う番組なんて確実に炎上するだろう。コンプライアンス大事だ。
とりあえず誰かいないだろうか?
「おーい、誰かいませんかー?」
助けを呼んでみた。すぐに喉が痛くなった。
ここ最近、こんな大きな声を出した事ないかもしれない。
会社でも怒鳴り散らされることはあっても、怒鳴り散らす経験ゼロである。
だって怒鳴ったり、怒ったりするのって疲れるもん。
「ギィーーーー!」
するとお返事があった。
どうやら誰かいるようだ。ちょっと安心。
でも返事と言うよりも、なんか獣の叫び声っぽかった。ちょっと不安。
すると暗がりの向こうから、奇妙な生き物が姿を現した。
「ギギィ……」
「ギギャァ……」
「ギィ、ギギィ……」
それは自分の胸ほどまでの身長しかない緑色の肌の生き物だった。
額には角が生えており、耳がとがっている。
下半身の大事なところを申し訳程度の布で覆い、野生児感満載である。
ファンタジー系のゲームや映画で見た、ゴブリンって生き物に似ていた。
とりあえず暫定ゴブリンと呼ぼう。
「ギギィ……」
ゴブリンさん達は、こん棒や刃物を手に、じりじりとこちらににじり寄ってくる。
どうみても襲う気満々である。
もしかしなくてもこれはピンチなのではないだろうか?
逃げた方が良いのは分かるんだけど、怖くて体が動かない。
訳の分からない状況に、訳の分からない生物との遭遇。
もう頭の中がいっぱいいっぱいである。
するとポケットの中から再び発光。
またあの指輪が光っていた。
反射的に指輪を取り出す。
なんとなく『はやく指にはめろ』と、指輪が訴えているように見えた。
「~~~ッ! ええい、ままよ! もうどうにでもなれ!」
藁にもすがる思いで指輪をはめると光は収まった。
……何も起こらなかった。
ああ、そうだよね。指輪をはめたくらいで何か起こるわけないよね。
現実に引き戻され、じりじりと迫ってくるゴブリン達の方を見る。
『ま、待ってくれ! 殺さないでくれ! お願いだ! 話せば分かる!』
口から出た言葉は精一杯の命乞い。
そもそも言葉が通じるわけがないと思いながらも、口にしてしまうのは人間の悲しき性である。
さようなら人生。せめて死ぬ前に、貯金全部使って美味い物腹いっぱい食いたかった。
「ギィ……?」
するとゴブリン達の動きが止まった。
首を傾げ、じっとこちらを見つめてくる?
どうしたんだろうか?
一体のゴブリンが前に出る。
身につけた装飾品も、武器も他のゴブリンよりも少し上等な感じ。
ひょっとして群れのボスゴブリンだろうか?
「……人間、オ前、俺タチノ言葉分カルノカ?」
「…………え?」
ゴブリンが日本語を話した。
「モウ一度、聞ク。オ前、俺タチノ言葉分カルノカ?」
「あ、はい。分かります。分かりますとも」
必死に何度も頷く。
するとゴブリン達が手に持った武器を下ろした。
「話シガ出来ルナラ、話ヲ聞ク。人間、ドウシテココニ居ル?」
良く分からないが、とりあえず話せば分かる類のゴブリンさんだったようだ。
自分はゴブリンさん達に事情を説明した。
話せばわかるって素晴らしい。
あとがき
新作です
楽しんで頂ければ幸いです
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