零感看護師 友絵さん

金星タヌキ

第1話 奇妙な同居人




 ハザードを点灯させ 自宅のガレージに イタリア製の小型自動車を停める。

 

 バックの駐車って苦手だけど だいぶ慣れてきた。築4年の一戸建て。新築ピカピカとまでは言えないものの まだ真新しいポーチを上がり 玄関のドアの鍵を回す。日勤だったとはいえ 残業して報告書を仕上げてたから 既に時刻は20時過ぎ。

 家の中は真っ暗だ。

 


「ただいま」


友絵ともえ おかえりー」



 真っ暗なリビングから返事が返ってくる。自慢の一戸建てとはいえ 独り暮らしの身としては 返事があるのはありがたい……のか?


 私の名前は 植島うえしま 友絵。

 31歳。

 仕事は看護師。

 自分で言うのもなんだけど エリート看護師だ。広河原にある星都大学付属病院のPICUで主任看護師を務めてる。PICUっていうのは 小児対象の集中治療室。高度な専門性が求められる部署。大学病院だから 研究もある。


 趣味は仕事。

 男っ気ナシ。

 休みの日の過ごし方で困るタイプ。

 専門職だし 夜勤もあるし 実家暮らしだったし 貯金が 積み上がって ナニ買おう?って思ってた。知り合いに相談したらデザインがお洒落だっていうイタリア車を勧められて まぁいいかなって思って買った。でも 通勤と買い物くらいしか使わないから 去年 無事 1回目の車検もパス。


 その3年間にPICUに移動になり主任に昇進して さらに給料が上がった。年齢も30歳超えて親の「仕事もいいけど そろそろ結婚したら? いい人いないの?」っていう有言・無言の圧が鬱陶しくなってきて 思い切って 一戸建て買った。マンションもいいかなって思ったけど 隣とか上の部屋がウルサイとかなったら嫌だし。


 中古の築4年。

 相場より けっこう安い掘り出し物……新築3年経たずに 前の持ち主が売りに出した訳で なんか事情あったんだろうけれど。新婚で買って 結局……って感じだろうか?まぁ 私の場合 別れる相手もいないんだから 気にすることも無い。


 そもそも ジンクスとか運勢とか あんまりっていうか 全く気にしない。できるだけ 論理的に冷静にっていうのがモットーだし 性格にも合ってる。占いとか パワースポットとかも馬鹿馬鹿しいと思ってるし 神様とかも信じてはいない。家は仏教だから 墓参りしたりはしてきたし お正月に家族の付き合いで初詣行ったりもするけれど 信じてはいない。


 もちろん 看護師っていう仕事 特にPICUに勤めてるワケで 人の死(しかも年端もいかない子どもの死だ)に出会うことは 他職の人よりずっと多いし 命の尊さ 重さを感じる機会も多い。

 人が生きようとする力の強さ 命の奇跡を何度も見てきた。

 でも 超常現象を信じる気にはなれない。

 同じくらい何度も 必死の祈りに応えられずに逝ってしまった命も見てきたから。



 そんな私だ。

 幽霊なんて 端から信じちゃいない。

 誰もいないハズのリビングから としてもだ。

 リビングのセンサーが反応して 照明が点灯する。

 


「お帰り 友絵」


「ただいま」



 これは 独り言。

 別に リビングの中央に薄ボンヤリ立つように見える女子高生の声に答えたワケじゃない。

 傍点部分 大事。

 見えてる訳じゃない。

 気がしてるだけ。

 気のせいなんだ。

 


「今日の晩御飯は何~?」


「半インスタントのエビチリと モヤシとハムの中華サラダ。あとは みそ汁」



 今日の晩御飯のメニューを 確認する。

 あくまでも だ。学生時代 下宿してた友達が『1人暮らしすると 独り言増えるよ』って言ってたけれど 全く その通り。



「ご飯が先? お風呂? それともアタシ?」


「いつから 私達 そんな関係になったのよっ。ご飯に決まってるでしょ」



 ……ミスった。

 反応してしまった。

 彼女が見えるようになったのは この家を購入してから。

 初日の夜 いきなり現れた。


 もちろん この家に憑いてる地縛霊なんて訳は無い。


 私の妄想。

 幻聴 幻覚の類っていうのは ある種の精神疾患やストレス性の外傷で引き起こされる……あと 薬物。私の専門は 小児外科だけど精神科の勉強も学生時代にした。彼女が見えるのは この家にいる時だけ。他の場所で 彼女が見えたり 声が聞こえることは 無い。

 仕事は順調。

 まぁ 高ストレスなのは確かだけれども。もちろん 薬物もやって無い。夜勤明けの書類作成でエナジードリンクの一気飲みするのは 私の悪いクセだけれど アレに禁止薬物は入っていない。

 取りあえず 知ってる症例に 当てはまるものは無い。

 

 けれど きっと何かしら症例があるハズ。専門じゃないから知らないだけ。

 それは 確か。



 色々 話しかけてくる彼女を無視して(生返事してるように見えるかもしれないけど あくまでも それは) エビチリの用意を始める。

 野菜を刻んで 具材と炒め合わせるだけ。

 お手軽だ。



「もうちょい 手間かけたモノ食べなよ~」


「うっさい。火を通してるんだから 十分 手間かけてるわよ」


「まー 来た頃は コンビニ弁当ばっかだったし マシになったけど」



 無視を続けて 出来上がったエビチリを 2つのお皿に盛り付ける。愛用の半インスタントの中華料理シリーズ。お手軽だし味もそこそこだけれど 何故か二人前がデフォルト。

 そんなワケで 晩御飯に作った もう1人分は 明日のお弁当になる。

 

 お弁当の具材を に二人掛けのテーブルの私の席の向かいに並べる。

 白ご飯とサラダ あと インスタントだけれど みそ汁も。

 


「わー 美味しそー」


「インスタントばっかって思ってるんでしょ?」


「まーねー。でも 温かい食事を 2人で囲むって 素敵じゃない」


 

 テーブルの私の向かいの席のダイニングチェアは いつも 少しだけ引いてある。

 私が席に着くと 彼女も向かいに座る。

 前髪ぱっつん姫カット。

 肩のところで切り揃えられた黒髪。

 京人形みたいな純和風美少女。

 顔色は 心なしか蒼醒あおざめてる。

 まぁ 顔色のいい幽霊ってのも 変だし当然な気もするけれど。

 

 ……いや。

 なんだから顔色良くてもいいハズなんだけれど 顔色が悪い。


 黒いボレロタイプのブレザーに 真っ白の丸襟のブラウス。

 赤い紐タイに これまた黒のジャンパースカート。

 どっかの高校の制服っぽい格好。

 本人曰く『死んだ時の格好。着替えられないんなら もっと可愛い格好しとけば良かった』とのこと。

 半分以上 透けててダイニングチェアの背もたれが普通に見えてる。



 私が静かに夕食を摂る間も 彼女は話し続ける。

 食事は 一切減らない。

 彼女が 現実社会に 何一つ影響を与えることは無い。

 食事を摂ることは おろか 椅子を動かすことも 人感センサーに反応することも無い。

 ただ 私に向かって話し続けるだけ。



「『恋に胸キュン』ってゆーマンガ 知ってる?」


「知らない」


「17巻以降 読んで無いんだよね~。たぶん もう20巻辺りまで 出てると思うんだけど……」



 何故か私の知らないようなことも知ってる。

 でも 乖離性障害だったりすると 完全別人格で 知識なんかも別だったりする症例もあるらしいし そういうヤツかな? 私的には 乖離起こすほどの ストレス下にいる自覚無いんだけれど。



 この奇妙な同居人が 私の脳内で暮らしているのか?

 それとも この家に憑いてて 我が家で暮らしているのか?

 

 

 確かなことは 私が この不可思議で不躾な同居人の存在に慣れはじめてるという事実だけだった……。

 ………。

 ……。

 …。




 

 

 

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2024年12月24日 06:00
2024年12月27日 06:00
2024年12月30日 06:00

零感看護師 友絵さん 金星タヌキ @VenusRacoon

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