【改訂版】宝晶宮のカリスマ太守は、貧しい物売りの娘を寵愛希望? 〜柘榴石の少女、後宮で石の謎解きをする〜
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第1話
青と紫の空を見上げながら、
朝日はまだ辺りを照らさない。かげった宮殿はおごそかだが、私はそんなにすごいとは思わなかった。
母親に「はい、売ってきてねぇ」と言われてやって来たはいいものの、果たして田舎でつくられたこの鉱物やらが、売れるとは思えない。
何を言っているんだ、と思うかもしれない。
私が今背負っているカゴに入っている品物は全て、私の故郷の
石峰郷で採れた鉱物を、装飾品などに加工している。
まあ、具体的な鉱物の名前を挙げたらキリがない。
宝石そのものに価値があっても、派手な装飾は蛇足。価値を下げる原因になる。
そんなの、他人に品物を見てもらわないと分からないけど。
一先ず、利益が出るには、一五〇元は売れなければ。
親父亡き今、物を売って金を稼げるやつは私しかいない。私がしっかりせねばいかんのだ……!
と一人意気込んで、山を下った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「うわぁ……」
市場の様子を見て、私は声を上げる。
ひるがえる旗に並べられた品々。言葉を交わす商人たち。
村ではまず見ることのない景色だった。
店と店の間につくられた狭い場所に、次々と品物を並べる。
どうも、無名の人には、
周囲の視線が少し気になったが、私は無視して準備を進める。
鶏の鳴き声を切り札に、市場が始まった。
「翡翠の
声を張り上げたものの、行き交う人々は立ち止まりもしない。
むしろ、私の隣にいる商人の威勢の良い呼び込みが、ますます私をかすませているような気さえする。
「お姉さん、どこから来たんだい?」
唐突に声をかけられて振り向くと、子供がじっと私のカゴを見つめていた。
「ああ、ここは石峰郷の——」
言葉の途中で、子供の手がカゴに伸びるのが見えた。
「ちょ、何してるのよ!」
慌てて子供の腕を掴もうとしたが、すばしっこく逃げられてしまう。
その瞬間、周囲の商人や通行人たちが一斉にこちらを注視した。
「この子、盗ろうとしたんです!」
必死に訴えたが、子供はすでに姿を消している。代わりに、私の手元には何も証拠がなく、周囲の人々の視線が冷たい。
「商人のくせにそんな嘘をつくのかい?」
「田舎者の分際で……」
耳元で囁かれる言葉に、血の気が引く。
え……? 私が犯人扱いされてる……?
そんな……というか、あの子から品物を取り返さなければ……!
「それ以上はよせ」
低く響く声に、ざわめきが止んだ。
声の主を見上げると、淡い青の衣を身にまとった青年が立っていた。背筋を伸ばした堂々とした姿は、ただの商人とは思えない風格がある。
「事情を説明してもらおうか」
彼の鋭い目が私を見つめる。やや強引だが、威圧感というよりも冷静さを感じさせる不思議な人物だった。
っていうか……なんだこの、上から目線のやつは……。
「お前、名前はなんと言う? 盗まれた物はなんだ?」
……え、この人は私が犯人だと思っていない?
「り……陸玉蘭。翡翠の簪を盗まれました」
少し間が空いてしまったけれど、なんとか答えると、彼は静かに頷いた。
「翡翠の簪か。形状や特徴は覚えているか?」
「え、ええ……。翡翠を丸く削り出して、中央に小さな琥珀をあしらった簪です。先端は銀で加工していて……」
私の説明に耳を傾ける彼の表情は、どこか穏やかで、それが逆に妙な威圧感を感じさせた。
「なるほど。陸玉蘭、その簪を作ったのはお前か?」
「はい。故郷で採れた翡翠と琥珀を使っています」
胸を張って答えると、彼の目が一瞬だけ驚いたように細められた気がした。でも、それはすぐに消えてしまった。
「石峰郷の者か……」
彼が小さく呟いた言葉は、周囲のざわつきにかき消されそうになるほど小さかった。
その瞬間、どこからともなく市場の
「どうしました、太守様?」
太守……様?
思わず相手を見上げると、先ほどまで冷静だった彼が、わずかに困ったような顔をしていた。そして、淡々と衛士たちに指示を出す。
「ここで盗難が発生した。犯人の目撃者を探せ。翡翠の簪だ、特徴は——」
私の言葉を繰り返すように簡潔に説明する。どうやら彼は、本気で私を助けるつもりらしい。
「……太守様?」
信じられない思いで声を漏らすと、彼は私を
「これで少しは疑いが晴れたか?」
そう言う彼の顔には、どこか余裕が感じられた。でも、私はその余裕に腹が立つのを感じてしまう。
「あなた、何者なんですか?」
勇気を振り絞って問いかけると、彼は少しだけ笑みを深めた。
「
……太守……太守……太守……!?
何度か言葉を
「お前……知らなかったのか?」
彼の声には、ほんの少しだけ呆れが混じっている。
「そ、そんなの……。そもそも太守様なんて滅多に会える人じゃないんだから、わかるわけがないでしょ!」
思わず声を荒げてしまうが、彼は微かに笑っただけだった。
「確かに、俺を知らない奴もいるかもしれないな。だが、この市場で物を売るなら、この地の支配者くらい知っておくべきだ」
彼の指摘に、思わず口を
「……それよりも、お前の言う簪を取り戻すことが先だろう?」
楊明さんがさらりと言った言葉に、私はハッとして我に返った。そうだ、今は犯人を見つけるのが先決だ。
「……ありがとう、ございます」
小さく礼を言うと、彼は再び笑みを浮かべた。その笑みは先ほどの余裕とは少し違い、どこか温かみを感じさせるものだった。
「感謝するなら、簪が見つかってからにしてくれ。それまではお前も協力しろ、陸玉蘭」
彼が歩き出すのを見て、私は慌ててその後を追った。
「ちょ、ちょっと! どこに行くんですか?」
「犯人が逃げた道を探る。お前、心当たりはあるか?」
私の問いに、彼は当然のように返してくる。その余裕にイラッとしつつも、私はしっかりと思い返してみた。
「えっと……確か、あっちの方に人影が……」
指さす先を見て、彼は頷いた。そして、衛士たちに指示を出しながら私を振り返る。
「行くぞ。お前もついてこい」
「え、私も?」
「当然だ。お前の簪なんだからな」
彼の言葉に、私は少しだけ胸が熱くなるのを感じた。なんだか、こんな風に誰かに助けてもらうのは久しぶりだ。
……いや、いや、そんなこと考えてる場合かよ!
あの簪が一点売れるだけで、結構な金が入ってくるんだから!
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