第8話 安堵と涙
私は急いでローブを手に取り、自分の身をすっぽりと覆う。
それからまず、自分ひとりが飛べるだけの浮遊魔法式を展開、魔法を発現させ、浮いた状態で馬車のキャビンの横までやってくる。
(やっぱり、ここにいたのね……!)
ガタガタと揺れが激しいところなんとか扉を開け放ち、中にいた三人の姿を確かめた。
イヴ様、アラン様、メルナ様。やっぱりこの馬車には三人が乗っていた。
「今すぐ飛び降りて! 三人で手を繋いで、誰かひとりが私の手を取ってください! このままでは魔獣の大群にぶつかってしまいます!」
「え、え!? きみは……」
最初に顔を上げたのは、アラン様だ。
浮遊魔法で宙を浮いている私を見て目を見開いている。続いて同じようにイヴ様、メルナ様がこちらを向いた。
「あなたたちは私が必ず助けます! だからどうか、信じて……!」
そう言って手を伸ばすが、イヴ様とメルナ様は馬車の暴走による恐怖で動けないようだった。
「イヴ、メルねえさんっ」
それに気づいたアラン様は、ふたりに叱咤の声をあげる。
「早く手をつないで、降りるよ!」
「でもっ」
「今はこの人の言うこと聞いたほうがいい。メルねえさんもはやく!」
「え、ええっ」
アラン様の賢明な判断により、イヴ様とメルナ様もようやく立ち上がってくれた。
三人はお互いの手を握り合い、アラン様が開いた扉から私に手を伸ばす。
その小さな手を、私はしっかりと握りしめた。
「飛んで!」
私の合図でアラン様が馬車の外に身を投げ、イヴ様とメルナ様もそれに続いた。恐怖のあまり目を瞑った三人の姿をしかと確認し、ロッドに力を込める。
「共鳴魔法式、展開」
そして魔法が発現された瞬間、三人の体は私と同じようにふわりと空中に浮いた。
共鳴魔法とは、もともと発現させていた魔法と共鳴させることで、共鳴者に同じ効果を与えることができるというもの。
本来は動物や魔獣の鳴き声と共鳴させ、仲間だと認識してもらうための魔法だったらしいが、こうした付与効果もあると師匠様から教わっていた。
つまりそれは、私が自分を浮かせるため発現させていた浮遊魔法に共鳴魔法を入れ込むことにより、対象者である三人も浮遊することができる、ということ。
共鳴魔法式の展開は、ほかに比べて魔素の消費量が少なく、共鳴するための軸があって初めて効果を発揮する魔法式であるため、そもそもの負担が少なく済むのがありがたい点だった。
私に施した浮遊魔法と共鳴させるため手を握らなければいけないのが難点だったが、御者台にあったローブのおかげで顔も晒さずにおこなうことができた。
「……もう、目を開けても大丈夫ですよ」
暴走馬車を離れた私たちは、柔らかな草の上に着地する。声をかけると、力が抜けた三人はへたり込むような体勢で地面に腰を下ろした。
「本当に、助かっちゃったよ、イヴ」
「うん。馬車から飛び降りたのに、あたしたち、生きてる」
「あ、あの。あなたは一体……?」
呆然とする双子の横で、メルナ様が疑問を投げかける。
でも、うまく言葉にできなくて沈黙が流れた。
「……通りすがりの魔導師です」
結局、そんな言葉しか出てこなかった。
ここで私だと明かしたところで、おかしな憶測が飛び交うのは目に見えている。
助けたといっても私はシュトラウスの王女で、国家間としてはまだ和平協定も結んでいない状態。
たんに助けたかったから、という理由だけが通るとは思えない。
そもそも塔に幽閉されている私がこんな場所にいることが公に知られたら、それこそ一大事だ。
「イヴ、アラン! メルナ! 無事なのか!?」
複数の足音がする。三人を心配する声は、きっとクラウド様のものだ。
大型魔獣を眠らせたことにより、大群が舗装路まで押し寄せることもなくなった。そのため早く駆けつけることができたのだろう。
「そ、それでは私はこれで。一応魔獣に催眠魔法はかけてありますけど、なるべく早くここを離れてください」
「あ、待って――」
メルナ様の引き止めを振り切り、私はその場を後にする。
一応ここをちゃんと離れるまでは見守ろうと、近くの木の影に隠れて様子を眺めた。
「メルナ! 怪我はないのか!?」
「お、お兄様……わたくしは大丈夫です」
「本当か!?
「イヴ、アラン。よかった、お前たちが無事で」
「うう、お兄さまぁ!」
「ぼく死ぬかと思ったぁ……!」
ハンス様は執拗にメルナ様の状態を確かめ、クラウド様は泣き出してしまったイヴ様とアラン様を抱きしめている。
その背後では、まずはここを離れましょうと焦った騎士たちが声をかけ、なんとも賑やかな場になっていた。
少し離れたところには眠った大型魔獣がうようよいるし、警戒が必要なのは変わらないけれど。あの場の空気が明るく感じるのは、誰ひとりの犠牲も出なかったからだろう。
「…………私、なんとかやれた」
木の幹に背を預け、ずるずるとその場に座り込む。
緊張の糸が切れてしまったみたいだった。
「これは、夢じゃない? ……本当に、救えた?」
誰かに問いたいわけではなく、頭で理解するために言葉を重ねた。
目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
何度拭っても溢れては流れ、溢れては流れ続ける。
ああ、よかった。
こんな私にも、やり遂げることができた。
この瞬間、誰一人も。
「死んでいない……!」
私はロッドを胸に抱き、その事実を何度も何度も噛み締める。声を抑えようと手で口を覆えば、堪らずかすかな嗚咽が漏れた。
「ふっ、う……よかった……本当に」
亡き弟妹の思い出を語るクラウド様の横顔は、いつも後悔の念に苛まれていた。
いつも冷静沈着なハンス様が、メルナ様の墓石の前では肩を震わせていた。
……一度は確かに消えてしまった命が、なんの因果かこうして救うことができた。
必死になって動いていたけれど、まだ心のどこかでは現実味がないと思う気持ちもあった。
夢の中にいるような心地で、それでも二度と後悔はしたくない一心でここまで来た。
そして救うことができた。
「ううん、違う……ここは、この時代は」
信じられないけれど、これは夢なんかじゃない。
私に起こった現実なのだと、なぜかストンと胸の中でその結論に落ち着いた。
ここが現実だというのなら、もう一度私にやり直す機会が欲しい。
あのころのように弱いままの私ではなく、悲劇に抗える私で、愛するものを守りたい。
「どうか、お願いします……今度こそ……っ」
理不尽に打ちのめされ、埋もれていた私の中の決意が再び芽生えた瞬間だった。
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