第9話 謎の欠片
***
プルノツ森林を離れ、無事に国境を越えたクラウド一行は、北ソルディア帝国有数の宿場街で一晩過ごすことになっていた。
領主の計らいで屋敷の部屋を借りたクラウドたちは、談話室で改めて
爆発音がしたのは、クラウドとハンスの乗る馬車が森林を抜けた直後。
タイミングが少しズレていれば、全員が巻き込まれていた可能性もあったということだ。
「つまりお前たちを助けたのは、女性の魔導師だったということか?」
「うん。ぼくと手を繋いだら、こうふわって体が軽くなって、イヴとメルねえさんも一緒に浮いていたんだ!」
「魔獣も眠らせたって、言っていたの!」
イヴとアランは興奮気味にうなずいた。
三人の乗った馬車の馬は、錯乱し御者を振り落として暴走していたという。三人が馬車から降りた位置を見ても、その謎の女性はぎりぎりのところでなんとか助け出してくれたのだろう。
「
「ああ、本当に。それでお前たちは、その女性の顔を見たのか?」
「ううん、見えなかった。ローブの頭巾を深く被ってたし、たぶん、見られたくなかったんだと思う」
「どういうことだ?」
思い出しながら口にするアランに、クラウドは聞き返した。
隣のイヴが、アランの考えを汲み取るように割り込んでくる。
「メルおねえさまが誰かって聞いても答えてくれなかったのよ。通りすがりの魔導師って言うだけで、それにクラウドお兄さまたちの声がしたらすぐにいなくなっちゃったの」
謎の魔導師は偶然通りすがったという話だが、果たして本当だろうか。
必死になって三人を救出したという話を聞く限り、もとから馬車の中にどのような人間がいたのかを把握していたのではないか?
クラウドはそう考えるが、憶測を立てるにしてもまだ判断材料が少なすぎる。
「あとなんか、うーん。なんだろう?」
アランは自分の手を握ったり広げたりして、不思議そうに首をかしげる。
「なにかほかに気になることがあるのか?」
「えっとね、たぶんあの人、おとなの人じゃなかった気がする」
「こ、子どもだったということですか!?」
「クラウド兄さんや、ハンスと同じぐらいだったかも。ローブもすごいぶっかぶかだったから」
それ以上のことは一番近くでその人物を見たアランにもわからないらしい。
混乱中の出来事だったので鮮明に覚えているほうが難しいだろうが、これでは相手を探し出す手がかりはほとんど無いも同然だった。
まだ幼いイヴやアランには極力話したくはないが、謎の爆発音といい誰かが意図的に自分たちを亡き者にしようとしたという線が濃厚だろう。
ただ、三人を助けてくれた魔導師がそこにどう関わっているのかは不明だが。
現段階では、敵の可能性も十分に考えられる。三人を助けたのも恩を売るためのものだったかもしれない。
「……あのね、クラウド兄さん」
「……あのね、クラウドお兄さま」
ふと、イヴとアランが揃ってクラウドに声をかけた。
クラウドやハンスが揃って難しい顔をしているので、なにか不穏は空気を察したのかもしれない。
「ぼく、あの人は悪い人じゃないと思うんだ」
「あの人ね、あたしたちを助けたいって、すごく一生懸命だったのよ」
「……そうか。どちらにせよ、直接礼は言いたいものだな」
双子の頭をそっと撫で、クラウドは優しい兄の表情を浮かべる。
今日のところはこれぐらいにして、三人を早く休ませたほうがいいだろう。無傷で元気に話せているからといっても、怖い思いをしたことに変わりないのだから。
「メルナ、どうした?」
クラウドは、これまでの会話をぼうっと静観していたメルナの様子に気がついて声をかける。
メルナははっとして、慌てたように顔をあげた。
「あ、あの。実は先ほどこれを拾いまして。なかなか言い出す機会が見つからず、遅くなってしまったのですが……」
おずおずとメルナは手のひらを前に出した。
それは、鮮やかな橙色の小さな欠片だった。
「これは、なにかの結晶か……?」
「ソルディアで採れる魔石のようにも見えますが」
クラウドとハンスは揃って欠片を確認する。
人差し指と親指で摘めるそれは、小指の爪よりもさらに小さく、なにかから欠けてしまったのか歪な形をしていた。
「プルノツ森林を離れる際に見つけたもので、この欠片だけが不自然に落ちていたので気になって持ってきてしまったのですが」
「お前たちを助けた魔導師が落とした物かもしれない、ということか」
この欠片自体を落としたというよりは、身につけていた装飾類が破損し、欠片として落ちたということも考えられる。
「メルナ。それをしばらく預かっていても構わないか?」
「は、はい。もちろんです」
メルナから橙色の欠片を受け取ったクラウドは、それを大切に布で包んだ。
このときはまだ、数年後に嫁いでくるシュトラウス王国の悪女が落とした欠片だとは思いもしなかった。
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