第5話 恐ろしい気づき
シュトラウス王宮の旧管理塔でひっそり暮らしていた頃。
与えられるものは限りなく少なかったが、毎日の朝刊だけは朝食と一緒に渡されていた。
かりにも第三王女なのだから世情は把握しておけという配慮だったのか、今となってはわからないけれど。そのおかげで私がいる時代について知ることができた。
ルスタン大陸歴710年、春。
ここがおそらく、北ソルディア帝国の滅亡から約十年前の世界だということが。
湖で助けられたときは自分の姿なんて気にする余裕もなかったけれど、腕や脚、体つきを確認してみると、まだ子どもだ。
間違いでなければ、年数を数えて今の私は十四歳ということになる。
「どうして、こうなったんだっけ……」
濡れた体を拭きながら記憶を思い返してみるものの、こうなった原因を突き止めることができない。
最後に覚えている記憶といえば、占領されてしまった皇城で、誰かと話を交わしたような気がするくらい。
その相手が誰なのかも、そしてそのあと私がどのような行動をとったのかも、なにも覚えていなかった。
「……結局、ほとんどわからないってことじゃない」
はあ、と嘆息がこぼれる。
正直まだ夢を見ている気分だった。
目の前で命尽きたクラウド様が、幼くなった姿で私を助け出してくれて、また会えたと思ったときは本当に驚いたし、でも嬉しかった。
けれど、ここが十年前の世界なら、当たり前に彼は生きている。
ソルディアの皇帝としてではなく、皇太子として。
「そういえば、黄昏の催事と言っていたような……」
傍付きの言葉を思い出し、私はハッとした。
黄昏の催事。
シュトラウス王国の建国者である賢者ダスク王の時代から伝わる一年の始まりと終わりに催される行事だ。
催事の起源は、ダスク王の故郷で開かれた祭りだとされている。
王族、貴族、優秀な平民魔導師がシュトラウス王宮に集い、己の魔導の腕を披露するための場としても大切にされている公式行事。
シュトラウス王国魔導師の脅威を知らしめるまたとない機会ということもあり、黄昏の催事には毎年近隣国から外交目的の客人も多数参席していた。
魔法をろくに扱えない私も一度だけ黄昏の催事に出席したことがある。
あれが陛下の気まぐれか、なにか理由があったのかは定かではないけれど。後にも先にも一度きり、十四歳の年のはじめに出席したのは記憶に残っていた。
「じゃあ、今日がその日だったって……そういうこと?」
私が本格的に亡霊王女と呼ばれるようになった所以も、この黄昏の催事にある。
あれは催事中でのこと。ほかの王女たちによって私は湖に落とされ、騒ぎを聞き付けた参加者がこぞって湖に集まる事態となってしまった。
そして、催事に泥を塗った罰として公に姿を現すことを金輪際禁ずると陛下から命令が下った結果、滅多に姿を見せない私を蔑称した呼び名が亡霊王女だったのだ。
ということは、さっきもほかの王女たちに落とされたあとだった?
本来なら水しぶきの音で大勢に気づかれるところを、クラウド様に助けられたことで催事の中心にいた陛下の耳には届かなかったということなのだろうか。
「クラウド様が黄昏の催事に参加しているということは、本当にここは十年前? それなら、あの双子の子どもは、イヴ様とアラン様……!?」
脳裏に浮かぶのは、先ほど私にカップを渡してくれた顔のよく似た双子の男女。
イヴ様とアラン様は、クラウド様の年の離れた弟妹であり、そのふたりと友人ひとりがある事故で亡くなったことを北ソルディア帝国に嫁いだあとに聞かされた。
その友人が、私もお世話になっていた宰相補佐官ハンス様の実妹、メルナ様だということも。
「絶対にそうよ。あのふたりが、イヴ様とアラン様に間違いない」
クラウド様のことも兄と呼んでいたし、そういえば彼もふたりのことを弟妹と言っていたはず。
そこまで考えて、私は恐ろしいことに気づいてしまった。
「イヴ様とアラン様、それにメルナ様が亡くなったのは、私がソルディアに嫁ぐ五年前の春。ソルディア皇室として最後に黄昏の催事に参席したあとの、帰りの馬車だと言っていたから……」
北ソルディア帝国に嫁いでまもなく、皇城の雰囲気がいつもと違うことに気づいた私は、おそるおそるクラウド様に尋ねたことがある。
そして、彼は教えてくれた。
死んでしまった大切な弟妹と、友人のことを。
「どうしよう、なんてことなの」
イヴ様、アラン様、メルナ様は、シュトラウス王国で開かれた黄昏の催事に参加し、北ソルディア帝国へ戻る途中、『
もしも今がソルディア滅亡の十年前で、私が十四歳だというのなら。
三人が亡くなってしまうのは今年の黄昏の催事のあとで、つまりもう数日しか時間がない。
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