第3話 無能な亡霊王女レティシャ《回想》
シュトラウス王宮の無能な亡霊王女。
それが私、レティシャ・クレプスキュル・シュトラウスだった。
魔導師国家シュトラウス。賢者ダスク王により建国された王国は、王族、貴族、そして少数の平民が魔法の力を有し、近隣国から脅威と恐れられる強国である。
魔導師は魔法を巧みに操り突き詰めた使い手のことであり、魔法とは体内に流れる魔素を操り力に変え、魔法式を理解することで展開される現象を示す言葉だ。
そして、第十九代シュトラウス国王は、歴代のどの王よりも魔導師至上主義であり、どの王よりも好戦的で狡猾だった。
シュトラウス王がなによりも求めたのは、『
魔法式とは、小難しい話を抜きにすれば、才能と知恵の結集で生まれる紋章の力であると、子どもには理屈云々を差し引いて説明されることが多い。
魔法は賢者ダスク王の時代より爆発的に広まり、魔法発祥の地であるシュトラウス王国には、様々な魔法式が記録として残されていた。
魔法式は本来、魔導の才能を秘めた人の身に刻まれたもの。主に建国前後は多くの魔法式が秘められた紋章をもつ赤子が生まれてきたという。
しかし、次第に紋章を宿した者が生まれてくることはなくなり、この時代の魔導師は記録上の魔法式のみを扱っていた。
ゆえにシュトラウス王は、『
そんな魔法式には、個々の属性がある。
火、水、風、土、そして特殊に分類される光と闇。
さらには、独自属性という少数だけが扱える属性というのも存在した。
魔導師の格は、この記録に残された魔法式の属性を扱う数によって決まる。
王家の者は三属性以上、貴族は二属性以上、そして以下の平民は一属性以上を扱うことが魔導師としての最低条件であった。
けれど、私――シュトラウス王国第三王女レティシャは、王家に必要な三属性どころか、魔法式をひとつも扱えない、無能だったのだ。
そのため王宮の隅にある旧管理塔に押し込められるように暮らしていた。
記憶にない産みの母は、私が幼いころに病でこの世を去り、味方が誰もいない状況だったけれど、私にはそれが普通のことだと思っていた。
ほかの王女たちに罵られ、虐げられるたびに体は悲鳴をあげたが、心はいつも凪いでいた。
だって私は、それ以外の世界を知らなかったから。
転機が訪れたのは、十九歳を迎える年のこと。
隣国北ソルディア帝国との和平協定が結ばれ、その証として当時はまだ皇太子であったクラウドに、王女を一人嫁がせるという話が王宮で出たときだ。
『無能なおまえでも、それぐらいの価値はあるだろう』
選ばれたのは、私だった。
北ソルディア帝国とは、代十七代シュトラウス王の時代から国境間の争いが絶えず、常に緊迫した状態が続いていた。
しかし兄王太子による議会での提案により、無期限の休戦を宣言することが決定したのである。
私を北ソルディア帝国に送ることを決定したのも、兄王太子のドルウェグだ。
無能な私を同じ血縁と認識していなかった人が、なぜソルディアの皇太子の花嫁に私を選んだのか疑問だったが、その理由はすぐにわかった。
『外の人間に少しでも魔導の知恵が渡るのは耐えられん。魔導師の才がないお前には、その身体で皇太子に取り入るしか方法はないだろう? お前の母親がそうであったように』
私は無能だから選ばれた。
和平協定が締結された直後ということもあり、魔導に覚えがあるほかの王女ではより警戒されてしまう。私は無能だからこそ脅威にはならず、その生い立ちと境遇を盾にして皇太子に取り入れと、ドルウェグは言った。
意見を述べる立場にない私は、北ソルディア帝国へクラウド皇太子の妻となるために向かうしかなかった。
祖国では亡霊王女と蔑まれていようと、ソルディアの民からすれば私は因縁深いシュトラウスの王女。
歓迎などされず、同じように冷遇されることも覚悟していたのだが、クラウド皇太子は私に言った。
『どうかこのソルディアが、君の安らげる場所になることを願っている。――安心しろ。ここに君を傷つけるものはなにもない』
クラウド皇太子は、私が酷遇された亡霊王女だということを知っていた。
ドルウェグからの命令にも大方の予想はついていたと話した。
彼は、そんな私を受け入れてくれた。
黄昏の空のように穏やかで優しい瞳に見据えられ、私は救われた気がした。
私は生まれて初めての幸せというものを知った。
誰かを愛する大切さを学んだ。
この先も彼の隣で未来を歩めることに心からの感謝をした。
しかし、安寧はそう長く続くことはなかった。
ソルディアの地に足をつけて五年後。
第十九代シュトラウス王が逝去し、兄王太子であるドルウェグが王位を継いだことが知らされた直後、和平協定は一方的に反故された。
また、ドルウェグは王太子時代から水面下で南ガルト帝国と手を組んでおり、北ソルディア帝国はあっという間に包囲され、滅亡の一途を辿ったのである。
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