第6話。乙女と漢

『僕』

「僕には家族も親戚も居ない」


「名乗るべき名も捨てた」


「だが仕事はある」


「だから絶望しない」


『?????』

所は、黒ローブの少年とダウトの仕事場。

そして、黒ローブの少年の住込み先。


『僕』

「夢を、見ていた」


「僕はとても小さくて、か弱かった。だから、

 大きな二人の人から手を繋ぐように言われて

 そうしていた」


「僕は、「しあわせ」だったんだと思う」


「たくさんの「かぞく」に囲まれて、毎日が

 とにかく楽しくて。「がっこう」もとても

 居心地が良かった」


「このままこの時間が続けばいいのに」


「そう、願っていた」


「たとえその真実が、仮初のまがい物だった

 と解っても」


…そして、僕はそこで目を覚ました。

僕は寝相が悪い方だ。今日もベッドから転げ

落ちたようだ。

やや硬い畳の床で寝ていたようで、体の節々が

悲鳴を上げる。特に、【新製総入れ替え】で

新たに生えてきた右腕はとても違和感があった。

だが。


「…今日も、生きている」


その事に、どこかホッとしつつ、

やはりガッカリしていた。

…「特別」な立場なんて、いらないのに。


『ダウト』

「お、やっと起きたか青少年。朝ご飯出来ている

 ぞー」


『僕』

ダウトだ。昨日は熟睡していたらしい(一応)。


「はい。今行きます」


僕はわざと胡乱げな雰囲気で応じ、ゆっくりと、

まずは顔を洗いに出かけたのだった。


******


『僕』『ダウト』

「いただきます」


『?????』

朝食の場。

テーブルにはトーストとスクランブルエッグに

エスプレッソの珈琲、それと数個の蒟蒻ゼリー。


『僕』

「野菜摂りませんか、いい加減」


『ダウト』

「いいじゃないかよ、味もいいだろうよ」


『僕』

「それは否定しません」


『ダウト』

「だろう?」


『僕』

「だが健康的ではない」


『ダウト』

「大方の家事賄っているオレによくも

 そう口を叩けるな」


『僕』

それを言われるとぐうの音も出ないので、


「ケチャップ貰いますねー」


と、速攻で話題を逸らしていた。

その様子にダウトは嘆息しながら、更に話題を

変えた。


『ダウト』

「浮かんだか。カノンの「詠唱破棄」の方針

 変更への応えは」


『僕』

「全く」


『ダウト』

「だよなー」


『僕』

「ですが」


『ダウト』

「?」


『僕』

「カノンが昨日「詠唱破棄」しなかった事なら

 仮説ぐらいは」

実は、違和感が一つあった。


「詠唱、最初から最後まで、していなかった」


最初から最後までカノンは、僕に相対はしてた。

だけれど、

ずっと、無抵抗で僕の魔術を受け続けていた。

何故か。


「見られたがったのでは無いかと。自分の

 無様な姿を」


『ダウト』

「どう言うことだ??」


『僕』

「考えるだに、ダウトさんの他の監視者に、…

 つまりはミーの事なんですが…、見られている

 のを勘づいていたと思うんです。そこで彼女

 は、こう考えた。

 もし自分が「役割」を放棄したら、

 どうなるかと言うことを見せたいと」


『ダウト』

「ほう」


『僕』

「仮にも神格化され始めている存在ですから。

 それがふと普通の女の子に戻りますよーなんて

 言われて困るのは、アイドルと同じく

 所属先の「上」の方々でしょう?

 それが狙いかと」


『ダウト』

「だが、生命をかけてまでそれはやることか?」


『僕』

「僕はやらないと行けなかったんだと思います。

 カノンがカノンらしく在るために」


『ダウト』

「理解できんな」


『僕』

「意外と、か弱いですよ、カノン」

人助けをしては、泣いている、か弱い少女だ。

カノンは、白魔導士である前に、普通の女子高生

で在るべきだろう。

話題が尽きない。


「お先にです。ごちそうさまでした。

 蒟蒻ゼリーは持っていきますね」


そう言って僕は話を切り上げて自室へと帰る事に

した。皿は流しに放置して(迷惑)、

歩みを……………、


『ダウト』

「少しだけ待て。青少年」


『僕』

「?」

僕は足を止めた。一体何を。


『ダウト』

「恋を、した事はあるか?」


『僕』

「ありません」

即答だった。

それにダウトは渋面しながら応えた。


『ダウト』

「だろうとは思ってたが…まあ、都合がいい。

 乙女と漢は、どんな過程を踏んでもいづれ

 恋をし、両思いになり、結婚する。

 これが人生のテンプレだな」


『僕』

「一気にチープな物言いにならなくても」


『ダウト』

「やかましいわ。続けるぞ。これはただ傍に

 居続ける事では叶わないことだ」


「想いを寄せ、相手の事を知ろうと想い、

 それを共有していく共同作業」


「乙女と漢が、新しい生命を授かる時には、

 共同作業はもう終わっているのが、オレの

 最高の理想論だ」


『僕』

「はあ」

本当に何を。


『ダウト』

「青少年。カノンに想いを寄せ始めているぞ」


「やめておけ。コロシアイをし合う仲にそんな

 もの必要ない」


「それが原因で、最期を与えることを躊躇う

 なんてことがあってたまるか。そうだろう」


『僕』

「ありえませんね」

僕はまた即答する。言葉を続ける。


「目的も目標も手段も、最初から整っている

 環境だったでしょう。黒魔導士は」


「だから、任務には忠実に」


「些末な事象に気は留めず」


「ただ冷徹に、機械のように働き続ける歯車の

 ようであれ。それが僕達の本望でしょう」


それに、と、僕は歩みを再開しながら最後の言葉

を告げる。


「カノンは、所詮は赤の他人。

 最期を躊躇うことなんて、まず起こりません」

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