第16房 恋心🦍💓🐢
マリンは、自分が失礼を働いたことをゴリラへとストレートに謝罪した。
「改めてすみません! とてもお世話になった人とそっくりでしたので……懐かしいなってしまい笑ってしまいました!」
その態度を目のあたりにしたことで、心優しきゴリラはすぐさま理解した。
彼女が自分を馬鹿にして笑っていたわけではないことを。
「ウホウホ」
ゴリラは頭を下げる彼女へと、その大きな黒い手で振り、子供のような笑顔を向ける。
そして、その手に持っていた用紙をテーブルの上に優しく置いた。
こういった時に、その人柄……ゴリラ柄は出てくるのだろう。
「うふふっ、やっぱりお優しいですね!」
「ウホ、ウホ。ウホウホ!」
「誠意を込めて謝っている相手を許すのは、社会人として当然ですか……素晴らしいお考えです!」
ゴリラの紳士的な振る舞いに、マリンは目を輝かせている。
これはゴリラに父同然に慕っていた早乙女臣の姿を見ていたというのも影響していた。
しかし、彼はその熱い眼差しに全く気付くことなく、申し込み用紙の氏名の部分を見つめている。
「ウホウホ……」
ボールペンを再び握り、その大きな手で「くるん、くるん」と器用にペン回しまでしている始末だ。
そして、そのまま途絶えてしまっていた手続きの話をし始めた。
「ウホウホ……?」
そんな彼へ夢中になっているマリンは、いきなり入会手続きの話を振られて、慌てふためきポーニーテールが揺れた。
「えっ!? あ、は、はい! フリガナはそのままでお名前のところゴリラで大丈夫です!」
対してゴリラは、やはり一向に気付かず、空欄を見たまま鼻息を漏らしている。
テーブルの上の申し込み用紙がそれにより、少し動く。
「ウホウホ?」
「そ、そうですね! 口頭だけでは信じ切れないですよね!」
「ウホ……ウホウホ」
「ちょ、ちょっと待って下さいね!」
彼女はそう言うと、緊張で震える右手を左手で抑えながら首にかけているスマホを操作し始めた。
「――えーっと! こ、こちらを見て下さい!」
そして、ゴリラへとその画面を見せる。
スマホを食い入るように覗き込むゴリラ。
「ウホ!」
そこには、《フリガナの欄には、カタカナ表記で書いていい》という検索結果が表示されていた。
それは信頼性のある市役所のホームページからの情報だ。
彼は爽やか表情を浮かべている。
それは例えるならそう。
1週間便秘状態だったのが、ふとしたことで解決してしまった感じ? かも知れない?
とにかく、これでジムへ入会する為に大きな壁となっていたフリガナの欄にカタカナ表記で書いていいという問題は解決した。
「ウホウホ!」
「い、いえいえ! では記入が終わられましたら、写真撮影をしますね!」
そして、ゴリラは写真撮影を行なう為、まだ顔を赤くしている亀浦マリンに、スタッフルームの手前に設けられた一角へと案内された――。
🦍🐢📸
――時間が進み、時刻【10時40分】
撮影用の一角。
そこには、白い椅子が1脚のみ置かれスタッフルームから、スマホのカメラを向けると、ちょうどピントが合うようになっている。
そこに着いたゴリラは、さっそく写真撮影を始めていた。
「はい、では真っ直ぐ見つめて下さいね!」
マリンがスマホ片手に鼻息を粗くしている彼へと指示を出す。
「ウホウホ!」
元気よく返事を返したゴリラは、その指示に従いそのつぶらな瞳で真っ直ぐに見つめた。
ただ、スマホではなく、彼女の方をだ。
「えーっと、す、すみません! 私ではなくて、レンズの方です!」
憧れを抱いてしまったゴリラからの熱い眼差しに、取り乱すマリン。気の所為か顔も少し赤い。
その上、小さい声で「臣さんと一緒……これはきっとそういうこと……だから、きっと違う」などと、ひとりでに何かを言っている。
「ウ、ウホ!」
心配性の彼は、その姿を前にし、すぐさま声を掛けた。
「い、いえいえ! 私もわかりにくい言い方をしてしまったので……」
しかし、ゴリラが優しく声を掛けたというのに、マリンはますます顔を赤くしていく。
「ウ、ウホゥ?」
ゴリラは首を傾げる。
「あ、い、いえ! 大丈夫ですので!」
全く通じ合わない1頭と1人。
すると、当初の目的を思い出したゴリラが先に口を開いた。
「ウホ、ウホウホ!」
「あ、は、はい! そうですね! 写真、写真!」
「ウホウホ」
「で、では、撮りまーす!」
「ウーホ!」
その後、写真を取り終えたゴリラは、まだ顔を赤くしているマリンに建物を案内してもらうことになった――。
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