第2章:近づく距離と垣間見える影
お隣さんとの不思議な日常
甘坂るる――いや、るるちが「お隣さん」である現実に少しずつ慣れてきた霧島晴人。それでも、彼女が「推し」であることを悟られないよう慎重に振る舞う毎日だった。梅雨があがるころ、澄んだ空気が漂う昼下がりのこと。
「霧島さん! これ、良かったらどうぞ!」
玄関先で差し出されたのは、小さな箱に丁寧に詰められた焼き菓子だった。金色のリボンがあしらわれており、彼女のセンスの良さが伝わってくる。
「これ、る……いや、甘坂さんが作ったんですか?」
「そうですよ! でも、大したものじゃないですから、気楽に食べてくださいね。」
るるちはふんわりと微笑むと、軽やかに去っていった。その姿に目を奪われながら、晴人はしばらく立ち尽くしていた。
「推しの手作りお菓子を食べる日が来るなんて……。」
胸が高鳴るのを抑えつつ、一口食べてみると、予想以上に美味しかった。さっくりとした食感と控えめな甘さが絶妙で、晴人の心をさらに温かくした。
「すごいな……やっぱり、彼女は完璧だ。」
箱のリボンを大事に取っておきながら、晴人は小さな幸せを噛み締めていた。
配信者の素顔
夜、共有スペースに設置されたソファに腰掛けていた晴人。自販機で買った缶コーヒーを片手に、ぼんやりと行き交う人影を眺めていた。その静けさを破るように、るるちの軽やかな足音が響いた。
「甘坂さん、遅くまで大変そうですね。」
思わず声をかけた晴人に、るるちは一瞬驚いた表情を見せた。
「あ、霧島さん。こんな時間にどうしたんですか?」
「ちょっと気分転換に外の空気でもと思ったんですけど、ここで十分かなって。」
「私もリフレッシュ中です。最近いろいろ考えることが多くて……。」
彼女の声に、どこか疲労が滲んでいるのを感じ取った晴人。彼女の髪は緩やかに巻かれ、淡いピンク色のブラウスにフリルのついたスカートという女性らしい装いが目を引いた。普段のカジュアルな雰囲気とはまた違う一面が新鮮だった。
「無理はしないほうがいいですよ。」
るるちは一瞬困ったような表情を浮かべたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です!」
その笑顔に晴人はほっとしたものの、どこか気になる気配が拭えなかった。
ゲームの誘い
翌日、るるちが笑顔で声をかけてきた。
「霧島さん! 今度一緒にゲームしませんか?」
「えっ、ゲーム?」
「はい! 私、昔からみんなでやるゲームが好きなんですけど、最近は一人でやることが多くて。せっかくなので、霧島さんもどうかなって思ったんです。」
彼女の瞳は楽しげに輝いている。その無邪気さに、晴人は驚きつつも嬉しさを感じた。推しと一緒にゲームをするなんて、夢のような話だ。
「それなら、ぜひ。」
「やったー! じゃあ、また時間を決めましょう!」
その提案に、晴人の心は高鳴った。
垣間見える影
約束の日、るるちは気軽な服装で晴人の部屋を訪れた。デニムに薄手の白いカーディガンと爽やかな花柄のインナーを合わせた軽やかな服装で、雨上がりの湿気にも馴染む装いだった。
「じゃあ、始めましょう!」
ゲームがスタートすると、るるちは普段の配信者らしい明るさで盛り上げていた。しかし、ふとした瞬間に彼女の集中が途切れるような仕草が気になった。
「甘坂さん、なんだか元気ないですね。無理してませんか?」
晴人がそう尋ねると、るるちは一瞬戸惑った表情を浮かべたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「そんなことないですよ! でも、ちょっと最近忙しくて……やりたい事の準備とかいろいろ大変なんです。」
「そっか……。でも、無理はしないでくださいね。」
るるちは感謝の言葉を口にしたが、晴人の胸には漠然とした不安が残った。彼女の元気な姿の裏に、何か隠しているものがあるような気がしてならなかった。
「今日は楽しかったです。またゲームしましょうね!」
そう言い残して帰っていくるるちの背中を見送りながら、晴人は次第に深まる彼女への思いを感じていた。
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