推しが隣に住んでる件
逢追ききり
第1章:出会いと気づき
霧島晴人は、30代を目前にした引きこもり気味の男だった。かつては普通の会社員だったが、心の疲れから退職し、今はアルバイトをしながら細々と生活している。彼の毎日は灰色そのものだが、唯一の光があった。
甘坂るる――登録者数100万人を誇る人気VTuber、通称「るるち」だ。
彼女の明るく元気なゲーム実況と、親しみやすいトーク。その声に晴人は心を救われていた。
「今日もるるちの配信、最高だった……。」
スマホを握りしめ、深夜の暗い部屋で呟く晴人。だがその直後、ふと我に返る。
「……これが俺の人生なのか?」
窓の外からは雨音が静かに響いている。梅雨特有の湿り気が部屋の空気にも入り込み、どこか重たさを感じさせる夜だった。自嘲気味に笑いながらベッドに潜り込む。るるちの配信だけが晴人の生きる理由になりつつあった。
新しいお隣さん
ある日、晴人は廊下で新しいお隣さんとばったり出会った。
「おはようございます!」
明るい声に驚いて顔を上げると、そこには若い女性が立っていた。薄手のパーカーとキャップで軽く顔を隠しているが、健康的な肌と弾けるような笑顔が印象的だった。
「あ、どうも……。」
挨拶を返すのが精一杯だった晴人。久しぶりに他人とまともに言葉を交わした気がする。
「じゃあ、失礼しますね!」
軽やかに去っていく彼女の背中を見送りながら、晴人の心に奇妙な違和感が残った。
「どこかで聞いたことがあるような声だ……?」
微かに聞こえた彼女の声の余韻が、頭から離れない。
思いがけない真実
その夜、晴人はるるちのアーカイブ配信を見ていた。
「実は最近、引っ越したんだよねー。静かでいい場所なんだけど、ちょっと古いマンションでさ。」
るるちの何気ない言葉が、晴人の頭に引っかかる。
「まさか……。」
次の日、廊下で再びお隣さんと顔を合わせた晴人は、挨拶の後、思い切って話を切り出してみた。
「……最近、お隣に引っ越してきたばかりなんですよね?」
「あ、そうなんです! 夜中、ちょっと騒いじゃったりしてご迷惑かけてたらごめんなさい。」
「いえ、特に気になりませんでしたけど……。」
「……なら、良かったです!そういえば私まだ名乗ってなかったですよね!甘坂と申します、よろしくお願いします!」
その言葉を聞いた瞬間、晴人の中でピースが全てハマった。
『……!るるち……推しが隣に住んでる……?』
「き、霧島です……。こちらこそあらためてお願いします……。」
霧島は、足早に自室に戻った。
聞き慣れた声が、何度も配信で聞いてきたあの声そのものだった。晴人の胸は高鳴り、同時にどう接するべきか分からず混乱した。
自然体での接触
数日後、晴人がスーパーで買い物をしていると、お隣さんが楽しそうにカートを押している姿を見かけた。窓の外には雲一つない青空が広がり、梅雨の合間の貴重な晴れ間が人々の活気を引き出している。
「……これも何かの縁だし、話しかけてみるか?」
意を決して声をかけると、彼女は笑顔で振り返った。
「あ、こんにちは!霧島さんですよね?」
「えっ、俺の名前、覚えててくれたんですか?」
「もちろん!お隣さんですし、それにお会いしたときの印象が良かったですから。」
彼女の無邪気な笑顔に、晴人は不覚にもドキッとした。
るるちが手に取った冷凍食品を自分もカゴに入れ、晴人はふと思った。
「こんな普通の会話が、俺にとっては貴重なんだな……。」
配信者の裏の顔
夜、部屋に戻った晴人は隣の部屋から微かな声を聞いた。
「みんな、見てくれてありがとう!今日も楽しかったよー!明日もみんな頑張るるー♪」
それは間違いなく、るるちの配信の締めの言葉だった。
「やっぱり……。」
るるちがお隣さんであるという現実を改めて噛み締めた晴人は、その夜、彼女の配信をじっくりと見た。
彼女は変わらず元気いっぱいに話しているが、時折その声に微かな疲れを感じ取る瞬間があった。
「何か抱えているのか……?」
推しとして見守るはずが、晴人の中でるるちの存在は次第に特別なものへと変わり始めていた。
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