22

 天橋の周囲には、誰もいなかった。

 二人は天橋の上で二人だけになって、ぼんやりと愛川公園の中にある池の様子を眺めていた。

 時刻は遅い時刻となり、季節は夏とはいえ、世界はその色を赤色からだんだんと暗い夜の色に変え始めた。

 公園の中にある電灯に明かりがついて、真冬はそのぼんやりと光る白い光に目を向けた。


「お願いごと、した?」芽衣が言う。

「してない」真冬は言う。

 真冬はとくになんのお願いごともしていなかった。こういう伝説のようなものを、素敵なものだとは思っていても、真冬はあんまり信じてはいなかったからだ。

「早乙女さんはしたの?」真冬は聞く。

「したよ。もちろん。そのためにきたんだもん」と芽衣は言った。

 芽衣は確かに真冬に話しかける前に、少しの間目を閉じて、橋の上でなにかを考えているようなそぶりをしていた。


 周囲はいつの間にか、夜になった。

「……真冬。お願いがあるの」

 芽衣は言った。

「なに?」と真冬が聞くと、芽衣は「……キスして」と真冬にお願いごとをした。

 真冬はそのお願いを最初断った。

 でも、芽衣は「キスしたい」と真冬に、もう一度お願いをした。

 その二回目のお願いを受けて、真冬は芽衣とキスをした。

 それは真冬にとっても、芽衣にとっても、初めてのキスだった。あたりはとても静かだった。

 芽衣の唇は、その手と違って、すごくあったかかった。

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