第4話 新しい日常の始まり
寝床はギルドが用意してくれたらしい。
前に住んでいた屋敷とは比べ物にならないくらいの狭さだが、一人で住む分にはこれ位で十分だ。
寂しさを感じるほどの余裕もなければスペースもない。
といっても、ここは身元引受人がいない流れ者が使う簡易宿泊室なので身支度が整ったら宿を借りるか部屋を借りるかすると良いとギルド長に教えてもらった。
なにからなにまでお世話になりっぱなしで、裏があるのかと思ってしまう。
「なに、裏なんてないさ。ただ――この街にはそういう人が多いだけだよ。良くも悪くも人通りの多い街ってことさ」
と、心の中を見透かされたようなことを言われてしまい、俺は頷くことしか出来なかった。
翌朝、ギルド長に呼び出され、ギルドへ向かう。
昨日は疲れと空腹でこの街をほとんど見ていなかった。
『Guild』と書かれた大きな看板の上には、5階にも及ぶほどの大きな建物。
周囲の建物は高くても2階建てという事実が、ギルドの大きさを誇示している。
「という訳で、シャミー君を君の上官に任命しようと思う」
「説明係ってことっすか」
「拾ってきたのもシャミー君だろう?」
「故意じゃないっす!」
「見捨てなかったんだ、誇るべきことだ」
ぶぅ、と不満そうにしていたが、シャミーは初めから覚悟は決めていたようで俺に握手を求めてきた。
「よろしくっす」
「よろしく」
「シャミー君はとってもいい人だ、君はあたり上司を引いたな」
「ってことは、外れもあるんですか?」
「違うっすよ、ギルド長は皆にこれ言ってるんす」
この人は基本調子がいいだけの人っすから、鵜呑みにすると損っすよ、とシャミーが囁いてくる。
「そんなことはないぞ。外れはいる――例えば、私とかな」
「ああー……」
シャミーは納得したかのように頷いた。
一切の否定が生まれなかった。
「では、私はまたこの部屋にこもる。何かあったら来なさい」
多少引き攣った笑顔でギルド長は俺達を追い出した。
下手な事言えなくない?
2階にあるコワーキングスペースじみた場所で、俺たちは向かって腰を下ろす。
シャミーが持っている書類には、ギルドについての説明書と何枚かの契約書だった。
「ああ見えても、実は滅茶苦茶強いっすからね、あんまり変な事言わない方がいいっすよ?」
「ブーメランでは?」
「何言ってるんすか! アタシはギルド長の悪口なんか言ったことないっす! 口に出す言葉は常に思ったことがぽろっと出ちゃう、それがシャミーの生き方っすよ!」
「その生き方は苦労するんじゃ……?」
軽口を叩きつつも、シャミーはこのギルドについて説明してくれた。
どうやらここはレスミ王国の直属城下町ということになり、そのままレスミという名前が付いた街だそうだ。
レスミ王国という名前も初めて聞いたのだが、「知ってて当然だろ?」みたいな顔をしていたら聞き直されることもなくなった。
そして、なぜか兵士とギルドは対立しており互いに不可分領域を守っているそうだ。
この辺りの構図はクロー家とルーナ家の構造に似ているなと思いつつ、そのまま話を聞く。
「学園を卒業すると有能な人材は国に抜かれ――スカウトされちゃうんす。ギルドに来るのは残り物とあぶれ者だけになるので、毎度のこと人材難なんすよ」
「それであんなことに……」
「そういう意味ではケルンさんは見込みアリっすよ! あんな能力は初めて見たっす――って、これはあんまり大きな声で言わない方がいいすかね」
なんで?
と思ったが、自分の手の内を晒すことはなるべくしたくなかった。
この先何があるかもわからない。
「というか、ケルンさんは何歳っすか?」
「16だけど」
「――ッ、アタシよりも年下っすか……」
「シャミーさんは?」
「シャミー、呼び捨てでお願いするっす。むずむずするっすよ~。アタシは17っす。学校は中退して今ここで住み込みで働く冒険者っすよ!」
この街では、学校は初等、中等、魔法学校と順路に沿って進むようで、シャミーさん……シャミーは士官学校を中退してここに居るとのこと。
「まだ年始まってすぐなんで、16歳なら本来士官学校に入学するシーズンなんすよね……というか、なんでそんな若さでそんな人生送ってるんすか?」
「んまぁ……色々と、ね」
「深入りはしないっす……。でも気になるっすぅぅ~~!!」
足をバタつかせるのはギルドの2階では随分と目立ったが、シャミーがしていると分かったとたん、他の誰もが興味を失ったかのように元の作業に戻っていった。
今日の俺の服装は支給されたスタンダード冒険者セットだ、目立つ要素はない。
人間という一番目立たず、かつ数の多い種族というのも功を奏している。
「とりあえず今日は基本業務を教えるっす……ギルドに従属したアタシたちは普通の冒険者とギルドの雑務を兼任することになるっす」
「ああ、それで昨日は外に……」
「そうっす。あれも近くの森の保守業務っす、いつか一緒にいくっすよ」
暇な日は他の冒険者と同じようにクエストを受けてもいいらしい。
ちなみに、クエストというのはギルド1階で掲示されている依頼を受けることらしい。
朝早く来ないと人気のクエストは無くなるそうだ。
「朝早く来ることが職業を安定させる一番の方法っす!」
「冒険者は職業じゃないのか?」
「一獲千金を志すギャンブラーか兵士になれなかった傭兵の集まりっすよ」
卑下するようにシャミーは笑う。
要は定職に就かずその日暮らしをする集団だということらしい。
「ま、これでケルンもアタシたちの仲間入りっすね!」
「あんま喜べないんだけど……」
「思ったことをすぐに口に出してしまうアタシの良いところっすね!」
「全部悪い方向に出てない!?」
とはいえ、今から進路変更なんてしようもなかった。
そもそも、こうして一本レールが引かれただけでも幸せな事だ。
「一応聞くっすけど、魔法の使い方は……分かるっすか? なんだかアタシの知らない超能力みたいな魔法を昨日は使ってたみたいっすけど」
「昨日は色々ありすぎてほとんど覚えてないっていうか……」
「思い出さなくていいっす! 殺気漏れてるっすよ!」
どうどう、とシャミーは俺を落ち着かせようとする。
フラッシュバックしないように、目の前にある紙だけに意識を集中させた。
「とりあえず、Eランク冒険許可証を出しとくっすね。これは決まりみたいなもんっす。一個上までのランククエストは受けられるんで、それを何個かクリアすることによって昇級を目指すっすよ!」
「シャミーのランクは?」
「アタシはCっす! このギルドで上から7番目、くらいっすかね……」
これで俺は正式にこのギルドの冒険者として所属することになった。
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