第2話 森の歓迎会
「カツ丼、ってなんすか?」
「とんかつと卵を……って、その様子だとなんも分かってない?」
目の前にいる少女は、俺の発する単語の意味を理解していないようだ。
そもそも、千年もの間ルーナ島は外界から閉ざされていた。
言語が通じるのは幸いだった。
「卵……レールバードの卵っすかね? それならこの辺にいるかもしれないっすけど……流石に1人で取りに行くのは危険っすよ」
「さっきの言葉は忘れてくれ。俺はただ……お腹が空いて……」
ぐぅぅ~~、という情けない音が聞こえるか聞こえないか程度の音量で鳴る。
目の前の少女は、ぽん、と手を打って。
「ああ、食べ物が欲しいんすね、それならウチが一杯食べ物持ってるっすよ!」
女神か……?
目の前にいる少女が急に眩しく見えた。
そしてきっとそれは幻覚ではない。
「生き延びれたら、一緒に食べましょう!」
その眩しさの原因は――彼女の後ろにいる何らかの魔物だった。
「大声出してたから見つかっちゃったみたいっすね!」
「なんでこんなことになってるのにあんなに緩やかに話せたんだよぉっ!」
空腹は限度を超え、空の胃袋が俺のお腹に痛みを与える。
なんかキュウッってなって苦しい……。
地面に生い茂っているのは見たこともない植物ばかりだ。
ルーナ島では全く見たこともないような、強靭なつたが生えまくっている。
油断していると足を取られそうになるので注意しなくちゃいけない。
「なんで、ってそりゃお兄さんのせいっすよ! 普段はこんなに獰猛な子たちじゃないんすよ?」
「俺のせい……? 俺何かしたっけ――」
「マジで魔物のことなんも知らないんすねっ……! 学校出たっすか?」
俺がルーナ島から来たということを彼女は知らない。
隠すべきことじゃないような気もしたが――ルーナ島の崩落で今後何が起こるか分からない。
それと、あそこに住む生き残りと同じように見られたくない。
「……出てない、かも」
「マジでどこから来たんすか!?」
とっさの嘘を吐いた。
変な方向に思考のリソースを割いていたからだろう。
「むべっ!」
「大丈夫っすか!?」
何かと思えば――足元に蔓が巻き付いていた。
「生きてるのかよッ……!」
「剣とか持ってないんすか!?」
「常に帯刀してるのが常識なのかよ!?」
突っ込んでいる間にも、俺をめがけて魔物は一直線に向かってくる。
発光する瞳だけが魔物の位置を特定できる材料だ。遠近感は分からない。
――気付けば、俺の真後ろにソイツはいた。
血で染め上げたかのように赤いフォルムをした、4本足の巨大な化物。
ギリギリ牛ともいえるようなフォルムの上に、ノコギリの様な角を生やしている。
「帯刀? 当たり前じゃないっすか」
スパッ――と。
さっきまで前方を走っていた少女が、俺に向かって振り返る。
その手には、懐刀が握られていた。
音から少し遅れて、俺は初めて目の前にいた化物が切られていたということに気付いた。
「はやく――その“殺気”をしまってくださいっす……」
「“殺気”……?」
「この辺りの魔物は敵意を剥き出しにしてなければ襲ってこないんす。だから――早く!」
殺気をしまう。
よく分からない指示に、どうすればいいのか頭はパンクしそうになる。
蔓に足を取られている間に、まるでスポットライトでも当てられているかのように俺は光の円の中心にいた。
「死にたいんすか!?」
「んなこと言われたって……どうすりゃいいのかもわかんないんだよ――!」
「マジでもう、何者なんすか! どうしてそんな初心者がここに居るんすか……!」
どうやらここは俺みたいな奴が来るところじゃなかったらしい。
「こんだけ囲まれちゃどうしようもないっす――殺すか殺されるかの戦いになりそうっすね……なんでアタシはこんなことしてるんすかね……ただカーナ森の探索に来ただけなのに……」
「……なんか、悪いな」
「ホントっすよもう! とにかく、今は生き残ることだけを考えるっす。街に戻れば安全っすから……」
眩しさで目が眩みそうな中、辺りを見渡すと20を超える光の数がある。
それはさっきの魔物と同種の奴だろう。
他にもやたらと図体の大きい魔物やすばしっこいウサギの様な魔物までこちらを睨んでいる。
「ひっ……」
「怯えないで欲しいっす。アタシ一人でここを切り抜けられる実力なんてないんすから……なんか魔法とか使えないんすか?」
魔法。
攻撃と防御と回復。
その三部門に分かれる魔法だが――俺が何より先に思い出したのは。
「『青空迷宮』」
「何言ってるんすか?」
いつも知らないうちに使っていた魔法だ。
あまりに使いすぎていて実感はわかなかったが。
するりと身体から魔力が抜けていくように。
あまりにも自然な動きで魔物が空に浮いていく。
初めから空中を闊歩していたかのように、魔物が宙に浮き上がる。
実質初めて使ったスキルだが――こんなことになるとは思わなかった。
見えていなかった魔物まで浮き上がっているところを見ると、範囲は相当広いのかもしれない。
「え……なんすか、これ」
「街っていうのはどっちだ?」
「東……2時の方向っす!」
一瞬たじろいだ少女だが、切り替えは早かった。
今が好機と見るや、宙に浮いた魔物の下を素早く通り抜ける。
ぱらぱらと蹄の裏から落ちる土を横目に、俺も少女に続く。
しばらく走ったところで、遠く後ろから土煙が上がり始めた。
「あそこが範囲外なんだな……」
「振り向いてる余裕なんてないっすよ! 街はもう少しっす!」
言いながらも、俺たちの走る先に魔物はいない。
その存在がこちらに認識される前に、俺のスキルが勝手に魔物を識別して宙に打ち上げていくからだ。
「あれっす! あれが門っす!」
空中からでも把握できるくらいの大きな街だ、数人いるうちの門番の一人が少女に駆けよってきた。
「大きな音が聞こえましたが、何かありましたか!?」
「なんもなかったわけじゃないっすけど……」
「そちらのお方は……?」
訝し気な視線が注がれる。
内心ドキドキしながらも、緊張感に耐えられなかったのか腹の虫が泣き出した。
「あー、探し人っす。この後ギルドで話聞いてくるっす」
「……分かりました。ではお通りください」
一瞬の間が少女と兵士との間で生まれていた。
それでも街に入ることができたのは僥倖だろう。
一人でここまで来ていたら追い返された可能性だってある。
空を飛んできたなんて言ったら猶更だ。
ガラガラガラと言った音を立てて門が開く。
荷馬車を通す大門ではなく、その隣の人が通るような小さいものだ。
それでも鉄扉であり、外側の魔物が内側に侵入しないように強固なバリケードが張られていた。
「っふぅ~~……。一応通したっすけど、アタシはこれが正しいかどうかは分かんないっすよ……」
「色々便宜を図ってくれたみたいだな、ありがとう」
「本当にお兄さん何者っすか? めちゃめちゃ問いただしたい気持ちでいっぱいなんすけど……とりあえず、助かった祝いにご飯でも食べるっす。その時にいっぱい聞くっすからね」
そうして俺はルーナ島を出て無事に別の街に行くことになり。
そこで初めて辿り着いたのは、ギルドの食堂だった。
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