第1話 大陸へ

 身体が軽かったのも、痛みがなくなったのも、どうやら気のせいではないらしい。


 気付けば俺は、宙に立っていた。




「これが――『青空迷宮』……」




 ユニークスキルだということは知っていた。


 だが、使ったことはあれど、使った実感はなかった。


 常に島は浮いているのだから。




 そして――腹部の傷跡が徐々に塞がっていく。


 回復魔法が自分の身体から勝手に漏れていることに気付いた。




 いままでずっと島を浮かせるために使っていた膨大な魔力が、ここに来て初めて身体に戻ってきた。


 10キロのダンベルを下ろしたどころの話じゃない。


 今まで身体がこんなに軽かったことなんて一度もなかった。




 身体に施されていたはずの拘束は――手錠にすらならなかった。


 魔力が尽きていたから抵抗できなかった姉の掛けた魔法の鎖は、島を浮かすことに使っていた魔力を集中すれば一瞬で解けた。




 こんな簡単なことに、なぜ気付かなかったのか。


 ――本当は、気付くべきでもなかったはずなのにな。




 この瞬間、俺はすべてを失った。


 だけど、また同時に。


 今の自分なら何でもできる――そう思えた。




 飛来してくる石礫に気をつけながら、とにかく今はここを離れることに集中することにした。


 もし俺が生きていると解ったら――一斉に俺を殺しに来るだろう。


 魔力が有り余っているとはいえ、流石に大挙して掛かってこられたらひとたまりもない。




 とにかく遠くへ――空を浮遊するように歩きながら、俺は見えない大陸へと向かって走っていった。






 人はお腹の空く生き物だ。


 そして俺は今回復したとはいえ、一応病人である。


 怪我をしてからおよそ30分で傷跡が塞がったとはいえ、エネルギーが脇腹あたりに集中しているのが自分で分かる。




 とはいえ、こちとらサバイバル経験は皆無だ。


 攻撃魔法はあっても、それを解体する術がない。




 魔法は簡単に攻撃、防御、回復に分類することは出来る。


 だが、その中に調理魔法なんてものはなく。




「腹減ったな……」




 今日が雲一つない快晴でよかった。


 ルーナ島が見えなくなったところまで全力で移動した結果――ようやく、一つの陸を見つけた。


 ルーナ島とはサイズが違う、まさに大陸だ。


 その大きさに圧倒されながらも、内陸部にあった大きな外壁に向かって行くことにした。






 空を飛んでいると目立つだろう。


 青空迷宮のスキルを取りやめ、ざらっとした砂地へと足を踏み入れる。


 生物の気配は今のところないが、この先にある森なら少なくとも何らかの果実はあるだろう。


 本当はあったかいスープの一つでも飲みたいところではある。




 ――とはいえ。


 街に直接向かったところでメシにありつけるわけではないのは、流石に分かり切っていた。


 貴族だったからか、飯に困ることはなかった。


 困ったら何をすればいいのか――自分で探すか、働くかだ。




 働くということが何か、士官学校で育った以上知らないわけではない。


 そこまで貴族はしていない。




 魔物を倒すことが治安に繋がるということだけは、誰よりも知っている。




 ならば、この辺りにいる魔物を狩り、それをあの街に持っていくことで換金できるのではないだろうか。


 いや、あの街のあの外壁は、国の兵士が全ての安全を担っている可能性もある。


 


 慎重になればなるほど動き切れない。


 考えながら草地を進んで森の中に入ると――。




「何してるんすか? こんなとこで」


「――えっ」




 考えごとをしていたから気付かなかった。


 もし相手が魔物なら、俺は今頃命はなかったかもしれない。




「おーい、聞こえてますかね? ヘロー?」


「聞こえてる、君は……」


「質問に質問で返すのはやめるっすよ、不審者さん」




 不審者?


 どこが不審者なのだろうか。


 少し……汚れて腹の部分が切られたスーツを着こなしているだけで。


 周囲はうっそうと生い茂る森。


 ――不審者だった。




「捕まったらかつ丼とか食べれます?」


「うちにそんなルールはないっすね」




 これが、この大陸にきて初めてのコンタクトだった。

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