プロローグ④
士官学校で習う魔術は様々だ。
ただ、主に教えられるのは攻撃魔法――特に島だからか遠距離魔法がその大半を占める。
遠距離魔法に攻撃力こそあまりないが、そこは層の厚さでカバーするという人海戦術を取っている。
ルーナ島では、士官学校卒業者がルーナ家に就職しこの島の安全を守る兵士になることも少なくはない。
俺は先天的にユニークスキルを発現していたが、士官学校の中にもぽつぽつとスキルを発現する生徒はいた。
そのうちの一人が――シーシャだ。
大商人の一人娘として、昔から税関を担当するルーナ家とは仲が深い。
そんな彼女が覚えたスキルは、一度俺の骨を折ったことで消え去った。
――使えなく、なった。
この世は才能が全て、というわけではないが、そのうちの少なくとも半分は才能で占められている。
ルーナ家が代々スキルを発現するのも才能の一つだ。
そして、それは『青空迷宮』だけではない。
人を上手に使える――姉が持つようなスキルもまた存在する。
詳細は知らないが、そういうスキルもあるらしい。
だからこそ、今のルーナ家の立場があるのだろう。
このご時世とはいえ、領民なしで新領主の誕生のお披露目は流石に出来ないようだ。
今なら声を届けられるとばかりに外では退陣のシュプレヒコールが渦巻いていた。
姉さんに案内されるがままに、俺は控室に連れられ、動きにくいスーツに身を包む。
式典でしか着ないような、見たこともない新調された白いスーツだった。
「ここで座って待っててくれ。今はファンの儀礼中だ」
控室の裾からは、ファンの親父がファンに伝統のペンダントを授けているところだった。
プログラム上では、ファンの演説が終わり次第俺も壇上に上がることになっている。
ファンの親父が両親の代わりに俺にもペンダントを授与するのだろうか。
……それって、政治的にはどうなんだろうか。
最近はクロー家の台頭が著しい。
ルーナ家の衰退が進んでいるということでもあるのかもしれない。
「仕方のないことなのかな……ぁ……はぁっ!?」
――全身に電流が流れるような感覚がした。
椅子に座ったとたん、急速な脱力感に襲われて、溜息を吐かざるを得なくなった。
こんな感覚、初めてだ。
何が起きたのか、全く分からない。
だけど、痛みと気怠さが身体を襲う。
叫ぶこともままならない痛みに、脳が直接支配されるような感覚。
――俺は何をされた?
椅子に座っただけだった。
ここは舞台となりの控室。
いくら貴族政治に反感を持っていようとここまで来ることは出来ない。
警備兵に止められる。
そこまで考えて――俺は意識を失った。
※
風邪を引いた時以来だろうか――『何も考えたくない』。
怠惰な欲求が頭の中を駆け巡り――次に目が覚めた瞬間、目の前には領民が俺のことを眺めていた。
「あれ……俺は……どうして?」
動こうにも動けない。
何らかの催眠が掛かっているかのようだ。
「ルーナ家は責任を取れーっ!」
「退陣しろっ!」
「税金泥棒!」
「クロー家だけでいい!」
「ルーナ家は何もしてくれないじゃないか!」
俺が出てきた瞬間、罵倒の暴風が嵐へと進化した。
その場に立っているのは、ファンとクロー家の現当主。
そして、姉さんだった。
「ファン……戴冠式じゃ?」
「ケルン、君の番だよ」
「え、ああ……」
なぜ俺は舞台上で椅子に座っているのか。
そして動けないのか。
何がどうなっているのかすらも分からなかったが。
「断罪しろっ!」
「悪しき伝統を断ち切れ!」
その民衆の声に、突き動かされたのようにファンがマイクを取る。
民衆はすぐに静かになった。
「彼がルーナ家次期当主――いえ、もう当主となったケルン=ルーナです」
「俺が当主に……いつの間に?」
ファンは聞こえているのだろうが、俺の言葉に耳を傾けない。
姉さんは俺の方を見てニヤリと微笑むだけだった。
どうして今、そんな表情が出来るのか。
「ルーナ家前当主の処刑は、先週秘密裏に行われた。そして今、最後のルーナ家の血筋がここに居る」
「処刑……何言ってるんだよ、ファンっ!」
全然頭が追いつかない。
両親は今も忙しく領地を移動しているはずだし、ファンとだって昨日は仲良く話していたはずだ。
――そうだ、これは悪夢に違いない。
「首を」
「はいっ」
悪夢、だった。
そう断定するのに、相応しい景色が俺の前に展開される。
それは、二つの首。
この世で一番俺がよく見ていた、二人の顔が模られていた。
ルーナ家の先代当主――俺の父親と、母親の首だった。
「……趣味の悪いレプリカだ」
「本物だよ、もう固くなってるけどね」
両親の首が目の前に差し出されたその瞬間、これが夢であることを確信した。
そうでも思わないと、やっていけないから。
だけど、ファンがそれを許さない。
さすがの光景に、領民も息を呑む。
だが、しばらくして――
「ブラボー!」
「さすがクロー家だぜ!」
「これからは将来安泰だな!」
「過去との決別だぁ!」
歓びの声が聞こえる。
紛れもない両親の首を目の前にして、口腔がカラカラのまま俺は何も喋れなかった。
「…………」
「ケルン、君の死をここに居る皆が望んでいるんだ」
ファンの目線を追うと、そこには大勢の民衆がいた。
いつもなら賑わっているマーケットも、今だけは動いていない。
どころか、街中にすべてに人が密集していた。
まるでこの島に住むすべての人がここに居るかのように。
「君の――いや、君たちの味方はもういない」
「どういうことだよ……?」
「僕らは過激派としてこの後世に知られるだろう。ルーナ派の人間もそれを応援する人間も、それから穏健派もこの島には少数だが残っていた」
「何を言ってるんだよ、ファン!」
「だけどね、もういないんだ」
本当に、何を言っているのか分からなかった。
ファンの言葉の意味が。
頭が真っ白になって、俺は拳を握り締め――だけど、その身体は拘束されているかのように動かなかった。
目が覚めただけで、俺は身体を動かすことができないままだった。
椅子に磔にされているかのように。
もういない?
ルーナを応援してくれる人間が?
そんなわけないだろう。
「こんなことしたって……爺様や、使用人の皆も!」
「いないと言っただろう。人は簡単に覆る。お金か、死か。その二つを振りかざすだけで君たち――いや、もう『君』と言った方がいいか――を応援してくれる人はいないんだ」
ファンが語る内容に、さっきからずっとついていけない。
ただ、拳の中で滲む血が滴り落ちていった。
「見えるかい? この聴衆が」
集まった人々を指差して、ファンは語る。
「彼らは自主的にここに来た。そして、その全員が期待しているんだ――僕もね」
「ファン……?」
「君のことがずっと、許せなかったんだ。僕が欲しいものを君はすべて持っているじゃないか」
「何言ってるんだよ……?」
そう言って、ファンは懐から眼鏡を取り出した。
そんな眼鏡をしているところなんて、今まで全く見たことが無かった。
「これはなんだよ――説明しろよッ!」
「説明ならもうしたさ。もう一度聞くかい? 殺されたんだ、君の両親は」
「どうしてッ!?」
「民衆がそう望んだからだよ」
僕は民衆の代弁者さ――そう言って、ファンは眼鏡をくいっと直した。
婉曲したガラスの向こう側の瞳は、歪んで見えた。
「そんなの……おかしいだろ!」
「おかしくないさ。政まつりごとは僕らの領分だ」
「だからって――」
「おっと、口答えするなよ? 僕は今君を殺せるんだ」
ファンの懐から刀が飛び出る。
士官学校の頃から、ファンは強かった。
剣術にも魔術にも優れていた。
「その刀で俺に勝ったことあったか?」
「いつだって殺したかったさ――殺す気で戦ってたさ」
ファンの攻撃は常に真に迫っていた。
だからこそファンは強かった、と言えるかもしれない。
「いつまでたっても君は上から僕を窘めるように戦っていた――許せなかったよ」
「そりゃ……悪かったな」
「謝らなくていいさ、君は死ぬんだ、死んで償ってくれればいい」
「俺が死ぬって――どうして!」
ああもう、くどいなぁ――そう言ってファンは俺を椅子ごと蹴り飛ばし、舞台上で這い蹲らせる。
その様子をファンの親父も、ルーナ家に勤めていた執事たちも何も言わない。
ただただ民衆からの罵声が飛んでくるだけだ。
バックにいたファンが移動すると、モノまで飛んできた。
「ちょっ……小石は痛いッ!」
「じゃあこれならどうかな――」
そう言って、ファンは俺の顔面を思いっきり蹴り飛ばした。
一瞬、意識がブラックアウトする。
「なんで……ファン」
「憎かったからだよ。僕は婚約者がいるけれど、君はいない。憧れていたシーシャは君が好きだという――剣の腕も学びも君が上だ――だけど、一つだけ君が叶わないことがある」
「結局、首位はお前のものだっただろ」
「そういう態度だよ――それが許せないんだ。君は本気を出していない、なのに紙一重で僕に勝利を譲ってのうのうと生きている――ああ許せないね! でもッ! 君は一つだけ僕に圧倒的に劣っていたところがあるのさ!」
「俺はいつでもファンに勝ててなかったよ」
「うるさいなぁッ!!!」
ファンは思いっきり俺のことを蹴飛ばす。
椅子から解放されたはずなのに、受け身すら取れなかった。
遅効性の毒のように、身体の中でじりじりと燻る痺れが解けない。
「それは、政治さ。君は政治に関しては疎かった、疎過ぎた――だから、こんなことになっているんだ!」
民衆のことなど忘れているかのように、ファンは俺に向かって話し続ける。
「君が少しでも政治に興味を持っていれば、こんな惨状は招かれなかっただろう――少なくとも君の両親は生きていたし、君だって死ななかっただろうね」
「なに……?」
「君は一週間前どうしてたかい? ただ僕とずっと喋って、寝て、食べて――何か一つでも関わろうとしたことはあったかい? 興味を持とうとしたことは? たいへんだなぁの一言で済ませようとしなかったことはあったかい??? ねぇ??」
ファンが俺を煽る。
それをまともに受け入れられるほど、俺は大人でもなかった。
「この野郎――ぐっ!」
動かそうとした手を踏みつけられる。
四つん這いの俺を思いっきり踏みつけられるのは――姉さんだった。
「無様ね」
「姉さん……」
「紹介しよう――この人は、アレーナ=ルーナ改めアレーナ=クロー、僕のお嫁さんだ」
「なんで……」
ふん、と姉さんは僕を強く踏んでほくそ笑む。
その勢いに躊躇は無かった。
「自由な恋がしてみたかったんだ。婚約相手には申し訳ないけどね――」
姉が、結婚した。
親を殺した、俺の親友と。
どういう感情を抱けばいいのか、最早分からなかった。
「あ……ああ……」
「叫ぶかい? 無様だねぇ――」
「あああああああああああッ!!!!」
見世物だとか、誰かの前だとか、そんなことは気にならない。
ファンがこんな奴だったということへの悲しみか?
それとも、姉がファンと結婚することになったやるせなさか?
両親が殺されたことに対する恨みか?
なにもかも、分からなかった。
叫び続けた俺は、そして――。
「僕は君に、本当は死んでほしくなかったんだ」
ファンが声を掛ける。
「なんでお前、そんなことを……もしかして、誰かに操られてるのか?」
それなら、今までのファンの行動にも納得がいく。
あまりにも、ファンらしくない行動だったからだ。
「親父さんにやらされたとかか? それとも誰かがそうしないとお前も死ぬのか!? なぁ――」
「そういうところだよッ――」
ファンの蹴りが俺の鳩尾にクリーンヒットする。
吐瀉物すら出ない。
気管が詰まって身体が言うことを聞かない。
「お前のそういう誰にでも優しくするような、嫌いな人間なんていないみたいなそういう態度が一番嫌いだったんだよッ! そんなことに何年も気付かずガチのお人よしをやりやがってよ――僕は、僕は……」
そうして、ファンは、笑って。
「そういう奴に死んでほしくないんだ」
「僕は君に死んで欲しくないんだ――苦しんで、死んでくれ」
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