プロローグ③
ルーナ島の最東端に、ここクロー家とルーナ家の屋敷がある。
外敵――魔物が東から飛来することが多いため、最東端に本拠地を構えればいいだろう、という考えでここに建立されたのだろう。
だが、この場所を起点として街が広がってしまったため中央部が東に随分寄っているというのがこの島の現状だ。
東側から魔物が襲ってくる、というのも代々俺たちが島の進行方向を固定しているから、という理由ではあるのだが。
浮島は常に動いている。
そのため、滞留している鳥の魔物に出会いやすい。
だから、進行方向に見える敵は排除しなければならないのだ。
「おめでとうございます、今日から貴族様になるんでしたっけ?」
「いや、貴族は前からだけど……」
ルーナ家の待合室でお菓子をぽりぽり食べているのは、幼馴染のシーシャ。
幼馴染なのだが、彼女は貴族の生まれではない。
というのも、この島に貴族は数少ない。
貴族と呼ばれる家柄のほとんどがクロー家だ。
ルーナ家は外敵から身を守ることに重きを置いているので、貴族としての血縁は最低限あればいいという考え方に対して、政治を司るクロー家は分立分派を繰り返し今でも宗家と分家が争っている。
士官学校の前に通う初等教育学校で俺たち3人は出会った。
「ここ最近ファンが会ってくれないんです!」
「ファンが? 忙しいんじゃない?」
「の割にケルンとは仲良さそうにしてるんですよ!? ずるいです!」
「なに、ファンのこと好きなの?」
「違いますっ! 仲間外れにされるのが寂しいんですっ!」
シーシャは随分ストレートに物事を言う。
そのためか、嫌われる人からは嫌われ、好かれる人からも呆れられる。
だが、持ち前のあざとさとかわいらしさを武器に人間関係を生きてきた、『天然』のプロだ。
小柄でふわふわなカールヘアー。
何よりも目を引くのは類稀なる薄ピンクの髪色だろうか。
「それに、好きなのはケルンくんですよっ!」
「はいはい、残念でしたね」
「ほんとですよっ!」
シーシャは俺に好きと言ってくれている。
だが、残念ながら俺は貴族の身。
きっと知らないうちに婚約相手も策定されることになるのだろう。
両親がそうだったように、祖父母がそうだったように。
だから、シーシャの好意は嬉しいが、それを受け取ることは出来ない。
とはいえ、シーシャの好きは友達としての好きの意味が強そうだが。
「むしろ、ファンが私のことを好きになってしまったから会いにくい、とか……?」
「そんなことファンに絶対言うなよ? アイツ真面目だから『もしかしたら僕はそうなのかもしれない……』とか言って悩み始めるぞ?」
「それは……本当にありそうですねぇ……困りますです」
集合の時間まであとわずかしかない。
一応就任の儀という何らかの儀式をするみたいだが――そんなことをしなくても、もう島を持ち上げているのは俺だし、そういう意味で就任は既に終わっている。
「シーシャは心配なのですよ……いくらケルンくんが強いとはいえ、魔族と戦うなんて……」
「大丈夫だよ、魔族となら実は昔から戦ってるから」
本当に僅か、だが。
嘘は吐いていない。
そもそも、俺が魔族と戦う司令塔になる、ということすらついこの間聞いたばかりだ。
浮島を持ち上げている張本人にそんなことをさせるか?
と疑問ではあるのだが、ここらのバタバタ続きで人員が足りなくなったのかもしれない。
ルーナ家では今、使用人をめっきり見なくなった。
がらんどうとした広い部屋に、わずかながらの埃が溜まっている。
最近のデモ続きに失態の連続、日に日に求心力が落ちているのは間違いないだろう。
「それでも、シーシャは心配です……」
「だからと言って取りやめるわけにもいかないしな」
「……迷惑ばかり言ってすみませんです。でも、ケルンが死んだら悲しむ人がいるってことだけは肝に銘じておいて欲しいのです」
「分かった分かった、死なないから。心配性だな――ファンの癖がうつったのか?」
「かもしれないです」
はは、と笑って、それからシーシャは退席した。
窓の外では、式典の用意が着実に進んでいる。
だが、その式典のメインは実のところ俺ではなくファンだ。
今日、ファンが実質的なこの島の領主となる。
そのお披露目会、と言ったところだろう。
現政権を握っているファンの親父さんの計らいか、或いは色々な思惑の上に成り立っているのかは俺は知らない。
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