プロローグ②

 ルーナ家は、税関を主に担当している。


 それはあながち間違いではない。




 この島、ルーナという家名が付いた浮島に、クロー家の政治が及ばないエリアが存在する。


 それが、この島の外周だ。


 浮島とはいえ、何千何万という人間が住む島だ。


 農耕が盛んという色合いを持つこの島は非常に広大な面積を誇っており、空を飛ぶモンスターの格好の餌食となる。




 それらから人を守る、というのがルーナ家の大きな役目だ。




 俺はそういう役目をあまりしたことはないが、屈強な男たちが遠距離から何千本という光の矢を打ち放つ光景を子供の頃からずっと見ている。


 そんな彼らの指揮官になって島を守る、というのがルーナ家に生れたものとしての役割の一つ。




 もう一つは――代々伝わるユニークスキル、『青空迷宮』によってこの島を浮かせ続けるという重要な役目だ。


 このスキルは、ルーナ一族の限られた人間にだけ発現する先天的なスキル。


 俺には姉がいるが、残念ながら姉は発現せず、司令官として部隊を指揮している。




 そしてこの『青空迷宮』こそがルーナ家を支えている根幹だ。


 これは限られたトップの人間しか知らない事実であり――今、この島は俺が全て支えている。


 


 士官学校で当然魔法の授業があるが、俺はこのユニークスキルを保持するためにほぼすべての魔法を捻出している。


 眠っている間もオートで島を浮かせられる程度には慣れているが(昔は祖父が共に魔法を使ってくれていた)、それ以上の魔法を使うことは出来ない。


 成長期ということもあり余剰魔力はどんどん増えていったが、残念なことにファンには最後まで魔法で勝てなかった。


 それだけは士官学校で唯一の心残りかもしれない。






 朝。


 俺は怒号と罵声で目を覚ました。




「起きてるのかよルーナ野郎!」


「責任取れやクソゴミ虫め!」


「土地はもう滅茶苦茶なんですよ……」




 朝からデモが起きている。


 魔族の襲来に対処しきれなかったルーナ家の不手際で食い扶持を失った人々の叫びだ。


 それに伴って、クロー家が仮設住宅などなどを準備したが、怒りは収まるところを知らなかった。




 そして、ほとんどの人にとってルーナ家は関連がない。


 浮島の安全が保たれている以上、関わりが無いことが素晴らしいことではあるのだが。


 ――だけど、関わりがないということは民衆にとって税金泥棒ということになるらしい。




 仕方のないことだ。


 仕方のないことではあるのだが。




「おはよう、弟君」


「おはよ、姉さん」




 あくびをしながら食堂へ向かうと、仕度を終えた姉が朝食を食べていた。


 昔からソリが合わないわけではないが、一方的に避けられている。




「今日はちょっと遅いんだね」


「まぁ、な。弟君も私と同じように現地に来るとなると、感慨深いものがあるからな。なに、見送るくらいのことはしようと思ってな」




 それでも家族だ。


 姉弟仲は良くなくても、一応それくらいはしてくれる、ということだろうか。




 ただ、俺はなんとなくだが――分かっている。


 姉は俺のことが好きではない。


 当然と言えば当然だ。




 姉に『青空迷宮』のスキルが発現しないと分かった瞬間、ルーナ家は姉を切り捨てた。


 もちろん両親は俺と同じように姉を可愛がっていたが――周りの態度は違った。


 周りもスキルのことは知らないはずだ。




 だが、体のいい言い訳が俺に備わっているのを知っている。


 『長男坊』、この三文字で大体のことは周囲が納得していたようだ。


 一昨年亡くなった姉にお付きだった爺が、最後に俺に教えてくれた。




 そして姉は、俺がこうしてちやほやされているのを理由を知らずにずっと見ている。


 だから、俺が妬まれるのも当然だろう。




「ありがとう、姉さん。姉さんは強いって皆から聞いてるよ」


「そうか、それは光栄だな」


「そういえば、最近父さんたち見ないけど、元気にしてるかな?」


「どうだろうな――この間の事件の始末もあるし、忙しい、のだとは思う」




 俺の就任も被っている中、父さんと母さんは今非常に忙しいらしい。


 この家にいるルーナ家の人間もてんやわんやでどんどん人も減っている。


 実際、人が減っているというレベルではなく――まるでいないと言っても過言ではない。


 お陰で、朝からデモもし放題だ。




「こういう時、俺がちゃんとしなくちゃいけないんだけどな……姉さんに迷惑かけてない?」


「私は大丈夫だ。弟君も、大丈夫だろう」




 そういう姉さんは、まるで心配なんてないかのような笑顔を浮かべた。


 こんな表情は、本当に久々に見る。


 それだけ姉さんと話していなかったのかもしれない。




「失礼します――ケルン様、シーシャ様がお訪ねになられました」


「シーシャが?」


「なんでも、就任前にお話ししたい、とのことです」


「分かった、今行く」




 姉さんに一言謝って、俺は目の前に出されたサンドイッチを掻っ込むように口に詰めた。

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