第5話 妖精は蕩けそうだ

「見つけた。迷宮妖精ラビリンスフェアリー


 ノクトに抱きしめられて混乱した。彼の目は真剣だが、どこか熱を帯びている。

 彼は私を抱きしめたまま起き上がる。自動的に彼の膝の上に横抱きの状態で収まってしまった。


(顔が近い……睫毛までよく見える)


 彼は私の肩に頭を埋め抱きしめた。それは恋人との再会を喜ぶような優しい抱擁だ。熱を帯びた青い瞳は普段の冷静さを取り戻し、困り顔で詫びた。


「こんな方法ですまない。でも、やっと捕まえた」


 だけど、私の心臓が思い出したかのように鼓動を刻み、暴走を始めた。


「ひ! 人、妖精!? 違いです! 離してください!」


 顔を手で覆いながら身をよじり足をばたつかせるが、彼の腕は離してくれなかった。ノクトは少し不服そうに答えた。


「間違いない、君だ。それに離さない。離したら逃げるだろう? 落ち着いて、僕の目を見て」


 そう言われて指の間から彼の目を見る。


(あー! カッコいいよー! 直視していいの? 許される!? ダメでしょう! ヤバい! 逃げたい! 消えたい! 認知しないで!!)


 無駄な抵抗として、彼の腕の中で丸まった。そう、このまま小さくなって消えたい!


「くぅぅぅ……」


 ノクトはそんな私を宥めるように優しく頭を撫でた。これはご褒美か苦行か。更に彼は私を落ち着かせようと優しく耳元で囁く。


「大丈夫。、落ち着いて」


 ―――!!


 しかしそれは逆効果で、その心地よい声は甘い痺れとなり、情報を処理しきれない脳は小さな悲鳴をあげ……失神した。


 ◆


 目が覚めると私はベッドに居た。


 (……夢? だよね。サービス精神旺盛な夢でした。ごちそう様です。あれ? この香り……それに天井が違う!)


「――!!」


 思わず飛び起きた。ギルドの医務室でもない。ここは何所どこ? 何が起きたの?

 服は着ている。ローブは壁に掛けられ、鞄と杖がかたわらの椅子に置かれていた。怪我もないし体も痛くない。すると部屋の扉がノックされ開いた。


「起きたかい、良かった。急に気を失って焦ったよ」

「ノクトさん! はうっ……」


 私は咄嗟に布団をかぶり隠れた。


「あの、ここは?」

「僕の家だ。体の具合はどうだい?」


 僕の家! 布団から顔を半分出して部屋を見渡すと、男性好みのインテリアだった。もしや、僕のベッド!? これはノクトの香り? 涙が出そう。


「だ、大丈夫です……」


「良かった。まずは君に礼を言いたい。昨日、火蜥蜴サラマンダーから助けてくれてありがとう。昨日だけじゃない。過去に何回も君には助けられたね?」


 うっ……昨日以前も見られてた? その都度名前と姿を変えたのに。それでも私は知らぬ存ぜぬで突き通す。


「き、昨日って何のことですか? 人違いです」

「はぁ……あんな事しておいてなんだが、僕の事嫌いかい?」


「いいえ!そんな!! 嫌いじゃないです……(むしろ好きなんです)」

「じゃあ、君もあのダンジョンで妖精に逢ったら伝えて欲しい。ノクトは妖精・アリアに惚れているから現れて欲しいと」


 彼は悪戯っぽく笑って告げた。惚れてる!?

 顔が赤くなりそうだったので布団を被り隠した。


「……君の左肩にある傷、今は痛くないのかい?」


 彼に指摘されて目を伏せた。私の左肩には古傷がある。普段はローブを着て隠しているが、ローブを着ていない今はどうしても見えてしまう。


「はい……助けてくれた人の処置が良くて。痛みは無いです」

「それは良かった。ずっと一人で冒険を? なぜパーティーに加入しないの?」


 その問いに肩では無く胸が痛んだ。


「パーティーはいい思い出なくて。一人が好きなんです」

「集団が無理なら……どうだろう? 僕を君の用心棒にしないか?」


 その問いには驚き、布団から顔を出した。


「そそ……そんな! 英雄に護衛させるだなんて! 英雄の無駄遣いです! 英雄が勿体ない!!」

「でも僕の事嫌いじゃないんだろ?」


 嫌いじゃない! ……けど、それはそれで困っちゃう……


「いきなり信じろと言われても無理かもしれない。助けが必要なら頼ってほしいし、背中を預けて欲しい。僕は絶対に君を裏切らない」


 憧れの英雄にそんなこと言われたら、天に舞い上がりそうな程嬉しい。でも同時に不安がある。彼を信じて裏切られたらどうしよう……それこそ立ち直れない。


「……腹が減っただろう。下に昼食がある一緒に食べないか?」


 彼は部屋を出て階下へと向かった。私は覚悟を決める……


「お邪魔しました!!」


「え!? おい!! 待ってくれ!!」


 荷物を抱えて脱兎のごとく逃げ出した。

 ギルドを辞めよう。彼にここまで知られてしまってはもうダメだ。


 彼の家を抜け出したその足でギルドに向かった。

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