第7話 期待と不安
瑞望の家の玄関先で、瑞望が言った。
「あのさ、あたしと付き合うことになったのは、きーちゃんとか周りの人に言わない方がいいと思うんだよね」
「まあ、なんか恥ずかしさはあるかもな」
「それもあるんだけど、きーちゃんに気を遣わせたくないの。きーちゃんって気にしいだからさ、うちらが付き合ってるって知ったら、二人だけの時間を大事にしてあげようとかで遠慮しちゃいそうで」
「そういうもんか……」
俺よりずっとずっと泰栖さんのことを知っている瑞望のことだ。泰栖さんはそういう性格なのだろう。俺の目から見ても、お淑やかではあるけれど、同時にどこか遠慮がちな部分も見え隠れしているし。
「きーちゃんって、聖女様って呼ばれるくらいみんなから凄い人って思われてるから、打ち解けて話せる相手って学校だとあたしくらいしかいないんだよね。あたし、できるだけきーちゃんの助けになってあげたいんだ」
「そっか。お前らしいよ」
瑞望は困っている人を見過ごせないたちなのだ。
思えば俺だって、そんな親切な瑞望に救われた一人。
俺から反対するようなことは何もなかった。
「うん。だから、あたしと翔ちゃんで秘密の恋人同士ね!」
「楽しそうだな」
「そりゃあ楽しいよ~。もう何年越し? わからないけど、翔ちゃんと付き合えるんだもん」
「瑞望が嬉しいと、俺も嬉しいよ」
「ふへへ」
汚い笑い声を出して、瑞望が抱きついてくる。
「翔ちゃんと恋人同士だ~」
「あんまり言うな。ドキドキしてくる……」
「なんで? いいことなんだから、いっぱい言っていいじゃんー」
「お前、俺がどれだけモテないか甘く見てるだろ? 異性の免疫は徐々に付けさせてくれよ」
「変なの。あたしと翔ちゃんの仲なのに」
「親しき仲にもなんとやらだよ。……じゃあ、明日また学校でな」
帰ろうとする俺だが、瑞望はなかなか離してくれず、暫くの間「帰る」「帰さない」の押し問答になった。
やっと解放された俺は、
その間も、瑞望は俺が見えなくなるまで手を振って見送りをしていた。
やたらと距離を詰めがちなのは、瑞望もまた恋人づきあいに慣れていないからだろう。
恋人契約書を持ち出したときはびっくりしたけど……あれもたぶん、そういうことだろうな。
夜道を一人で歩いていると、人生の一大イベントの最中にいた熱狂が薄れ、冷静な自分が戻って来る。
身近に瑞望を感じていない状況がやってくると、再び心の傷が現れ、ついつい泰栖さんのことを考えてしまった。
瑞望と付き合うと決めたからといって、泰栖さんに憧れる気持ちが綺麗サッパリ消えてくれるわけじゃないらしい。
なんだ、女々しい。
俺は泰栖さんから嫌われているんだ。
さっさと切り替えてしまえ。
「……スイッチみたいにバチッと切り替えられれば、そりゃ楽だけどさ」
俺はそう簡単に割り切れる頭をしていないらしい。
心配はしていなかった。
瑞望と付き合うことは想定外だったのだ。サプライズである。俺の頭が、瑞望と付き合うことをまだ現実として認められていないだけ。
時が経てば、すんなり瑞望を一番大事に思えるようになるさ。
時間が解決してくれる。
俺は、気楽な気分でいた。
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