第8話 逆告白

 浅葱あさぎ家をあとにした俺は、自宅に直帰せず、駅前にいた。

 スーパーに用事があったからだ。

 妹の歩衣はワガママで、兄である俺を何かと使いっ走りにする。スムージーが飲みたいから買ってこいとラインしてきたものだから、わざわざここまで買いに来た。


「言われて素直に買いに来ちゃう俺も俺だなー」


 目当ての品を買い、人工的な光で満ち溢れたスーパーを出て夜の街へと戻ったとき。


「……え?」


 すぐ目の前に、夜の闇に埋没することなく輝いている女の子が現れた。

 月明かりを反射して、金色に見える長い髪。

 夜と対比されたせいで余計に白く見える肌。

 手足が長いすらりとした背格好。

 泰栖やすずみ希沙良きさらだ。

 泰栖さんが、スマホを手に立っていた。


川幡かわばたくん?」

「あ、ども……川幡デス……」


 あいにく、目が合ってしまっては無視するわけにもいかない。

 無視されたことを理由に、ますます険悪になんかなりたくないから。


「偶然ですね。こんなところで」


 驚いたよ。普通に話しかけてくれたし、嫌そうな顔をするどころか、教室でよく見るたおやかな微笑みを浮かべていたんだから。


「えっと……俺は買い物帰りなんだけど、そちらは?」

「私もお稽古の帰りです。迎えの車で帰る途中だったのですが、うちのメイドが夕食の買い出しを済ませたいというので待っていたんです」

「そうなんだ、習い事ね……」


 おかしいな。

 なんか俺、泰栖さんと普通に会話してない? ラリーしてない?

 教室にいるときは、不快そうな表情を向けられてしまったっていうのに。

 ていうかメイドを雇えるなんて、やっぱりお嬢様なのか。


「ああ、そうだ」


 聖女様の視線が、俺に向かってくる。


「私、ずっと言えずにいたのですが。こうして出会ったのも、きっと運命かもしれませんね」

「えっ、なんのこと……?」

「例の罰ゲームのことで」

「あれは俺が全面的に悪かった!」


 スーパーの前には、買い物帰りのお客がまばらにいたのだが、そんなもの関係なかった。


「泰栖さんを怒らせたのは、俺が悪い。瑞望……いや、浅葱さんに間に入ってもらっちゃったけど、本当は俺が一人で謝るべきだったよな。告白の罰ゲームになんか巻き込んで、本当にごめん」

「いえ、それは別にいいのですけれど」

「いいの!? 俺、泰栖さんをあんなに怒らせちゃったのに!?」

「怒ってた……ですか? 私が? 川幡くんにですか?」


 おかしですね、とばかりに小首を傾げる泰栖さん。

 どういうことだ?

 もしかして……「あの程度で怒ってると思われたら困りますねぇ、私の怒りはもっと壮大で深いですから。あ、川幡くんのことはもちろんまだ許してませんよ?」という遠回しな死刑宣告では?


「怒るには怒りましたけど……あれは私自身に対する怒りで、川幡くんに向けたつもりはなかったのですが……」

「えっ?」

「確かに、思い返してみると川幡くんに怒っているようにも捉えられかねないことをしていたかもしれません」


 優雅な所作で、泰栖さんが頭を下げる。


「ごめんなさい。私、どうしても許せなかったのです。せっかくのいい機会でしたのに、私に勇気がなかったばかりに機会を失ってしまったのですから」

「泰栖さん、ごめん、どういうことなのか俺には」

「罰ゲームだということは初めからわかっていたんです。普段の告白と少し様子が違っていましたから。でも……川幡くんからの告白には違いないですから、告白をお受けしようと思って、私は呼び出された校舎裏まで行きまして」

「……ん?」

「瑞望ちゃんは優しい人ですから、私が悪意に巻き込まれたと思ってくれていたのですけど、私の本心としてはそういうことなんです。自分から告白するのはとても勇気が必要ですから。川幡くんが声を掛けてくれて、これはいい機会に恵まれたと思いまして」


 泰栖さんの視線が、こちらを向く。


「つまり、私が、川幡くんから不愉快そうに思われていたのは、実をいえば誤解で。私としては自分への不甲斐なさに対する苛立ちが出てしまったと言いますか。お恥ずかしい話ですが……」

  

 ――『もういいんです。どれほどみっともない人か、わかってしまいましたから』

  

 瑞望の仲介で謝りに行ったとき、泰栖さんはそう言って俺との会話を打ち切ってしまった。

 てっきり俺に向けた言葉とばかり思っていたけれど。


「えっと、つまり……泰栖さんはチャンスを逃したみっともない自分に気づいて苛立ったってだけで、俺を嫌っていたわけじゃないってことでいい?」

「川幡くんを嫌うなんて、とんでもないことですよ」

「それだと、俺を好き……ってことになるけど……?」

「…………」


 ふっ、と吐息だけ漏れたと思ったら、白い頬を真っ赤に染めて、瞳を閉じてうつむく聖女様。

 両手はスカートの裾にあって、きゅっと縋るように握っていた。

 え、マジなの、これ……。


「か、川幡くん! こんな不肖な私ですけど、交際してくれませんか?」


 まばらな通行人が立ち止まるほどの大きな声で、泰栖さんが言った。

 マジかよ……。

 今日一日で、本当に色々なことがあった。

 泰栖さんから嫌われ。

 慰めてくれた瑞望と付き合うことになり。

 実は俺を嫌っているわけじゃなかった泰栖さんからの逆告白。

 一回行動が原則の陰キャの俺ではキャパオーバーになりそうな情報量だ。

 でも、わかってる。

 ここで流されちゃいけないって。

 さっき別れたばかりの瑞望のことが頭に浮かぶ。

 迷うことなんてない。

 俺は、どうにか口を開き――

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