第5話 気の合うともだち
放課後になっても、俺の気持ちは重く沈んだままだ。
ゾンビのようになって昇降口までたどり着き、靴箱から靴を引っ張り出す。
「おれ、もうだめかもしれない……」
聖女様に嫌われたことは想像以上のダメージで、靴を床に放り投げる気力すら湧かない。
もう明日から学校休んじゃおうかな……。
「翔ちゃん!」
「……あれ、おかしいな、
「もう! 落ち込みすぎだよ!」
瑞望の両手が俺の肩に触れる。
「今落ち込まないでいつ落ち込むんだよ……」
わかってねぇヤツだ。
でも、
瑞望も責任を感じているのかもしれない。
「今の翔ちゃんを一人で帰すのは心配だし、あたしも一緒に帰る」
「ククク、俺の身がどうなろうと知ったこっちゃねえ。今の俺は、地球なんていつ滅んでもいい気分なんだから……」
「ほらぁ、闇落ちしてる人みたいになってるじゃん」
瑞望は、俺の真正面に回り込むと、俺の両頬を手のひらで挟んでくる。
「今日はあたしと帰る。いいね?」
瑞望の顔は、視線を下げないと見ることができない。
身長差があるせいだ。
こんなの、小学生の頃じゃありえなかったな。
だってあの頃は、瑞望の方が背が高かったんだから。
瑞望は、俺の頬を手のひらでこねながら。
「小学生のときは毎日のように一緒に帰ってたのに、高校生になったら一回もなかったでしょ? たまにはいいじゃん」
「……ああ」
思い出よりずっと小柄な瑞望を前にすると、いつまでも突っ張った気分になっているのは大人げないような気持ちになってしまった。
「よし! いい子」
満足そうな瑞望はてこてこと自分の靴箱まで歩いていき、背伸びをして靴を引っ張り出す。
瑞望からすれば、俺はいつまでも頼りないガキのままなんだろうな。
あーあ、恥ずかしい。
そして俺たちは、学校の外に出て二人で帰路につく。
「でねー、水泳部の助っ人に行ったんだけど、荷物になるからって水着着たまま授業受けて、そこから部活に行ったの。そしたら着替え忘れちゃってー」
一生懸命話しかけてくれる瑞望が笑顔を見せてくれるおかげで、ダークな気持ちは和らいでいた。
なんかこう、赤ちゃんが微笑んでくれるとどんな荒んだ気分のときでもほっこりしちゃうだろ?
あんな感じ。
「瑞望、小学校のときもそれやったよな」
「そうそう。三年生のときね」
「いや、六年生のときもやった」
「やだなー、六年生でやるわけないじゃん。高学年ってもう結構お姉さんだよ?」
「現に高校生になった今もやらかしてるじゃねーか」
「あ……」
ぐうのねも出なくなった瑞望が頭を抱える。
なんか、変わらねーなって。
瑞望とは学区の都合で中学は離れ離れだったから、どう変わっているのか不安だったけれど、こんなことならもっと早く話しかけるべきだったな。
「ふふふ」
「なんで笑うんだよ?」
「だって、翔ちゃんが笑ってくれたから」
「わ、笑ってないし?」
「隠さなくていーのにー」
ニコニコしながら、俺の腕をつんつんしてくる瑞望。
「元気出してね。なんか、きーちゃんも別に怒ってるわけじゃないみたいだったから」
「……だといいんだけど」
教室で目にする限り、泰栖さんもまた、今日は1日中むすっとした顔のままだった気がする。
おかげで、普段は休み時間になるたびに聖女様と関わりたくて躍起になるクラスメイトが、今日は遠巻きに眺めるだけという異常事態になっていたんだぞ。
「ていうか、翔ちゃんもやっぱりきーちゃんのこと好きだったんだね。だったらあのまま告白させてあげた方がよかったのかなー」
「恋してる意味での好きとはまた違うんだ。その辺勘違いしないでくれ」
いや、好きだ。
目下のところ、俺が一番好きで、目にするだけでドキドキしてしまう女子は泰栖
結局俺も、そこらの男子と変わらない普通の人間だ。
「でも、めっちゃ落ち込んじゃってるじゃん。好きだからでしょ?」
「別になんとも思ってないとは言ってないからな? ファンだからだよ。推しから冷たい態度を取られたら落ち込むだろうが」
「そうなの?」
「瑞望は泰栖さんと同性だし、仲も良いからわからないんだよ。複雑な男心はな」
「え、男心に複雑とかある?」
「あるよ。それにな、瑞望はいわゆるスクールカーストトップの陽キャだからわからないだろうが……」
自分でこんなことを言うのは恥ずかしい。
けれど、思い上がりがちな勘違い野郎じゃないことを、瑞望にも知っておいてもらいたかった。
「それに……俺みたいな地味なヤツは、所詮聖女様のファンの一人にしかなれないんだよ」
「後ろ向きだなぁ。でも翔ちゃん。あたしとは仲良くお話できるじゃん」
「瑞望は別。小学生からの付き合いだし」
「なんだよー、なんか嬉しくないっぽい特別扱いだぞー」
ぷんすかする瑞望だか、そういうところがちょっと子供っぽいというか。
悪いけど、恋愛の対象って感じじゃないんだよな。
まあ、小学生時代の俺のヒーローではあるから、俺の中にガッツリ刺さってる大事な人には違いないけれど。
「でもさ、翔ちゃんから見てもそんな感じなんだねー」
道端の小石を、スニーカーの先でコツンと蹴飛ばす瑞望。
「きーちゃんだって、普通の女の子なんだけどね」
あまりに何気なくぽつりと呟いたものだから、ひょっとしたら俺の聞き間違いかと思って、聞き流してしまった。
「そうだ! 翔ちゃん、久々にうち来なよ!」
「瑞望ん家に?」
「そう! パーッと遊んで、元気だそ?」
「……まあ、それもありかもな」
純粋に、懐かしい遊び場にまた足を踏み入れたい気持ちがあった。
なんだか俺の方から、「お前んち行っていい?」って提案するのは、高校生になった今では恥ずかしさがあるから、瑞望の方から言ってくれて良かったということまである。
「よし! 来て来て。あたしん家、翔ちゃんと一緒にやったときの古いゲームまだあるから」
「マジかよ。楽しみになってきた」
やっぱりというか、なんというか。
瑞望と一緒にいるのは、楽しい。
幼馴染ということで人間関係の蓄積があるからか、一緒にいて楽だ。
まるで、小学生時代の楽しい日々が戻ってきたようで、聖女様に嫌われたことも忘れられそうだった。
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