第3話 腐っても幼馴染

 放課後。

 この時間になると、クラスメイトは帰宅なり部活なりでそれぞれ用事があるため、泰栖さんを取り囲むこともあまりなくなり、落ち着いた時間がやってくる。

 そうなると、瑞望の手も空くというもの。

 俺は、帰り支度をしている瑞望みずもにそっと近寄り。


「瑞望。大事な話があるんだけど……ちょっと時間くれるか?」

「これから?」

「ああ、少しでいいんだ」

「いいよ」


 高校生になってから、俺の方から瑞望に話しかけたのはこれが初めて。

 俺と瑞望は幼馴染ながら、中学は別々で、高1のときも別クラスだったから。

 昨日のことがあるだけに相変わらずいい顔はしていないけれど、話を聞こうとしてくれたのは、小学生時代に培った信頼がまだ残ってくれていたからかもしれない。


 瑞望と一緒に人通りの少ない校舎裏までやってくる。

 そこで俺は、決して泰栖さんを傷つけるつもりじゃなかったことを伝えた。

 俺は豊浜の仲間ではなく、巻き込まれただけなのだと。


「――俺も断ればよかったんだけど、向こうの方が人数多いと断れなくて。巻き込まれたとはいえ、そういうルールで勝負して負けたわけだし……」


 ついつい歯切れが悪くなる俺。

 教室内での立ち位置が強いヤツにやらされたと告げるのは、俺が小学生の時から何も成長していないと明かすようで情けなかったから。


「あー、豊浜くんってそういうところあるよね。わかった。そういうことなら翔ちゃんは悪くないのかも」


 瑞望が言った。


「変だと思ったー。あたしの知ってる翔ちゃんはそういうことしない人だったからね」


 にっこり微笑む瑞望。

 恥より事実を伝えることを選んだ成果は出たようだ。

 それと豊浜に信用がなくて助かった。


「でも、きーちゃんだって罰ゲームに巻き込まれちゃったんだし、そこは翔ちゃんも悪いんだから謝ってね? あたしも間に入ってあげるから」

「もちろん。でも悪いな」

「いいんだよー。あたしと翔ちゃんの仲じゃん」


 瑞望とは幼馴染で、小学生のときは二年生から六年生まで同じクラスで、よく遊んだ仲だ。

 高2で再会するまでの間に俺のことなんて忘れてしまったと思っていたから、瑞望の言葉は俺に刺さった。


「でも、告白を罰ゲームにするようなことに参加したらもうダメだよ? 次は、ちゃんとやる前に断ってね」

「ああ、もうしないよ」

「よかった。じゃ、明日ね」


 ニコニコしながら身を翻す瑞望は、体育館がある方へ早足で向かおうとする。


「帰るんじゃないのか?」

「そうしたいんだけどー、今日は女バスの助っ人頼まれちゃってー」

「そっか。瑞望はスポーツ得意だもんな。頑張れよ」

「ありがとー。じゃーね!」

「……相変わらず、頼りにされてんのか」


 体育館へ向かっていく瑞望の背中を目にしながら、ぽつりと呟く。

 小学生の時から地域のスポーツ少年団を掛け持ちしていたくらいだから、運動能力は折り紙付き。きっと、中学生の頃もいろんな運動部から頼りにされていたのだろう。


「そういうところも変わんないよな」


 そう。瑞望は何も変わっていない。

 それでも、俺が過去に目にしていた瑞望とは違うように見えてしまうことがあるとすれば、瑞望の周りの環境が、小学生のときとは変わってしまったから。


「……まあ、別に誰が悪いってわけでもないんだけど」


 クラス内での瑞望の扱いに、それでもまだ腑に落ちないものを感じてしまう。

 あんな輝かしい聖女様がそばにいたら、誰だって霞んでしまう。


「いや、明日だ、明日。明日に集中しよう。泰栖さんに謝って誤解を解かないと」


 いくら瑞望が間に入ってくれるとはいえ、俺もだんまりでいるわけにはいかないから。

 曲がりなりにも、聖女様とお話をしないといけない。

 瑞望以外の女子とはまともに話したことがない俺だけに、気合を入れて挑まないといけない一大イベントに違いないのだから。

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