第2話 俺にとっての特別なそいつ

 翌日。

 恐る恐る教室に入る俺だが、普段と何も変わらないいつもの景色が広がっていた。

 クラスメイトは、泰栖さんに対して興味津々に話しかける。

 男子も女子も、同じくらい。


「こらこら、いっぺんに話しちゃきーちゃんだって聞き取れないよー」


 そして、相変わらず泰栖さんのそばには瑞望がいて、泰栖さんと会話したいあまり熱狂するクラスメイトを上手く捌いていた。


「浅葱さん、今いいかな?」


 そんな中、教室の外から瑞望に話しかけるヤツがいた。他クラスの男子だろう。

 男子はパッと見でイケメンとわかった。

 で、そいつが何だか神妙な雰囲気を出している。

 まさかあいつ、瑞望に告白でもするつもりか?

 瑞望も、心なしか緊張気味な表情。


「ごめん、なんか用事みたいだからちょっと行ってくるね。あ、一人でダイジョブそ?」

「だ、だいじょうぶです」

「うん、すぐ戻ってくるね? 無理そうだったら逃げていいからね?」


 瑞望は心配そうな表情ながら、イケメン男子と一緒に教室をあとにする。

 幼馴染として、ついつい気になってしまった俺は、廊下に出ていった二人を追う。

 人気のない踊り場までやってきた二人。

 瑞望が告白される流れに思えたのだが……。


「実はオレ……泰栖さんのことが好きで」

「え……」

「オレと泰栖さんが付き合えるように手伝ってくれよ。いつも一緒にいるし。ほら、なんていうんだっけ? 家来っていうか、お供の人? みたいだし。君、泰栖さんのことなら何でも知ってるんだよね?」


 こっそり見ていた俺も唖然としたよ。

 瑞望を踏み台にして泰栖さんに近づこうだなんて。

 あいつはそのために瑞望をここまで呼び出したってわけか。

 瑞望がこんな扱いを受けるのはこれが初めてじゃない。


 どうも瑞望は、周囲から軽く扱われがちな印象がある。

 いや、泰栖さんは美人だし、彼女の隣に立ったらどんな人でも印象が弱まっちゃうのはわかるんだけどさ。

 でも、だからといって、泰栖さんの噛ませ犬的な扱いを受けるのは、俺としては納得がいかない。


 だって、小学生のときの瑞望は、俺にとって……。


「頼む! 泰栖さんの連絡先教えて!」


 イケメン男子は食い下がるのだが、瑞望の表情は曇ってしまっていた。

 そりゃ、自分のことを仲介役としてしか見ていない相手にばかり遭遇したら、気分だって沈むだろう。


「ごめんねー、それはできないよ。どーしても知りたかったら、自分で聞いて」


 それなのに瑞望は、何も気にしていないかのような明るい表情で答えてみせる。


「そこをなんとか……」

「だいたい、これくらい自分で聞けないようじゃ、きーちゃんと仲良くなるなんて夢のまた夢だよ? 本当に好きなら、それくらい頑張ってみたらいいんじゃない? きーちゃんが好きになるのだってそういう人だよ」

「そ……そうだな、確かにそうかも。よし、作戦を変更しよう」


 納得した様子のイケメン男子は、何やらぶつぶつ言いながら去っていく。

 まるで、初めから瑞望なんてそこにいないかのような態度で。


「やば、こっち来る」


 俺も慌ててその場を離れる。

 昨日の大失態があった上で、さらに覗きをしていたことがバレようものなら、俺の信用は完全に地に落ちてマントルを通過して消し炭になってしまう。


 でも、慌てて教室に戻る道すがら、思ったんだ。

 やっぱり、気に入らないよなって。

 確かに瑞望は、見た目も言動も子供っぽいところがあって、マスコット的な扱いをされることがあるけれど、だからといって軽く扱っていいような人じゃない。

 みんな、聖女様に注目しすぎて瑞望を雑に扱いすぎだ。

  

 ――『カワバタくんのこと、知れば知るほどぜーったい好きになれるって思えたんだ。だから仲良くしよ?』

  

 味方が誰一人としていなかった小学生の頃、俺を助けてくれた瑞望から掛けられた言葉が頭に響く。


「あいつは、俺の中じゃヒーローなんだぞ」


 俺以外誰も知らない瑞望の過去の姿を思い出しながら、俺は未だ聖女様を取り囲む喧騒に湧く教室へと戻ってきた。

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