第一章
第1話 始まりは罰ゲームから
高2の春。
ゴールデンウィーク明けのこの時期、俺――
人気のない校舎裏。
俺の眼の前には、
全校生徒のアイドルで、『聖女』と呼ばれている、あの泰栖さんだ。
放課後の今、夕焼けが差し込んでいるせいで、栗色の髪がいっそう輝きを増している。
白い肌は、ほんのりとしたオレンジ色に染まっていて、夕焼けを背負っているせいで何かの宗教画みたいに神々しく映る。
学校内で、知らない者はいない圧倒的人気者である『聖女』
普段は誰かの視線を一心に集めている泰栖さんが、今は俺の方をじっと見ていた。
すげぇ。夢みたいだ。
待て、俺。こんなことで満足してどうする。
俺はこれから……泰栖さんに告白しないといけないんだぞ?
それに、そもそもこれは罰ゲームなんだ。
先生から仕事を頼まれて教室に居残りをしていたら、クラスの嫌味なチャラ男こと
で、こうなったわけ。
「川幡くん、話ってなんですか?」
薄茶色の澄んだ瞳をこちらに向けてくる泰栖さん。
小首を傾げ、時折吹く風で乱れないように髪を抑えている。
「突然でびっくりしましたけど、何やら大事なお話があるそうなので」
泰栖さんは、そこはかとなく不安そうに見える。
そうだよな。クラスで全く話したことのない地味男子から突然誘われたら、そんな表情にもなる。
早く済ませてしまおう。
どこかで見ている豊浜の野郎だって、俺がここでビビったらますます俺をバカにするに決まっているのだから。
告白したところで勝ち目は極薄。
振られるために来たようなものだ。
残念だな、同じクラスだし、もう少し機会を待てば告白を成功させるチャンスが――来るわけないよな、地味な陰キャだもん、俺。
女子にモテる高校生活を夢想したこともあったけど、ここでまず泰栖さんがその候補から消えるわけだ。
「泰栖さん、こんなところまで呼び出してごめん。実は、俺――」
やっぱりこんなシチュエーションで言いたくはないけれど、言わないと終わりそうにない雰囲気に負けて、投げやりな気持ちで告白しようとしたときだ。
「あー! やっぱりいた!」
グラウンドの方から聞こえる野球部の掛け声を打ち消すようなデカい声が響いた。
「きーちゃん、聞くことないよ!」
「えっ?」
小さいからだのくせに、のしのし歩いてきたそいつは、泰栖さんの手をそっと掴む。
俺は背中に冷や汗をかいていた。
嫌な予感しかしないから。
「これ、罰ゲームなんだって! さっき男子たちが話してた!」
ぷんすかした顔をこちらに向けてくる
俺からすれば、
「罰ゲームですか……?」
「そうなの! 告白を罰ゲームにするなんて、それはそれは悪質な遊びをしてるの!」
「えっと、でも川幡くんのことですから、この告白は……」
「いつまでもこんなところにいることないよ、早く行こ」
いまいち状況がわかっていない泰栖さんが首を傾げる横で、瑞望はますます頬をふくらませる。
瑞望とは幼馴染だけど、ここまで怒らせたことはないだけに、俺もつい気圧されそうになる。
「あのな、浅葱さん……」
どう弁解すればわかってくれるんだ?
豊浜に巻き込まれたとはいえ、俺が罰ゲームのウソ告白に参加してしまったことは事実。
でも、告白したい気持ちまで完全にウソってわけじゃない。
だから、すっげぇどう伝えればいいのか困る……。
そんな俺の葛藤なんて知らないであろう瑞望は、俺に蔑む視線と表情を向けてくる。
なんだよ、小さい身長なのに見下げようと意識してるせいで、顎がしゃくれちゃってんじゃねえか。
「翔ちゃんは中学が別々の間に、あたしの知らない嫌~な翔ちゃんになっちゃったんだね」
自分よりほぼ頭一つ分は背が高い泰栖さんを、俺の視線に晒すまいと両手を広げて守る瑞望。
「悪意があったわけじゃないんだよ」
「むむ、悪意以外の何物でもないよ」
瑞望の後ろでは、どこか冷めたような視線を向ける泰栖さんがいた。
ついさっきまでの、俺が何を口にするのか神妙に待ってくれている様子だったのと違い、今じゃ地べたを這いずり回るキモい虫でも見ているような表情……に見えた。
いや、泰栖さんはたおやかに微笑みがちだけど、そこまで多彩に表情が変わるタイプじゃないから、俺からはいまいち何を考えているのかわからないところがあるんだよ。
その辺を理解できるのが、俺の幼馴染にして泰栖さんの親友である瑞望なんだけど。
「もう翔ちゃんのことなんて知らないからね。ほら、きーちゃん、行こ。いつまでもこんなことに付き合ってることないよ」
文字通り泰栖さんの背中を押しながら、瑞望がこちらに視線を向けて舌を出す。
「翔ちゃんは一日頭を冷やして反省して」
「あっ、おい、誤解なんだって! 話せばわかる! 聞いてくれ!」
「やだよー」
俺の弁明を聞くことなく、泰栖さんと一緒にさっさと行ってしまう瑞望。
俺は、どこかで見ているのであろう豊浜の姿を探そうとするのだが、人の気配はまったくなく、罰ゲームだとバレたとなったらさっさと逃走したあの嫌な奴のことを心底憎んだ。
学校一美少女な『聖女』にも、高校になって再会した幼馴染にも嫌われた俺は、これからの高校生活をどう過ごせばいいのかわからず、困り果ててしまうのだった。
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