第8話

 「よっ、お待たせ」

 「「しょうちゃん!(翔真君!)」」

 「おっ、とと!」


 俺が声をかけると2人はまるで突進するような勢いで抱きついてきた。…これじゃあ、もう振り解くこともできないよ。絶対にどっちか怪我させちゃうじゃん。…まぁ、そんなつもりもないんだけどね?


 「…2人とも、ごめん。俺、ちょっと取り乱した」

 「…しょうちゃん、もうどこにも行かない?」

 「ああ。それを羽美ちゃんが望むならね?」

 「うん、行っちゃヤぁ」

 「…そっか。なら、ずっと一緒にいるよ」

 「ん」


 そうして羽美ちゃんの抱きつく力は多少弱まった。…あとは遥香ちゃん、なんだけど。


 「…遥香ちゃん?」

 「ごめん、すぐ、元通りになるから。…今だけは、こうさせて」

 「…満足するまでいいよ。それに、謝るのは俺の方だよ。…傷つけてごめん」

 「…うん。私ともずっと一緒にいてくれるなら許してあげる」

 「…そっか。遥香ちゃんの気が済むまでずっと一緒だ」


 俺がそう言うと、より一層遥香ちゃんの抱きつく力が強くなったような気がする。


 「…もう、翔真君はすけこましなんだから。あんまりそういうことばっかり言ってると、お姉さん本気にしちゃうよ?」

 「構いません。俺は元から2人を幸せにするつもりです」


 これから先、どんなことがあったとしてもそれだけは変わらないから。2人の前に立ち塞がる障害は、たとえこの手を汚しても断ち切ってみせる。


 「…あぁ、ダメだ。そんな意味じゃないって、分かってるのに。…私、完全に落ちてる。…でもせめて羽美ちゃんが気づくまではなるべく隠し通さなきゃ!」

 「? 遥香ちゃん?」

 「あ、いや! 何でもないの! 今は、今だけはこっち見ないで…」


 俺には遥香ちゃんの言葉の意味がよく分からない。2人とも言ってる"すけこまし"も元の世界なら女性をたぶらかすとかって意味だけど、俺はそんなことしてないしな?ゲームでは出てこなかったけど、やっぱりこっちだと意味が違うのかな?


 それからも2人に抱きつかれていたが、俺は試練だと思って耐え続けていた。片やすべすべぷにぷにもちもちの全身を余す所なく抱きついている羽美ちゃん。片やそんな羽美ちゃんの顔と同じくらい大きいものを2つもぶら下げている遥香ちゃん。


 …心配させたのは俺だから仕方ないんだけど、いくらなんでも青少年にこれは刺激的すぎでしょ!俺が2人に手を出してのバッドエンドもあり得るんだからね!


 …なんて、バカなことを考えているうちに、2人とも満足したのか似たようなタイミングで俺から離れた。


 「…ありがとね、助けてくれて」


 ちょうどそのタイミングで遥香ちゃんがそんなことを言った。


 「…でも」

 「人を殺したことには変わりない?」

 「…えっ?」

 「…私もね、そんな風に思ってたんだ。羽美ちゃんには間違ってないって言われたけど、それでもつい思い出しちゃうんだ。血の匂いも動かなくなった遺体も、最後に私を、化け物を見るような視線も。…忘れられるわけ、ないよね」


 …俺が何か言う前に遥香ちゃんが言葉を重ねた。…そっか。それが日記にあったごめんなさいの正体なんだ。


 俺も殺したことが間違いだったとは思ってない。そうしないといけないことは分かってたから。…でも、2人を守るためなら仕方ないよねって言い訳にしたくなかった。…どんな理由でも、殺しを正当化しちゃいけないと思うから。


 「…今お願いすることじゃないかもなんだけど、翔真君にも知ってほしいの。私の過去も、呪いの証も」

 「…うん、俺に教えてほしい。遥香ちゃんが考えてること。じゃあ、戻ろうか? 遥香ちゃんの家に」

 「…うん!」


 遥香ちゃんはそう言って俺の腕にしがみついてきた。


 「ちょっ、遥香ちゃん!?」

 「あ〜! 遥香お姉ちゃんばっかりズルい!! 私も。…ダメ?」

 「…うっ」


 …でも、俺の手はもう血で汚れてるし。だからって、こんな純粋な目で見つめられてダメなんて言えないし。


 「…分かったよ」

 「ありがと!!」


 俺は結局諦めることにした。…と、いうか断れなかった。その後の笑顔を見たら、なんかもう全部がどうでもよくなってきたな。


 俺たち3人は手を繋ぎながら歩幅を揃えて歩いた。そして遥香ちゃんの家に戻ってきた。…さっきまでいたのに、何故かとても懐かしいように感じた。


 「…それじゃあ、話すね? 私の過去に何があったのか」


 そうして話し始めた内容は、とうてい許すことなんてできそうもない話だった。遥香ちゃんが身を守るすべを持っている呪いで良かったとこれほど思ったことはないかもしれない。


 「…ねっ? 私も翔真君が思うほど純粋じゃないんだよ?」


 遥香ちゃんは自嘲気味にそう笑った。こんな私、助ける価値なんてなかったでしょ?そう言ってるような気がした。


 「…そういえば、こんなこともあったね。あの日は雨だったのに雄介がどうしても遊びたいって言うからここに来たんだったな。そうしたら遥香ちゃんは驚いてさ? それでも俺たちと一緒に遊んでくれたんだっけ? 楽しかったね?」

 「…えっ?」

 「それから羽美ちゃんが木の上から降りられなくなったときも遥香ちゃんが真っ先に駆けつけてたよね?」

 「…むぅ、しょうちゃんがゆうくんに虐められたときもいつも遥香お姉ちゃんに慰めてもらってたじゃん!…私の方は全く頼ってくれなかったのに」

 「…あの?」

 「ふふっ、そうだね。…うん、やっぱり遥香ちゃんは可愛くて優しい女の子だよ」

 「かわっ!?」


 俺がそう言うと遥香ちゃんは何故か変な叫び声を上げてうずくまった。…これは、ちゃんと俺の伝えたいことが伝わったって思っていいのかな?

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