第5話

 「…さて、こうして2人きりになったわけだけど、やっぱり羽美ちゃんも翔真君のことを好きでいいんだよね?」


 遥香がそう聞くと羽美は顔を真っ赤にしてコクンと頷いた。実は私もなんだよね…と困ったように遥香が言う。


 「…でも、私は見ての通り呪いだし、翔真君みたいな人を好きになるなんてよくないよね。ごめんね、羽美ちゃん。…すぐ、諦めるから」

 「ダメ!!」

 「…えっ?」

 「…そんな悲しいこと、っちゃダメ。しょうちゃんのこと、好きなら好きでいいもん! 私、しょうちゃんも好きだけど、遥香お姉ちゃんも好きだよ? だから、私に遠慮しないで!」


 羽美は真っ直ぐに遥香の目を見て言い切った。それでも、未だに煮え切らない遥香を見て、更に言葉を重ねた。


 「…遥香お姉ちゃん、怖いの? 私にしょうちゃんが取られちゃうのが?」

 「なっ!? なんでそんなことになるのよ! 私は、ただ…」

 「だって、自分は呪いだからって言い訳ばっか。…なんて、私が怖がったせいだよね? ごめんなさい。でもね、気づいてる? しょうちゃんは一度も怖がってないんだよ?」

 「えっ? …確かに、そうかも」

 「うん! …それに、私はまだしょうちゃんが恋愛的な意味で好きなのか、よく分かってないの。遥香お姉ちゃんと同じような好きかもしれないし、別の好きかもしれない」


 遥香は羽美の言葉に驚きつつも、どこか納得できる部分があった。傍目からなら恋愛的に好きなんだと一目瞭然だけど、羽美本人はまだ10にも満たない幼い少女。それなら、恋だの愛だのはまだ分からなくても当然だと。


 「…だからね? 私はこれからしょうちゃんにアタックするつもり。…遥香お姉ちゃんは? まだ、怖い? 呪いだって嫌われることが」


 羽美に聞かれて遥香は考える。自分が本当に恐れていることは何なのか。やりたいことは何なのか。…怖いのは、呪いだと嫌われることじゃない。自分の手が既に汚れていることがバレることだ。


 「…うん、やっぱり私なんかに翔真君は勿体ないよ」

 「遥香お姉ちゃん!」

 「…聞いて、くれる? 私の過去の過ちについて」

 「…うん」


 遥香が誰かにこの話をするのは初めてのことだ。絶対に知られちゃいけない、遥香はそんな風に思っていた。…それでも、どうしてだろう?羽美に話すのに躊躇ためらいはなくなっていた。


 「…これは私が羽美ちゃんと出会う前の話。私は普通の人として生活していた。今よりももっと人と関わり合いながらね? そこで初めて、お友達が…ううん、お友達だと思ってた存在ができたの。そのときは嬉しくてね? つい、はしゃいじゃった。…ほら、私ってバカだからさ? その人のこと、疑うこともしなかったんだ」


 遥香はそこで一度言葉を切った。楽しかったときのことを思い出しているのか、その表情は穏やかだった。


 「…だけど」


 そこで表情は一転した。楽しそうだったのが一気に憎々しそうな、だけど悲しそうな雰囲気になった。


 「私は、その人のお友達も紹介されることになった。どんな人たちなんだろう? 仲良くなれるかな? …そんなことばっかり考えてたのに、そこにいたのは大柄な男たちだった。少しだけ怖かったけど、あの子が楽しそうに話してるし、悪い人たちじゃないのかなって声をかけた。…そしたら腕を掴まれて、いつの間にか組み伏せられていた。もう訳が分からなくて、縋るように友達だと思ってた彼女の方を見ると、私のことなんて興味なさげに話していた。『あの女もバカだね。私がちょっと優しくしたくらいで簡単に騙されて。あんたみたいな脳内お花畑、友達だと思ったことなんて一度もないから』…だって」


 そんな話をしていると、泣いていた。…羽美の方が。遥香の過去がたとえどんなものであったとしても、最後までちゃんと聞きたいと我慢していたのに、どうして遥香お姉ちゃんだけこんなに辛い思いをしてるんだろう、と泣いていた。


 「…って、羽美ちゃん? どうして泣いてるの?」

 「何でも、ないの。私が、泣くわけにはいかない、のに、ごめんね」

 「…ううん、逆にありがとうね。私の代わりに泣いてくれて」


 遥香はしばらくの間黙って羽美を抱きしめていた。


 「…うん、もう大丈夫。続き、聞かせて?」

 「…分かった。じゃあ話すけど、実はその後のことってあんまり覚えてないんだよね。もう、何が何なのか分からなくて、気持ちがぐちゃぐちゃになって。…気づいたら周りが赤く染まってたの」


 これで昔話はおしまい、と言って遥香は笑った。ねっ?私なんかじゃ翔真君に相応しくないでしょ?って。寂しげな笑い方だった。…それは、いつもの遥香と同じ笑い方だった。


 「…相応しくないってなんなの? 自分を犠牲にしていい人ぶって。そんなのが相応しいことなの? それなら私も相応しくなんて、ない!」

 「違う! …どんな理由があっても、誰かを殺していい理由にはならない!」

 「そんなわけ無い!! !」

 「!? …それって」


 その後にどんな言葉を続けていいのか分からなくて遥香は黙った。だってそれは落ち込んでた羽美に遥香自身が言った言葉だったから。


 …それに、何か言うタイミングもなかった。ちょうどそのころ、家の外が騒がしくなってきたから。ドンッと何かが壁にぶつかるような音。それに慌てて2人は外に出た。翔真の身に何も起きてないことを祈りながら…。

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