第一章 響 遥香 編

第1話

 「…ここは、どこだ? 俺は、どうして」


 確か昨日は普通にお気に入りのゲームをしていたはずだ。土日をフルで使って大好きなヒロインに100回は告白したはずだ。


 「おい! 翔真しょうま! 今日も俺様が遊んでやるよ!!」


 ニヤニヤと意地の悪そうな表情をした小学生くらいの男の子がそう言った。俺は彼も、それから翔真という名前の人も当然知らない。


 「…おい!! 何で俺様を無視するんだよ!!」


 男の子は突然俺の胸元を掴んできた。あまりに突然のことでとっさに振り切ったりすることなんてできなかった。…誰かと勘違いしてるのか?だって俺は翔真なんて名前じゃなくて、……アレ?俺の名前って何だ?


 「ちょっと! またしょうちゃんを虐めてるの!! そんなことしないでっていつも言ってるでしょ!!」


 戸惑っている俺の前に立ち塞がったのはこれまたさっきの男の子と同じくらいの年齢の女の子だった。


 怒っているはずなのにどこかお人好しな内面を感じさせる声も、後ろ姿しかみえないけど目立っているプラチナブロンドの髪も、何よりこの構図も、俺は知っている。


 …まさか、そんな、偶然に決まってる。俺の思い違いであってくれ!そんな俺の願いはやっぱり裏切られる。


 「そこをどけ、羽美うみ!」

 「ううん、どかない! がしょうちゃんに酷いことしようとしてるんだもん!!」


 …ははっ。やっぱりそういうこと、なんだな?ここは俺が生前にやっていたギャルゲー(の皮を被った鬱ゲー)、『人と呪いのカタルシス』の世界に転生したってことか。


 「…チッ、気が変わった。お前なんて俺様の仲間に入れてやらねーからな!」


 そう言ってゆうくんと呼ばれた男の子、このゲームの主人公、佐上さがみ 雄介ゆうすけは不機嫌そうに帰っていった。


 「ふー! 全くもう! …しょうちゃんは大丈夫だった? 怪我とかしてない?」

 「うん、俺は大丈夫だよ。ありがとうね、羽美ちゃん」

 「…なんか、しょうちゃん。雰囲気変わった? 前まで僕だったのに、急に俺なんて」

 「そ、そうだったね」


 …いやいや、流石にゲームに登場しない翔真君の喋り方なんて分かるわけないでしょ!だけど、本当に俺はやってきたんだ。俺の初恋の相手、陽毬ちゃんがいるゲームの世界に。


 「それに、羽美ちゃん、なんて」

 「…もしかして、嫌だった?」

 「べ、別に、嫌なんてってない、し…」

 「そっか。それなら良かったよ。これからもよろしくね、羽美ちゃん」


 俺がそう言うと羽美ちゃんはプイッと顔を逸らした。…それでも、俺はこのままなんだかんだで有耶無耶にするしかない!いつも通りに呼んで、なんて言われたときにはそのいつもを知らない俺じゃ対応できない。


 …彼女の名前は、桜蘭おうらん 羽美。それは回想の中でのみ出てきた少女だ。天真爛漫で笑顔が似合う、ゲーム主人公の雄介が好き相手だ。


 だが、幼少期に命を落としてしまう。そんな相手が今、俺の目の前にいる。腰あたりまで伸ばしたプラチナブロンドの髪にぱっちりと俺を見つめている大きな瞳。それからプニプニとした柔らかそうなほっぺ。


 ヒロインだと言われても素直に納得できる容姿の彼女は、雄介に絶望感を与え、変わるきっかけになるためだけに用意された存在だ。


 「わ、私、もう行かなくちゃ! バイバイ、しょうちゃん!」


 恥ずかしくなったのかすぐに駆け出していく羽美ちゃん。…彼女がこのまま死んじゃう姿を見てるだけでいいのか?……そんなわけないだろ!


 もしかしたら…いや、確実に歴史が変わるだろう。俺の原作知識が役に立たなくなるかもしれない。…それでも、守りたいんだ!


 「きゃあああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 そんな決意を固める中、聞こえてきたのは羽美ちゃんの悲鳴だった。慌てて駆けつけると座り込んでいる羽美ちゃんがいた。


 「羽美ちゃん! どうしたの!」

 「しょうちゃん! 呪いが! どうしよう、遥香お姉ちゃんに!!」

 「落ち着いて! 大人たちには?」


 羽美ちゃんはフルフルと首を振る。…良かった、まだ間に合った。そう、俺は安堵の息を吐いた。


 「そっか。なら、そのまま内緒にしておこう。俺と羽美ちゃんで遥香ちゃんのことを調べてみよっか?」

 「でも、でもぉ! 呪いなんだよ!! 危険なんだよ!!」


 呪い。それは負の感情から生まれる恐ろしい生物。姿形は普通の動植物と何ら変化がないが、中身は狡猾で残虐。他者を害することに何とも思わないどころか、嬉々として襲う恐ろしい存在。


 …そう、言われている。それなら、大人を頼ろうとするのが当然ではあるけど、それじゃダメなんだ。


 「…大丈夫。もしかしたら羽美ちゃんの見間違いかもしれないし、何より遥香ちゃんが悪い子なわけないでしょ?それに、もし危なくなったら俺が絶対に羽美ちゃんを守るから」

 「…ほんと?」

 「うん」

 「…分かった」


 羽美ちゃんは俺が言ったことを受け入れてくれた。まだ怖くはあるのかギュッと俺の手を掴んでいるけど、2人だけでの調査に納得してくれた。

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