プロローグ
6畳ほどの広さの部屋にとある男がいた。パソコンのぼんやりとした灯りのみで他の光源は無いに等しい部屋で、それでも彼は懸命にキーボードを叩いている。
『…おね、がい。私を、殺、して。人として、最後、ゴホッ! 迎え、たいから』
パソコンの中に写っているまだあどけなさを残した少女が言う。
『諦めるな! 俺がお前を、
これはただの文字の並びである。しかし、そこに感情を乗せているのか、その光景を眺めている男は唇を強く噛み締める。
『…ゆう、ちゃん。ゴホッ! わがまま、言っちゃ、ダメ、でゴホッ! 今しか、ないの。私が、ゆうちゃんのこと、好きだった、私が、いなく、なるゴホッ! 前に。私、の、最後のゴホッ! お願い』
陽毬と呼ばれた女性は困ったような表情を浮かべるようになった。彼女の全身は真っ黒に染まっていき、着実にその面積を増やしている。一体全身が真っ黒になったらどうなってしまうのか?詳しくは分からないが、何か良くないことが起こるのは間違いないだろう。
『そんなこと言うな! 俺は、もう嫌なんだよ! 俺の目の前で誰かが、大切な存在が死ぬのを見るなんて!!』
『ゆう、ちゃんゴホッ! ご、めん、ね?ゴホッ! でも、最後はあなたの手の中でゴホッ! 終わりにゴホッ! してほしいゴホッ! から』
縋り付くように見つめる少女。それとほとんど同じ雰囲気を纏ってるのがパソコンを眺めている男だ。彼は祈るようにして次のシーンに突入した。
『俺は陽毬を…
▶︎殺す
殺さない』
ほんの少しだけ落胆した様子を見せた男は、カーソルを動かすそぶりもなくそのままシーンを進めた。
『うあああああああああぁぁぁぁぁぁ!!』
グシャッという効果音と共にパソコンの画面は真っ赤に染まる。
『あり、がと。好き、だった、よ』
その言葉だけを残して少女は動かなくなった。後に残ったのはゆうちゃんと呼ばれていた少年だけである。
少年は託された。彼女の夢を、思いを、そして力を。そんな彼の活躍により、世界から呪いの脅威が去った。
『ハッピーエンド 『彼女が守った世界』 完』
「クソが!」
パソコンの画面に向かってそう叫んだ男。凝った体を解すように伸びをして立ち上がる。
「何がハッピーエンドだ! ヒロインが死んじゃってるじゃん!!」
全てを吐き出すように叫んだ男は再びパソコンと向かい合う。
「…どうにかしてヒロインの幸せに辿り着けないか? こんなに救いのないことがあってもいいのか? …たかがゲームだ。そのくらい分かってんだ! それでも!」
見落とした部分があるんじゃないかと男は再びニューゲームを選択する。タイトル画面では既にコンプ率100%となっている。
「俺は彼女に救われたんだ! 毎日毎日、何のために生きてるのか分からなくて、そんな日常に嫌気がさしてた。そんなころに出会えたのが彼女だったんだ! 何度も何度も悩む彼女を側で見ていた。…俺だけじゃ無いんだって、勝手に親近感も覚えた」
それに彼はもう何度も何度もこの行為を繰り返している。全ての組み合わせを試した上で、それでも何か変わることを望んでいる。10000回ダメでも10001回目は何か変わるんじゃないかと。
「それなのに、彼女が幸せになってくれなきゃ俺もイヤなんだよ! 俺自身も幸せになれないと言われているみたいで!」
…だけどそんなことはありえない。ただのゲームでエンディングが変わることなんてあり得ない。…はず、だった。
「休日返上上等だ! 俺は彼女が大好きなんだ!!」
土日の休日を使ってパソコンに向かい続けた男。そんな彼は人知れず消え去った。この世界から。あたかも最初からいなかったように。
ちょうどその瞬間に、ゲームのタイトル画面にRe:startが追加された。それを一番望んでいた彼はまだ知らない。
…Re:start。それはネット界隈で大きな反響を呼んだ。それまでの主人公が一気に悪役のようになり、新たな視点は元のゲームでは存在すらしてなかったモブ視点。鬱ゲーだったのが一気にギャルゲーに変化した。
それを彼が知ることはないだろう。…しかし、それは彼が紡いでいく物語。本気で守りたいと思った彼が救う物語。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます