タイガとの絆

金森 怜香

第1話

 これは数年前、15年一緒に暮らしていた最愛の弟……もとい愛犬を亡くして大体49日くらい経った頃。

仕事では上司に無視をされたり、理不尽に攻め立てられたりして、精神的にも参り始めていたころだったと記憶している。

私はいつも通りただベッドに体を横たえる。

密かに、掛け布団の上にズシリとした重量感がかからないか。

そんなことを期待しながら。


 自室で眠っていたはずの自分が見たものは、一階にあるはずのキッチンだった。

自室は二階にある。

もちろん、階段を降りた覚えはない。

だが、キッチンの戸の前に気配を感じて後ろを見る。

『タイちゃん』

ふわふわとした毛のした、茶色い中型犬(大体柴犬程度の大きさを想像していただきたい)がいた。

その犬は、かつてこの家の住人でもあり、最愛の弟でもあり、一緒に暮らしていた犬だった。

『くぅぅん』

聞き覚えのある甘え声に、私は思わず抱き着いた。

あの子の感触だった。

ふわふわで、もふもふの気持ちのいい手触りに、洗い立てでシャンプーの良い匂い。

どうして今、彼がいるか。

そんなことなんて関係ない。

私はただただ彼をただ撫でまわした。

寂しかったと言って抱き締めた。

生前のタイガなら、『姉ちゃんしつこいぞ!』と逃げることもあるくらい撫でまわした。

不思議と、タイガは顔を舐めてくるだけだった。


 しばらくタイガを撫でて、横になって腕を伸ばすとタイガは腕の上にやってくる。

そして、当然のように腕を枕代わりにあごを乗せて寄り添ってくれていた。

不思議とあまり体温は感じなかったけれど、柔らかい毛の感触は感じる。

いつもの癖で、タイガの肉球に鼻を近づけると、太陽のような香ばしい香りがした。

生前のタイガは体温が高めで、暖かい犬だった。

それなのに、体温を感じないのはやはりもうこの世の子ではないからだろう。


 朝日が昇るころ、タイガはまた私の顔を舐めた。

『もう行かなきゃ』

タイガがそう言っている気がした。

「バイバイじゃないよ、またね、だよ」

私は涙ながらにタイガを抱き締めた。

タイガは涙を舐めながら、朝日と共にゆっくりと光の粒になって消えていった……。


 遺影の写真を見ると、やっぱり明るい顔のタイガの写真がある。

写真のタイガが、いつもより明るい顔をしている気がした。

『姉ちゃん、無理すんなよ』

写真のタイガがそう微笑んでいた、気がした。


 数年経って、友人にその話をしてみた。

「タイガくん、なんだかんだお姉ちゃん大好きだったよね。おやつくれるし、ちゃんと寄り添ってくれる犬だったし」

「うん、自慢の弟だし、本で泣いちゃったときに抱き締めていたら、逃げずにしょうがねえな、って顔でじっとしていたこともあったよ」

「だから、きっと最後に会いに来てくれたんだろうね。49日だし」

「しばらく会えないもんね……。虹の橋で待ってなきゃいけないもんなぁ。おじいちゃんたちと遊んでいるんだろうね」

「そうだね、きっと」

友人も笑顔で賛同してくれた。

二人で空を見上げると、ふわふわした入道雲があった。

きっと、タイガは自分の寝やすいように耕して、ゆっくりと寝そべりながら見守っていてくれるように思う。

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タイガとの絆 金森 怜香 @asutai1119

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