初恋なんです。
藤泉都理
初恋なんです。
ふんだんに桜の花が散りばめられた真紅の煌びやかな女性着物を纏い、紅を頬と唇に差し、普段は頭の上部で括っている漆黒の長髪を垂れ流しているのは。
「………何で私がこんな格好をしなければならないんだ」
忍術学園の男性先生、
『先生。お願い。先生が女装をしてくれたら。俺、』
貴琉が受け持つ五年ろ組、少年十一人の教え子が一人、
それはこの六年に進級できるか否かがかかっている大事な試験でも同様に。
一年からずっと同じ釜の飯を食ってきた同組生十人を相手に、たった一人で如何に出し抜き、欺き、闘い、思考も肉体も超回転させて、自分も担任も無事に救出できるか。
また、担任を救出しに来た同組生を如何に阻止するか。
場所も救出する同組生も阻止する同組生も代わる代わる交代で行う。
これが、五年から六年への進級試験の内容であった。
試験官は担任及び、影で見守る他の先生たちが務める。
(まあ、任務だと思えば。それに、あいつの我が儘ももう、聞く必要もなくなるだろうしな)
六年生になればもう、学び舎から飛び出して、実際の任務に就く事になる。
顔を合わせる頻度が減ればもう、女装姿をせがむ事もなくなるだろう。
(喜ばしい事なんだ)
一年生からずっと見守って来た可愛い教え子だ。
一年の時からずっと女装女装と煩く、女装しないとやる気が出ませんと授業を放棄する事も度々で、とても手を焼かされて来たが。
(………あいつ、よく五年生まで進級できたな)
しんみりとしたかったができなかった貴琉は、やおら苦笑を溢した。
阻止する同組生も救出に来た風吹も、槍や手裏剣、忍刀、苦無、鎖鎌、鳥の子、痺れ薬などを使って、物陰や床、壁に隠れては不意打ちの攻撃を喰らわせたり、真正面から待ち受けては対峙したりする中でも、風吹の視線は貴琉に向け続ける。
そんなに女装した姿が気に入ったのかと、苦笑するしかなかった。
(笑う処ではないのだが。まったく、)
「ちゃんと試験に集中しろ、風吹」
「していましたよ。だからこうして無事に先生を救出できたじゃないですか?」
「頭に大きなたんこぶを二つ作っている。無事に救出できるかも合否の判断材料の一つなんだぞ」
「わかっていますよ」
にへらにへら。
抱きかかえる貴琉に注意を受けているというのに、風吹は締まりのない顔を向け続けながら駆け走っていた。
「気を抜くなよ。忍術学園に帰還するまでが試験なんだからな」
「わかっていますよ」
「まったく。何をそんなに私の女装姿が気に入ったんだ?」
「先生の女装姿に心を奪われちゃったんですからしょうがないじゃないですか」
「心を奪われたって。はは。何だ? まさか初恋だとでも言う気か?」
「そうですけど。え? 言っていませんでしたっけ?」
「は?」
寝耳に水の貴琉はしかし、追究したい気持ちをグッと抑えて、もう試験に集中しようと言った。
「先生」
「留年したいのか。その話は後にしよう」
「逃げないで下さいよ」
「しないから。集中しなさい」
「はあい」
駆け走る速度を上げた風吹に抱きかかえられたままの貴琉は、赤面しないよう顔面に力を入れ続けるのであった。
(いや。こいつが好きなのは女装した姿の私であって、私ではないのだから。うん。冷静になれ私。落ち着いて対処すればいいんだ)
(女装した姿が一番好きだけど、でも。女装していなくても好きだって、忍術学園に帰ったら伝えないとなあ。その為にも、試験に合格しないと、格好がつかないよなあ。うし)
駆け走る速度を上昇し続ける風吹は忍術学園に到着するなり、結婚してくださいと貴琉に求婚するのだが、貴琉に返事を貰うより前に、忍術学園に先に到着していた試験官である先生方に、追試だとにこやかな笑顔で言われるのであった。
「えええええ!? 合格じゃないんですか!?」
「風吹。追試頑張れよ。じゃあ」
「ちょ! ちょっと先生!! 逃げないで下さいよ!!!」
「ばかたれ逃げてないわ。次の教え子の処に行くだけだ」
(2024.12.21)
初恋なんです。 藤泉都理 @fujitori
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