4. “第十三”のめし係を信じろ
「追いつくんじゃあ、ねえだろうがよ」
「ぎゃっっ!?」
屋根の端っこ、いきなり横からぬーっと出て来た、ナイアルのぎょろ目と声とに不意打ちを喰らって、アンリは平瓦の上でお尻をすべらせかける。
「な、何ですかー!? おどかさないで下さいよ。ナイアルさんは普通にしてても、びっくりできるお顔なんですからッ」
倉庫の屋根に続く壁沿いはしごをのぼって来たナイアルの顔の下に、ミオナの小さな顔がのぞいた。少女が危なくないように、その両側はしごを副店長がつかんでいる。
「どこに逃げてんだよ、お前は。ミオナに探してもらったんだぞ?」
「……!」
この少女は母親同様、極端に耳が良かった。アンリの独白を聞きつけて、ここまでナイアルを連れてきたらしい。
「お前は兄ちゃんに、正面がちんこ勝負をふっかける予定なんだろうが? 相手は“
「ぎーっっ、腐ってなんかいませんッ。食材は、傷み腐る前に使い切るのが信条ですッ」
アンリはいきり立った。どこまでも方向性が違っているが、とにかく彼の頬ぺたは赤くてかった! 焼きたてぱんのようなつやが、再び
「そうそう。ついでにお前は、兄ちゃんのために料理を作っているわけでもないだろう」
「ち・がーいまーすッ。俺とティー・ハルは、全世界の腹ぺこちゃんを幸せにするため、この世に生を受けたのですぅぅぅぅッ」
かちッ!
真っ赤な焼きたて顔の料理人は、右手を背に回す……革帯に装着していた平鍋を握った!
「ナイアル君……。アンリさんて外出る時、いつもお鍋しょってるの……?」
あごの下から、副店長を見上げてミオナがたずねる。
「……うん、たいていそうだな……」
「燃えよ!!
右手に平鍋をかかげ、いつもの調子で吠える料理人に、ナイアルは声をかける。
「それでだなー、アンリ。そういう全世界の腹ぺこどもに楽しく食ってもらうにしても、俺らは勉強不足だったのだ」
「はいー?」
きょとん、とアンリはナイアルを見た。
「ほれ、お前は“第十三遊撃隊”を楽しく食わせるのに全力投入だったろう? おかげで俺らは大満足だが、それは“第十三”という狭い範囲の満足だったのだ」
はっとした表情で、料理人は副店長のぎょろ目を見つめる。言われてみればその通り、ついつい身内の誰かの好みによった具材を選び、どこか万人受けとは外れた味付けにしていた気が……するかもしれないッ。
「その狭い満足を押し広げて、これからより多くの人びとに満足してもらうには、勉強しなくちゃいかん」
「……顧客の趣味を、第一に……」
ナイアルのさらに外側を両腕内につつむような形で、店長ダンがぬうと出て来た。
「て、店長……!」
ひょろ長でっかい体躯に充血した双眸、その下きっつい
――あまり世間ごとに関与してこないこの人が……まさか、俺のことを心配してくれたと!?
その時、屋根の反対側の端に気配を感じて、アンリは振り向いた。
いつの間に来ていたのだろう、獣人がしゃがんでいる。
「ビセンテさん……!」
「……そっち側、はしごないのに。どうやってのぼったんだよ、ビセンテ……?」
ダンとミオナの顔の間で、ナイアルが片目を引きつらせた。獣人はいつものぶすっと顔/険なしで、じーっとアンリを見ている。
――ああ……皆、俺のことを心配して来てくれたのだろうか!?
感激屋の料理人である。胸中じわりと温かいものを感じて、さらに赤く焼きたてになった。
「……だからな。これからいっぺん心を無にして、昼どき賑わっているテルポシエ中の料理屋に、時々食いにゆこう。その中で今のテルポシエ住民が、何をめしに求めているのか見抜くのだ。それをお前の心と鍋に、しかと刻みこめッ」
「ナイアルさん……!!」
「俺らは、“第十三”のめし係を信じているぞッ」
「ういいいいいいいっっ!!」
副店長の力強い励ましに押され……アンリは頬をてからしつつ、吼えた。
上から下へ、ダンとナイアルとミオナとが、並べた顔をうんうんとうなづかせる。
この感動的な部分において、獣人が後ろから言い放った。
「(鍋底の)ほね、食っていいか」
〇 〇 〇 〇 〇
皆さまごきげんよう。本作品でも注釈を担当している、インテリ王ことパンダル・ササタベーナです。
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