2. どうして鳴くかな閑古鳥

 

・ ・ ・ ・ ・


「うーん! 美味しかったわぁー」



 としま女が満足気に言い放った。食卓の反対側で、料理人アンリはぺかっと頬をてからせる。



「お代わりいかがです! アランさんッ」


「いやいや、もうお腹いっぱいよ~。ミオナちゃん、いただいたら?」



 小っさいとしま女は隣を見やる。魔女・・の母親とナイアルの間に挟まって食べていた暗色髪の少女は、こくんとうなづいてアンリに言った。



「ください」


「はいはいはいはい! お野菜? おさかな?」


「両方ください」



 ぺかぺかぺかッ! 成長期の子どもの食べっぷりに胸をときめかしつつ、アンリはいそいそと立って行って、少女のお椀に大鍋の中身を取り分けてやった。



「いっぱい食えよ、ミオナ」



 親し気に言う隣のナイアルのぎょろ目を見上げて、少女は笑った。



「…にしても、ここの店はさぁー。こんなにおいしい料理なのに、どういう閑古鳥の鳴きっぷりなわけ?」



 ぎくり!


 副店長ナイアル、女将エリン、店長ダン、そして鍋の前の料理人アンリ……厨房の食卓にかけて、まかないの昼食を食べていた“金色きんのひまわり亭”の面々は、魔女の言葉にかたまった。端っこにいるビセンテだけは、何も考えていない。



「……こないだティルムン通商船が到着した時、港で潮汁うしおじるを配ったのは、ちっとだけ効果があったね」



 沈黙をやぶって、冷静なる口調で話し出したのは……店長ダン、の横!背筋をのばしたナイアル母である。



「ここ南区に商談で滞在した人が多かったから、何度も羽振りよく通って来てくれたお客もいたよ。……けれどあの人たちは結局、テルポシエの者じゃないから……」



 そうなのだ。折り返しの通商船が去るとともに、客足はがたりと落ちた。



「いちげんさんばかりでは、到底落ち着いた商売はできないよ。何とか地元客をくくりつけにゃ」


「そいつは百も承知だ、母ちゃん。しかしだな、ここは南区なのであって……」


「……ちょっと待ってよ。いちげん客ばっかりなのに、どうしてうちのヴィーの蜜煮がこんなに売れてんの?」



 ぎく、ぎくり!!


 悪気なくも、痛いところをずばりとつく魔女の質問。ここでは主に、副店長ナイアルと女将のエリンがかたまった。



「実は、その……。蜜煮だけを買いに来るお勤め帰りのお客様が、たくさんいらっしゃるんです……」



 そろそろっと、エリンが言った。長い不遇の時代を耐え、めでたくテルポシエ女王を引退して“金色きんのひまわり亭”の雇われ女将になった彼女は、今でもおひいと皆に呼ばれている。



「一度来て、食後の甘味に蜜煮を食べて気に入ったから、帰り際によって家へのお土産にする、ってこと?」



 金髪とも赫毛あかげともつかない、その中間が段々と虹になったような髪を振って、“声音こわねの魔女”ことアランは首をかしげた。


 現在、都市国家テルポシエの軍事顧問として頻繁に市城に通う元傭兵のこの小柄なおばさんは、家族とともに近郊の村に住んでいる。夫のヴィヒルが蜜煮職人をやっていて、その自慢の蜜煮壺の数々をついでに“ひまわり亭”に配達することもよくあった。たいてい長女のミオナがついて来て、荷物を運ぶのを手伝う。



――このままではいけない。絶対にいけない!



 その場にいるほぼ全員がわかっていた。頻繁に配達してもらうほど、ヴィヒルの蜜煮は人気なのだ……。しかし!



「ここはお料理屋。“ヴィヒル蜜煮”の支店じゃないでしょうに……」



 ずどーんと低く、声音の魔女は言い切った。


 重苦しい沈黙が、食卓の上にかぶさった……。はらはらして、ミオナは横のアランを見る。今年十一になった娘はすでに母を追い越しているから、目線は水平だ。次いで少女は反対側のナイアルを見上げる。


 副店長はぎょろ目を大きく見開いている、……しかし真面目に冷静な顔つきだった。


 がたんっ!


 荒々しい音、料理人が腰掛けから立ち上がったのだ……。うつむけた顔が、誰の目にも真っ赤である。



「申し訳……申し訳、ありません! 皆さんッ……。俺が、ふがいないばっかりにぃぃっっ」



 語尾がそのまま外に流れてゆく。アンリはたたた、と厨房裏口から走り出た。

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