第2話 虹をかける人
昔々あるところに、一つの王国がありました。王国は、皆さんの住んでいる世界とは、少し違う理で動いていました。
例えば、皆さんの国では、太陽や月は、一人でに昇ってくるものでしょう?誰かが動かしているというものでもありません。
しかし、この王国では、太陽は天守りと呼ばれる王様が動かしていました。朝になったら太陽を空にかかげ、夜になったら地平線の向こうへ沈めるのです。
また、夜空に輝く月を空にかかげるのは、砂漠の塔で暮らす魔術師、モーブでした。モーブは要するに月守りでしたが、人々にはただ魔術師モーブと呼ばれていました。そう、王家の人間たちは、王家の権威を守ために、神の生まれ変わりである天守りだけが、空の太陽や月を動かしていると人々に言い広めていたのです。しかし実際は、その仕事は魔術師と半分ずつ分け持っているものでした。
さて、ある月のない夜のことでした。その日は新月で、モーブの仕事はありませんでした。それをいいことに、モーブは塔を抜け出し、王国の城に忍びこみ、次期天守りである王女、ローズ姫をさらいました。モーブは、天守りと呼ばれる王家の人間達だけが、空の仕事をしていると人々に言い広められていることに不満を抱いていたのです。
王は、ローズ姫のことが心配で、すぐに国中におふれを出しました。ローズ姫を連れ戻したものにほうびをやる、というものでした。
たくさんの騎士や勇者が砂漠の塔へ向かいました。しかし、誰もローズ姫を連れ戻せませんでした。モーブの力が強すぎたのです。なんでも、モーブは魔法の鏡を持っていて、うつしたものを何でも増幅してはね返すことができるというのです。その力により、人々は次々となぎ倒されてしまいました。
ある日、一人の道化師、フジがローズ姫を連れ戻すと名のりをあげました。フジは、素晴らしい曲芸をすることができましたが、それでも人々を笑わせることができませんでした。彼自身、うまく笑うことができなかったせいかもしれません。
塔へ向かうと言い出すフジを、人々は大いに笑いました。人を笑わせることすらできない道化師に、何ができる、と。
しかし、フジは塔へ向かいました。
フジは、財産はあまりありませんでしたが、一冊の本を大切に持っていました。その本は、魔法の本でした。その本にはたくさんの魔法の使い方が載っていました。例えば、こんな風に書かれていました。
「〜柒つの力を持つ光の作り方〜
壱、天神の泪、錻力の如雨露になみなみと注ぐ
弍、如雨露を持て日神を背に天神の泪を空に放つ」
フジはその本と仕事で使う笛を手に塔へ向かいました。
ある夜、フジは、塔にたどり着きました。塔のてっぺんのモーブと向き合うと、モーブは笑って言いました。
「道化師フジよ。よくぞここまでやってきた。その勇気はほめてやろう。しかし、ただの道化師が、何を持ってこの私と戦う?私には、魔法の鏡がある。お前の攻撃は、増幅されてお前に返るのだ」
フジは、本を持つ手に力を込めました。フジは、本を何年もくり返し読んだので、ほとんど中身は暗記していましたが、今回はあえて、この本を持って来ました。この本があればモーブに勝てる。そう確信していました。
本の一番後ろのページには、こう書かれていました。
「〜対象を千年の眠りに誘う旋律〜」
この言葉の後には、長い長い楽譜が続いていました。
フジは、耳栓をして、持ってきた笛を取り出しました。そして、本を開いて足元に置き、笛を吹き始めました。モーブは、笑って、
「気が狂ったか。たかが楽の音で、この私を倒せるとでも思ったか」
と言いました。しかし、すぐにモーブははっと気づきました。
「これは……、この曲は!まさか‼︎」
そうです。フジは本にのっているあの曲を吹き始めたのです。
「くっ、しかし、きさまの攻撃など、この鏡で増幅してはね返せばよいだけのこと‼︎」
モーブは、鏡を使って楽の音を跳ね返そうとしました。しかし、鏡には音はうつりません。モーブは、何もはね返すことができませんでした。
モーブのまぶたがだんだん下がってきました。楽譜の最後の音をひき終わるころに、眠気に逆らいながら、モーブは言いました。
「その本、持っていたのだな……。我ら魔術師一族の本、力を持つものにしか使えぬ魔法の本……。きさまは、私と同じ、魔術師の末えいだったのだな……」
そう言い終えると、モーブは千年の眠りにつきました。
フジは、牢に閉じ込められていたローズ姫を助け出すと、城に連れて帰りました。
ローズ姫が無事だったことを喜んだ王は、フジに、ローズ姫と結婚させてやると言いました。しかし、フジは、
「私がモーブを倒したことで、今の月守りがいなくなりました。これは、私の責任です。代わりに私があの塔で月守りをします。私は魔術師の末えいなので、その仕事ができます。いや、私にしかできません」
と言いました。
「しかし、そなた、ローズ姫を助けてもらったのに、そなたをあの塔にしばり付けるわけにはいかぬ……」
王はそう言いましたが、それに対してフジは、
「良いのです。もともと私は一人でいる方が性にあっているのです。ただ、一つだけお願いがあります。ローズ姫の誕生日に、塔の外に出てお祝いをさせてください」
王はその願いをきき入れ、フジに月守りの仕事をたくしました。今後は月守りの仕事をフジがやっていると人々に告げると言って。フジはそんなことどうでもいいようでしたが。王とローズ姫は、フジの気持ちを理解できぬまま、フジが砂漠の塔へ帰ってゆくのを見守りました。
それから、数ヶ月経ちました。
今日は、ローズ姫の誕生日です。ローズ姫は、数ヶ月前、フジが言っていたお願いのことを思い出しました。フジは、本当にお祝いをしてくれるのだろうか。また会えるのだろうか。ローズ姫は、国民に挨拶するために城の謁見台から外へ出ました。
その時です。ローズ姫は、目にしました。よく晴れた空に、大きな虹がかかっているのを。
ローズ姫は、嬉しくなって、たくさんの国民に笑顔で手を振りました。国民も、みんな笑顔です。
と、その時ローズ姫は気づきました。遠くに、ただ一人、自分を背にして立っている者がいます。手にはブリキのジョウロと、見覚えのある鏡を持っています。
そうだ、魔法の鏡でもなきゃ、あんな大きな虹は作れない。
ローズ姫は、やっとわかりました。フジが、来てくれた。今日のために、虹を作ってくれたのだと。
人々もローズ姫も、誰もが幸せそうに笑っていました。あのうまく笑えなかったフジですら、です。
その後、王国は何年も、天守りローズと月守りフジによって、平和を保ち続けました。
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