第3話 ギルドの就職面談を受ける。
調布にあるダンジョンギルド、『カーバンクル・ホーム』の事業所は調布駅北口広場の近くにある。
三階建ての真新しいビルに、慣れないスーツを着て入った俺は【就職試験会場】という案内板を頼りに三階へと上がった。
試験内容は筆記と面接。筆記は一般常識とダンジョン探索に関する知識を問われる。この辺は免許習得時の学科試験と変わらない。
午前の学科試験を終え、昼休みののち、俺は他の応募者たちと共に待機室へと案内される。
他の応募者たちは十名ほど。年齢も性別もバラバラだが、堅気ではない雰囲気を放っている。たぶんフリーランスの探索者だろう。
ダンジョンの探索業で食えなくなったので、応募してきたのかもしれない。
彼らは俺と同じC級だろうか。それともB級? A級だったら、この応募に勝ち目はないな。
周りに目を向け、あれこれ考えるが、やがてこの思考自体が無駄だと気づき、一度息を吐いた。
意外と胸の内は落ち着いている。
やるべきことをやるだけ、という気持ちになっている。
落ちたところで死ぬわけじゃないしな。
自分でも、どうしてこんなに落ち着いているのか不思議で仕方ないけど。
「行永さん。次、どうぞ」
「はい」
案内員さんに従い、俺は待機室を出て、面接会場へ向かう。
部屋の扉には【第二会議室】のプレートがかかっていた。普段は会議室に使われているらしい。
扉をノックする。向こうから「どうぞ」という声が聞こえた。
「失礼します」
入室すると、大広間にパイプ椅子が一脚置かれ、向かい合うように長机が設置されている。長机の席についている面接官は二人。
髪を結わえた色っぽいお姉さんに、赤いアロハを着たロン毛のおじさんである。
……赤いアロハを着たロン毛のおじさん?
「おう、よく来たなあ! まあ座りなさいな」
おじさんは声量がすごかった。鼓膜が震えそうな声だ。
俺は圧倒されながら、一礼し、椅子に着席する。
「はじめまして。『カーバンクル・ホーム』の所長、
「は、はじめまして。行永太郎です。本日はよろしくお願いします!」
そのまま志望理由を話そうとするが、田名部さんは手を挙げて制止する。
「いいよ、志望理由なんて。どうせ書類に書いてることとおんなじでしょ?」
田名部さんはにやりと笑った。
「せっかく来てくれたんだ。ざっくばらんにおしゃべりしましょうや」
よく見ると田名部さんの襟元からはえぐいデザインのタトゥーが覗いている。トライバルタトゥーっていうんだっけ。
就職したら、この人がボスになるのかー。
なんてイカつい職場なんだ……。
「行永さん、心配しないでくださいね」
色っぽいお姉さんが申し訳なさそうに言った。
「田名部さん、コンプライアンス意識はとても高い方なんです。決して反社の構成員ではないのでご心配なく」
「えっ? 私、そんなに反社っぽい?」
「見た目がハードなのは確かですね」
「おいおい。人を見かけで判断するなよな。第一印象だけで人間性なんてわかるわけねえだろ」
その意見には同意であるが、応募者を第一印象で振るい落とす就職面接でそれを言うのはいかがかと思う。TPOはわきまえてるので、さすがにツッコミは我慢した。
「とにかく行永さんも気にしなさんな。うちはアットホームな職場を目指してるから、すぐに仲良くなれるよ!」
「ブラック企業の常套句!」
我慢できなかった。
だって、あまりにテンプレのキャッチコピーすぎるんだもの!
しかしブラックな企業ほど、アットホームな職場やら風通しのいい環境といったワードをやたらと使いたがるのはなんなのだろう。
田名部さんの目つきが明らかに変わった。
「反応が早いね。君、ツッコミ体質?」
ヤバい。さすがに今のは失言だったか。
「す、すいません。失礼なことを言って……」
「いいよ、いいよ。会話のキャッチボールができるのは大切なことだ」
キャッチボールできてる?
どちらかというと千本ノックのほうが近くない?
「しかし君、なんでうちに応募してきたんだい?」
いきなり田名部さんが強打を放ってきた。
俺は頭で考えるのをやめ、反射的に出てきた言葉に任せた。
半端なウソは見抜かれる。
心に浮かんだ言葉を信じていくしかない。
「志望理由は書類に記載したとおりですが」
「『探索者の知見を活かして、支援に回りたい』なんて、テンプレの口上には興味がないよ。君の本心を聞かせてほしい」
「本心、ですか」
ちらりと横目でお姉さんの様子も覗き見る。お姉さんも今度は突っ込まず、俺の反応を伺っているようだ。
ぴりっとした緊張感が走る。
しかし、自分でも不思議なほど心は落ち着いている。
俺は素直な気持ちを話すことにした。
「俺は探索者として、あちこちのギルドを活用してました。自分の冒険に夢中で、サービスを受けるのが当たり前だと思ってました。探索者たちがギルドから得ている恩恵の大きさを、わかっていなかったんです」
意外なほど、言葉がすらすらと出る。
頭に浮かんだのは例の夢だ。
異世界メルディアのダンジョンは、一言で言えば地獄だった。
脅威となるのはモンスターだけではない。ダンジョンを根城にする夜盗、荒くれものたちを始め、人間そのものが脅威となる。
ダンジョン攻略に挑む冒険者同士の殺し合いを目の当たりにしたのも、一度や二度ではなかった。
ヘンな言い方だが、こっちの世界のダンジョンは治安がいい。
ギルドで働く人たちによって、どのダンジョンも適切に管理されている。攻略に挑む探索者たちの状況を的確に把握しており、日夜起こる様々な問題に対処している。
おかげで俺たちは、ダンジョンなんてわけのわからないものとも付き合えている。
「俺はこれまでさんざん、探索者として呑気に過ごしてきました。だから、今度は支える側に回りたいんです。俺みたいなのが、趣味でダンジョン攻略を続けられるように」
喉がカラカラになる。
初対面の人間に、こんなに一気に話したのは初めてかもしれない。言い終えてから、気恥ずかしさを覚えた。
「なるほどねえ」
田名部さんは目を細めながら、俺を見る。
迫りくる審判の時に、ぎゅっと拳を握ったが――
「うん。行永太郎さん、採用」
採用の二文字を理解するのに、少し時間がかかった。
戸惑う俺だったが、田名部さんの隣にいるお姉さんも困惑したように尋ねる。
「田名部さん。まだ他の応募者の方がいるのですが……」
「えー。他の連中って、まともに履歴書も書けてなかった組でしょ? もう面倒くさいから帰しちゃいなよ。なんで書類選考で落とさなかったの?」
「掘り出しものがいるかもしれないから、面接だけはしようって言ったのは、田名部さんですよ」
「そうだっけ?」
夫婦漫才のようなやり取りを経て、お姉さんは諦めたように嘆息した。
想定外の運びに慌ててはいないあたり、これくらいは日常茶飯事なのかもしれない。
「行永さん」
と、田名部さんは真面目な顔になって言った。
「君と働きたいと思ったのは本当だ。君の言葉には実感がこもっていた。経験に裏付けされた言葉なのだろう。そういう人間は信頼に値する。佐藤さんもおなじ感想なんじゃないか?」
「……ええ、まあ。今日お会いした方のなかでは、一番好印象でした」
お姉さん、もとい佐藤さんはそう言って微笑みかける。
「改めまして、総務課長の佐藤です。これからよろしくお願いしますね、行永さん」
どうやら本当に採用が決まったらしい。遅れてきた実感がじわじわと体中を駆け巡る。次の瞬間、俺は椅子から立ち上がった。
「ありがとうございます! こちらこそ、よろしくお願いします!」
「はい。期待してますよ」
田名部さんはごつい手をこちらに差し出す。握手しようと手を伸ばした俺は、田名部さんの左手の小指がないことに気づいた。
「あー、これ。探索者時代にダイアウルフに噛み千切られてね。指詰めみたい、ってよく言われるんだ、はははは!」
本当にここ、健全な職場で合ってるよね?
なにはともれ、こうして俺の就職は決まった。
ギルド職員として新たなスタートを切ることになった。
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