エレベーター
大鐘寛見
エレベーター
エレベーターって怖くないですか?
僕は閉所恐怖症とかでもなんでもないんですけど、子供の頃、友達が住んでいた社宅マンションのエレベーターが怖くて仕方がありませんでした。
その社宅は築何年か知りませんけど、10階建でお世辞にも綺麗とは言えないマンションでした。
各階には2部屋しかなく、縦長の棒アイスのような見た目のマンションです。
僕の友達のHくんはそこの10階に住んでいました。
1番上の階ですね。
僕はそのマンションのエレベーターがとにかく嫌いでした。
大きな鏡があり、中の壁は黄ばんでいて、ボタンの文字もところどころはげている、まさにホラー映画とかに出てきそうなエレベーターです。
夕方暗くなってからHくんの家を出るときは、わざわざ階段を使って1階まで降りていました。
それくらい、当時の僕にとってはそのエレベーターは怖かったのです。
なぜかは分かりません。
雰囲気でしょうか、それともそこに住まう何かに子供ながら怯えていたのでしょうか、とにかくあまり乗りたくありませんでした。
その日もいつもの様にHくんの家にお邪魔していました。
僕以外にももう1人友達が来ていました。
しかし、その子はスイミングを習っていて、16時には帰ってしまいました。
基本的に僕たちはいつも17時まで遊んでいたので、その日も17時までHくんの家でゲームをしていました。
17時になり、僕は1人でエレベーターに乗り込みました。
内心かなり嫌な気分でした。
当時はイヤホンどころか携帯すら持っていませんから、音楽を聴いて気分を誤魔化したりできないわけです。
エレベーターの中にはガタガタと揺れる音だけが響いていました。
Hくんの部屋は10階なので体感的に結構長い時間エレベーターに乗ることになります。
僕は今何階にいるのか表示している数字を見つめながら、早く着いてくれと祈っていました。
そして、一階に着き扉が開く瞬間でした。
耳元でフフッと誰かが笑った気がしました。
僕はかなりビビっていたのもあって、バッと勢いよく後ろを振り向きました。
驚いた顔の僕が鏡に映っているだけでした。
僕は怖くなって逃げる様に帰りました。
その話を親や、友達に話しました。
もちろん、「気のせいだよ。」と笑われました。
僕も気のせいだと思っていました。
そしてしばらく経って僕がそのことを忘れそうになっていたくらいのころです。
その日僕がHくんの住むマンションに着くと、エレベーターが一階に停まっていて、ドアが開いていました。
多分僕がその時まで経験していなかっただけで、恐らく仕様としてあるのでしょうけど、その時の僕はものすごく怖く感じました。
そして、かなり疲れますが10階まで階段で上ることにしたのです。
昼間で明るいですから、かなり恐怖は軽減されていました。
そして、ある程度階を上がったときでした。(階段を上ることに必死で何階かは覚えていませんが、恐らく5,6階ほどだと思います。)
エレベーターが停まっていました。
ドアは開いていませんでした。
でも、中に女の子がいました。
鏡の方を向いていて、長い髪の毛が見えました。
僕は今までの疲れが無かったかのように全速力で階段を駆け上がりました。
とにかく無心でした。
そして、気がつけば10階にいました。
エレベーターは6階のままでした。
僕はHくんの部屋のインターホンを鳴らして、「はやくきて!」とHくんに言いました。
Hくんが出てくるまでの間、恐怖で気が気でない状態でしたが、特に何も起こらずHくんの部屋に入りました。
そして、この話をHくんにしました。
「このマンション、変な女の子住んでる?」
「え?いや見たことないなあ。」
「今日階段使ってここまで来たんだけど、さっき、6階でエレベーターの中に女の子居て。」
「そりゃ、マンションだからいるでしょ。」
「違うんだよ、エレベーターの中で立ってるだけだったんだよ。エレベーター動いてなくて。」
「たまたまタイミング的にそう見えただけじゃないの?」
「いや、鏡の方向いてたから、絶対おかしいよ、あの子。」
僕の必死の訴えも虚しく、Hくんに信じてもらうことは出来ませんでした。
そして、その日はどうも気分が上がらず、16時ごろにHくんの家を出ました。
そして、僕が異常なまでに怖がっているからか、一応エレベーターの前までは着いてきてくれることになりました。
Hくんの部屋を開けてすぐのところにエレベーターがあるのですが、僕は部屋から出た瞬間、恐怖で体が凍りつきました。
10階にエレベーターが停まっていました。
ドアも開いていました。
そして、女の子もいました。
女の子は相変わらず鏡の方を向いていました。
鏡に映る女の子は顔が見えないほど髪の毛が長く、ボサボサで、俯いていました。
僕は「どうしたの?なんかいた?」と聞きながら部屋から出てきたHくんに、声にならない小さい声で「あれ!あれ!」とエレベーターを指差しながら言いました。
「なに?普通じゃん。」とHくんは僕に言いました。
僕は「女の子、赤い服の、立ってる。」とめちゃくちゃな文法になりながらも必死に伝えます。
しかし、Hくんは「何もいないって。しつこいよ、もういい?」と部屋に戻ろうとします。
どうやら僕がHくんを怖がらせようとしていると思っている様です。
僕は「本当にごめん、下まで着いてきて。」と言ってHくんを無理やり階段で1階まで着いて来てもらいました。
Hくんは途中かなり僕に文句を言っていましたが、正直居てくれるだけでかなり恐怖心が和らぎました。
僕たちは少し焦りながらも、落ち着いたペースで1階を目指しました。
そして、2階から1階に降りている途中のことです。
下からチーンというエレベーターが到着したことを伝える音と、「ドアが開きます。」というアナウンスが聞こえました。
僕は、あの女の子が1階に降りてきたのだ、と直感しました。
Hくんは急に立ち止まった僕に「急にどうしたの?」と困惑した様子で尋ねました。
僕は「さっきの子が1階に降りてきたんだよ。もう逃げられない。」と泣きそうになりながらHくんに訴えました。
Hくんには女の子が見えていないので、「はあ...?早く行こうよ。」とイマイチ要領を得ていない様子でした。
僕はHくんの後ろに隠れながら恐る恐る階段を降りてエレベーターの方を見ました。
エレベーターは1階に停まっていて、扉は開いていました。
でも、中には誰も乗っていませんでした。
僕は誰もいないことにとても安堵し、Hくんを追い越して1階まで降りました。
僕はHくんにまだ何も言っていないことを思い出して、Hくんにお礼を言おうとしました。
その時、耳元でフフッと笑い声が聞こえた気がしました。
僕はHくんの方へ慌てて振り返りました。
あの女の子がいました。
僕は声も上げられずに、走って逃げました。
自転車も置いたまま、マンションから出て少しのスーパーまで走りました。
買い物をしている人たちを見て、やっと現実から解放された気がしました。
それ以来、Hくんの家には行っておりません。
それどころか、Hくんとすら距離を置いてしまいました。
学校で会うHくんが以前とは少し違った様に見えて怖かったのです。
Hくんは親の転勤でそのあと他県に引っ越してしまい、もう会うことも出来なくなってしまいました。
この話を思い出したのは、ついこの間、地元に帰ったときその社宅があった場所を通りかかったからです。
もう社宅は取り壊されて、新しいマンションの建設中でした。
あの女の子は、新しくなったマンションにもまだ出るのでしょうか。
それともHくんの方にいるのでしょうか。
エレベーター 大鐘寛見 @oogane_hiromi
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