第36話 覚醒する前世の記憶


 長い旅路を超えて魔王城にようやく辿り着いた俺達はすぐに姫の救助に向かった。


 ミゼリーナ姫は地下室の牢屋に監禁されていて、俺達は鍵を守る番人を倒してそれを入手して、姫の元へ辿り着いた。


 姫を牢屋から救い出し、そのまま連れて帰る。


 計画通りにことは進み、ようやく姫の元へ辿り着いたのだ。


 勇者イセトの幼馴染であるミゼリーナ姫は助けに来た俺の姿を見ると泣きながら抱き着いた。


「ありがとうイセト。これた城にようやく帰れるのね。とても怖かったわ」


 この世界では大人といわれる年齢とはいえ、姫はまだ十七歳だ。勇者イセトと同じ年である。


 わけのわからない場所に監禁されていて怖かったのだろう。ようやく助けが来たということに安心したのだ。


「イセト、私は早く帰りたいです。このまま城へ連れて行ってください」


「もちろんです。俺達が無事に城に連れ帰ってみせます。安心してください」


 後は大広間を通り抜けて、入り口に戻ればいいだけだ。

 そこからは転移魔法で城へ帰れる。


 俺達は地下から脱出した。そのままこれまで来た道を戻り、あとは大広間を通って入り口から城へ帰ればいいだけのはずだった。あと少しだった。


 大広間に邪悪な気配が立ち込め、黒い霧で出来た壁が俺達の行く先を封じた。


「愚か者めが。お前達をやすやすと帰すと思っているのか?」


 そこに現れたのは姫を攫った張本人である魔王・ロージドだ。


 顔が見えない髑髏のような形の仮面に包まれており、漆黒のマントを羽織っている。


 魔王といっても、人間と大して変わらない体形だった。


「姫を奪われては困るのだ。姫を置いて行ってもらおうか」


 俺は姫の前に出てかばうような姿勢になりながら、魔王にこう言った。


「なぜミゼリーナ姫を攫った! 姫が何をしたっていうんだ」


 世間では魔王は姫を生贄の儀式にしようとしているという噂を聞いた。


 魔王が姫を何らかの儀式の生贄にしようとしているから早く助けに行かねばならないと俺達はここまで来た。


 しかし、その儀式とは何をする為なのかまでは知る事ができなかった。


 その言葉を聞くと、ロージドは「くっくっく」と笑った。


「お前達はどうせここで死ぬ。ならば冥途の土産として教えてやろう。そのミゼリーナ姫は守護神メルティスの加護を受けて生まれた。つまり、その姫の魂そのものがこの世界を包む膨大な精神力を持っている。その姫を我が魔族のドメキラの生贄に捧げれば、我が肉体はその強大な精神力を得るというわけだ。そうすれば世界を包み込むほどの魔力を得ることができる」


「なんだって!?」


 フィローディアの王家に生まれる子供は守護神の加護を受けていると伝えられている。その中でもミゼリーナ姫は歌声という特殊な能力を受け継いでいた。


 それには加護の力が大きく、その能力は世界を悪しきものから守るという要素もあった。


 それがロージドが姫を攫った理由だった。ただの人攫いではなく、自分の力に利用する為、そして世界征服の為に魔王が自身に膨大な力を得る為。


 儀式とはそれが目的だった。だから姫を生贄に捧げようとしていたのだ。


「まだ時は満ちていない。我が肉体は不十分だ。だがお前達が姫を連れて行くというのならば、今すぐ儀式を始めなくてはならない。この場で儀式を始めるとしよう」


 ロージドは腕を上げ、円を描くように指を宙に動かした。


 ロージドの指から光が出てきて魔法陣のようなものを宙に描く。


 そこから出た光がミゼリーナ姫に向かって超高速で飛び出した。


「姫!」

 俺は咄嗟に守ろうとした。しかし、僅かな差で間に合わなかった。


「きゃあっ」

 ミゼリーナ姫が光を浴び、それと同時に紫色の球体のような膜に包まれた。


「姫! くそっと、なんだこれ!」


 俺がその球体に触れようと必死で腕で叩こうとするがが球体はまるで何かの液体が塗られているかのようにぬるぬると滑って触れることができなかった。


 姫の身体はそのまま宙に浮き始め、あっという間に天井の高さにまで飛んだ。

もう俺には届かないくらいに高く高く飛んで行ってしまった。


 姫が球体の中で必死で膜を叩きながら何か叫んでいるがようだが俺には聞こえない。

 どうやら防音装置のような役目があるようだ。


「ポフィ! 姫を助けろ!」

「はい!」

 ミニドラゴンのポフィがすぐさま翼で高く飛び、高く浮いた姫へと突進していった。


 しかし、その途中で何かに弾かれたのかポフィは「うぐっ」と声をあげると手足に力が入らなくなったのか、仰向けになるように落ちてきた。


「ポフィ!」


 俺はすぐさまポフィの落ちてきたる場所へ走り、ギリギリでポフィを手で受け止めた。


「どうした!? しっかりしろ!」


「ダメです……。何かバリアのようなものが張ってあるんです」


「バリアだって!?」


 ポフィが姫を追いかけ球体に向かって飛んでも、それは何か不思議なものに拒まれてしまうと。


「無駄だ。そのバリアはどんな力も通さん。愚かだな。守るべき姫をこんなにもあっさりと私に奪い返されるとは」


 俺達の焦りをまるで喜劇を観ているかのように、ロージドは楽しんでいた。


「くそっ、ジュディル、風の魔法を使うんだ! ラミーナ、何かできないか!?」


「だ、だめっす! さっきから魔法を使おうとしてるけど発動しないっす!」


「私も魔法が使えません! 何か謎の力に消されてしまいます……!」


 俺も能力を発動させようとしたが、それは全く出なかった。


「くそ! どうなってるんだ!? なぜだ!?」


 これまで無敵だったはずの勇者パーティである俺達が、まさかの能力が使えないという事態に陥ったのだ。


「この空間そのものを封じた。何人たりとも私以外の者が魔法を使うことはできんのだよ」


 俺達は必死で何かができないかともがいた。


 周囲に広がった黒い霧の壁を破ることができないかと走り出そうとしたその時だ。


「動くな、動くと姫はすぐ殺す」


「くっ!」


 姫を人質に取られ、俺達はその場で動けなくなった。下手をすると姫が殺されてしまうと緊張が走った。


「まあ、どちらにせよこの姫はもう助からんがな」

「どういう意味だ!」


 ロージドはばさっとマントを広げ、両腕を天井に向かって掲げた。


「この広場こそが儀式の間である! この魔王城の出入り口は我が力を外から吸い寄せる入り口となっているのだ!」


 姫を包んだ球体の周囲に八つの青い炎が燭台のように灯された。


 その青い炎は姫を包むように囲み、その勢いをさらに増して燃えていた。


 つまりはこの大広間そのものが祭壇になっており、姫が生贄に捧げられている儀式が始まったということだ。


「そんなことはさせるか……ぁ……」


 姫を助けねば、と身体を動かそうとしたが足に力が入らず。立ち眩みがした。


 急に体に力が入らなくなり、俺はその場に倒れた。まるで身体が鉛のように重い。

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