第37話 前世での最後の記憶

「な、に……」


 起き上がろうとするも、身体の血液がまるで固まったかのように、身体が硬直していく。


 手足に力が入らない。ぐっと身体に力を込めてもまるで何かに拘束されているかのようだった。


「な、なんだこの力は」


 なんとか必死で唯一動く目で周囲を見てみると、仲間達も同じように倒れていた。


「ジュディル、ラミーナ、ポフィ、誰か動けないのか」

「だ、だめっす」

「体が動きません」

「僕もです」


 誰も動くことができない。魔王を前にして俺達はなすすべを完全に失ったのだ。


「この力はまだ早すぎた、しかしお前達に阻止をされるならば今ここで発動させるしかない」


 ロージドが宙に手を広げると、そこにはまるで蛇のような動きをした光が周囲を泳ぎ始めた。


 そしてその光は一斉にロージドの身体に吸い込まれるがごとく、集中して入っていった。


「姫を手元に置いて、私の体が成熟した頃に、この姫を食らうことで絶大な力を手に入れるつもりだった。だが時間がない。今こそ、我が覚醒の時」


 ロージドの身体の中にまるで蛇が這っているかのように、ぐねぐねとうごめきながらみるみると身体が巨大化していった。

 それはもはや巨人のごとく、人間の身長の何倍もの大きさになった。

 そして牛のような大きな角が生え、まるで獅子のような大きな口に鋭い刃物のような牙が生える。

 充血したような巨大な目が顔の中心部につき、手足は大きな獣のように鋭い爪が伸びている。

 異形の怪物のような姿になり、黒色のマントが名残になるだけだった。


 そして大声で奇声を上げ、それは大広間中が振動するほどだった。


「これが我が真の姿だ! これを見て驚いたか!」


 ロージドはこの姿を自慢するかのように大声でそう叫んだ


「くそ、化け物……め」


 身体が動かない俺は残った理性で罵るように口走った。


「本当はもっと力が溜まってからこの姿を披露をしたいところだったが、そんなことをする前にお前達はここへ来てしまった。このまま姫を逃せば私の目的は達成させることができぬ。だから今ここで! 私は姫を生贄に捧げ儀式を行う!」


 魔王がまるで風穴のような真っ黒な穴を空中に出現させた。


 その穴の周囲には紫色の煙のようなものが渦巻いている。


「姫を捧げよう。我に力を」


 姫の周囲の青い炎が一層激しく燃え上がり、球体の姫を包み込んだ。


 中にいる姫はあっという間に焼け死ぬだろう。


「やめ……ろおおお!」


 俺は必死で腕を伸ばした。もう指一本すら動かせない状態だが届かないとわかっていても、なんとか姫を取り戻そうとしていた表れだ。


 しかし、俺の意思もむなしく、姫はその炎に飲み込まれた。


 姫を飲み込んだ炎はそれを燃料にしたかのように、さらに燃え上がり大広間中を包み込んだ。


「ミ、ミゼリーナ姫……!」


 助けようとしたはずの姫が今、その体もろとも失われた。


 恐らく儀式によるこの炎に焼き尽くされ、それを燃料にされたのだ。


「う、嘘だろ……」


 信じられない光景に、俺は涙を流した。


 姫を助けるためにこれまで長い旅をしてきたのに、それには長く困難な壁も立ち塞がった


 仲間達と共にその苦難も乗り越え、やっとここまで辿り着いた。


 しかし、その目的だった姫を助けることもできずにたった今、目の前で失ってしまった。


 俺は絶望になった。自分の目の前で助けるはずだった姫が犠牲になった。


 姫を飲み込んだその炎はあっという間にこの大広間いっぱいに広がり、俺の周囲は一気に高温になった。このまま自分達もこの炎に包まれて死ぬかもしれないと身体が震える。


「ははは、これが力か。身体の底から漲ってくるぞ!」


 魔王の身体が大きく震え始めた。

 まるで体の中から大蛇がうねっているかのように、ところどころ膨らんでは縮んだりと、何かおかしな動きをしている。


 ロージドの身体はさらに巨大化されていき、それはもはや巨人というよりもこの城よりも体積の大きい異物になるかのように膨れ上がっていった。


 目の前で魔王そのものが巨大な化け物となり、それは今にもこの世界を支配できるほどのパワーを持った存在になってしまったのだろう。


「やはり言い伝えは本当だったな。フィローディアの姫を生贄に捧げれば膨大な力が手に入ると。私はようやくそれを達成させられた。これがあればこの世界は私のもの」

 ロージドは大きな声をあげて笑った。


「ちっく、しょ……」


 俺達は結局、姫を救うことなんてできなかった。

 姫は生贄として捧げられ、それを阻止もできず、易々と儀式を成功させてしまった。


 しかし、ロージドの身体に変化があった。


 膨大な力を手にしたはずのロージドの身体が、そのエネルギーに耐えられなかったのか、大きく震え始めたのだ。


「く、なぜだ。なぜ制御できない。私が未熟だったからか」


そのパワーは魔王の体までもを内側から爆破しそうだった。耐えきれなかったのだ。


 本来は魔王の肉体が十分に育ったところで行うはずだった儀式。


 それをイセト達がそれより早く辿り着いたからこそ、まだ魔王の肉体は完全にそのことができるまでに成熟していなかった。


 なので急いで儀式を行うも、未成熟な魔王の肉体は姫を生贄とした儀式で得るはずだった膨大な力を抑え込めなかった


「ふん。ならばお前達も喰らいつくしてやろう。勇者イセトの家系は王家につかえる聖なる血筋。お前の身体も役に立つはずだ。お前一人であの世へ行くのは寂しいだろうから仲間達も道連れにしてやろう」


「や……め……」


 ロージドが両腕を広げて何やら波動を出した。


 それはまさに火に油を注ぐという言葉通り、大広間に広がった炎はさらに勢いを増した。


 身体が高温の炎に包まれる。とても熱い、呼吸もままならない。


 身体も動かせず、目の前で姫を失い、さらに自分達までもが炎に飲み込まれる。


 恐ろしいほどの絶望が心を押し潰すかのごとく襲いかかる。


 周囲の空間だけでなく、自分達もろともが炎に包まれ、身体が焼けていく。


 俺達はみんな、魔王の儀式による暴走で燃え上がった炎に飲み込まれたのだった。


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