彼女の未来について

 私は必死で頭を捻ったが特にいい案は浮かばなかった。どうすれば彼女を助けられるのだろうか。彼女を助けようと奮闘した数々の人もここで詰まったのだろう。彼女らはプライバシーを掲げて周囲の人を、全く奥に踏み入らせない。その最奥では一人の女の子が泣いていると言うのに、私たちはそれを助けてあげられない。どうすればいいのだろうか。

 そうこうしているうちに5日が経ってしまった。彼女に相談してもらってから7日目だ。学習塾にもう一度、彼女が来るはずだ。その時に話そう。

 ▲

「先生、もう何もしなくていいよ」

「え?」

 彼女の第一声がそれだった。授業が終わった後、リンカちゃんを引き留めて少し話をしていたのだ。

「だ、だってリンカちゃんだって大変でしょ。大丈夫、先生たちが助けてあげるから。それに昔リンカちゃんを助けようとしてくれた人だってたくさん...」

「私、先生に申し訳ないことしちゃった」

 そう言って彼女は諦めたように笑う。

「あのね、先生が助けてくれたんだと思うけど、何日か前に警察の人とか児童相談所の人とかたくさん来たの。そしてお母さんたちと話をしてた。でもね、悪いのは私なの。私がこんな醜い姿で生まれてきちゃったからお父さんも私を嫌いになっちゃったんだよ。だから私はここにいちゃいけない。お母さんたちもそう言ってた」

「そんなことないよ!リンカちゃんは...」

 その言葉を遮るように少女はしゃべる。

「だからね!先生、もう大丈夫。私が悪いから先生たちは大変なことしなくていい。お父さんだって家で先生のこと悪く言ってた。もしかしたら先生が大変な目に遭っちゃうかも。だからもう、大丈夫だよ...」

 そういうとほろほろと涙をこぼす。諦めたようの涙が音もなく頬を伝う。希望を失った人というものはこうも脆いのか、と思ってしまう。こんなにも追い詰めてしまうんだと。同時に私は強く憤るのだった。ここまで追い詰めた彼らに対して。

「リンカちゃん」

 私は優しく語りかける

「あなたは生きてていい。頼っていいんだよ。頼られるために私たち大人がいるの。辛かったら言いなさい。怖かったら言いなさい。あなたを、助けてあげるから」

 驚いたような表情をして私を見上げる。あぁ。この子はどこまでもかわいそうだと思う。希望を持つことすら今まで許されていなかったのだ。希望を持てることに驚いてしまうほどに。

「もしも、上手に息ができなくて。上手に歩くことができなくなってしまったら。それは大変なことだから。リンカちゃんを大切に思う人にとって大変なことだから」

 だから頼ってちょうだい。この生きづらい世の中で、あなたみたいな人が未来を見据えるために。

 もう一度彼女の頬に涙がつたる。しかしその涙は先ほどとは違い、教室の照明を反射してキラキラと輝いていた。頬から顎につたいそして、ぽちゃっ、と音を立てて床に落ちる。

「なんだか先生を見てるとおじさんを思い出す。おじさんはいっつも私を可愛がってくれたな」

「おじさん?」

「うん!とっても優しいの。醜くても私のことを大切に思ってくれている。一緒に遊んでくれるんだよ。しかもケンカもとっても強いんだって。だからパパもおじさんのことだけは怖がってる」

「そうなの?」

「うん。だけどおじさんは私がお父さんとお母さんにされていることを知らないんだ。私も、話さなかった。お父さんに話すなって言われてるし、しかもおじさんに迷惑かけちゃうかもしれないから」

 あぁ、こんな切り札があったのか。

「ねぇ、リンカちゃん。先生そのおじさんとあってみたいんだけどおじさんって今どこにいるか知ってる?」

「今?多分青森の家にいると思う。アカサカさんっていうんだ。何ヶ月かに一回、こっちに来るの。明日おじさんが来る日だよ」

 ナイスタイミングだ。

「じゃあさ、おじさんに伝えてほしいことがあるんだけど...」

 そう言って私は伝言を託した。

 ▲

「こんにちは」

「おう。でどうしたって?うちの可愛い姪っ子から言われてきてみりゃオメーしかいねぇのかよ。なんだってんだ?俺に用ってのは」

 私は彼をファストフード店に呼び出していた。最初に彼女が彼女の友人と話した場所だ。大柄な男が私の向かいの席に座る。流石に椅子も彼の巨体には耐えかねたのかギギッと音が鳴る。一瞬壊れてしまうのでは、と錯覚してしまったほどだ。そのオーラにけおされそうになるも、事前にリンカちゃんから優しいと聞いていたのでなんとか耐える。それがなかったらすぐさま逃げ帰ってしまっていただろう。見てくれがどう見てもカタギではないのだ。

「それが...あなたの姪のリンカさんについてです」

 男はまゆを釣り上げる。

 私は話し始める。彼女への虐待も、いじめも、何もかも。

「そうか...ありがとうな。おねちゃん」

 じっと聞いていた彼は最後にこういった。とてつもない怨恨のこもった声だった。聞いただけで鳥肌が立つ。本能的に畏怖してしまう。そんな声だった。

 のっそりと立ち上がるとこう言った。

「子供が、悩んでてどうすんだ。そんなの大人になってから腐るほどやるんだ。子供は前見てやんちゃしてればいいんだよ」

 その言葉は私の心にストレートに届いた。そして、感動した。こんな大人もいるんならまだ世も末ではないんだな、と思い直す。

 ▲

「おい。お前何したかわかってんのか?」

「あ、兄貴。いきなりどうしたってんだよ。そんな怖い顔しやがって...」

「そのヘラヘラした口とじろ。しゃべんじゃねぇ」

 そういうと彼はおもちゃを持つかのように自らの弟の頭を掴む。

「オメェのせいで一つの未来がなくなったんだ。オメェのせいで一つの命が傷ついたんだ。高校の時みたいにやんちゃしても許されるとか思ってんじゃねーぞ。お前は高校の時から何にもも変わってねーみたいだから一回刑務所ムショ入って頭冷やした方がいいかもな」

「ヒッ...」

 男は弟を掴む手に力をこめていく。

「だがその前に、俺が根性ってもん叩き直してやるよ」

 ボガッ

 <終>

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もしも、上手に歩けないなら ぼっちマック競技勢 @bocchimakkukyougizei

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