もしも、上手に歩けないなら
ぼっちマック競技勢
過去について
都内のファストフード店で二人の女が話していた。仲のいい友人なのだろうか。とても気さくな様子だ。
「おはよ〜」
「おっは〜」
「いやー久しぶりだね」
「だね。私も久しぶりにこっちきて、めっちゃ変わってたからびっくりしたよ。駅前の本屋さん、マックになってたし」
「一年ぐらい前に取り壊されてマックになったらしいよ」
「へー。そういえばまだ、田舎に帰省したりしてるの?」
「今年はまだだな」
「きてみるといいよ。めっちゃ変わってるから。そういえばさ、東京の仕事の方はどうなの?学習塾始めたんでしょ」
「あ、それね」
「どしたの?うまくいかないことあった?私でよければ話聞くよ」
「いや、仕事の方は順調なんだけどね、問題のある生徒がいて...」
「どしたの?そんな悪い生徒いるの?」
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「いやー、勉強する気があっていい生徒なんだけど、家庭の方にちょっと問題があるみたいで。糸沼リンカちゃんって女の子なんだけど」
「うんうん」
「まずお母さんがやばいのいよ。こっからここまでタトゥー入れてるような人で」
そう言って女性は首から右手までの範囲を手で示す。
「高校時代とか荒れてたって噂。碌でもない人で、自称専業主婦らしいんだけど家事全然やらないらしい。全部リンカちゃんに押し付けて、夫の稼いだお金でパチンコとかやってんだって」
「それはちょっと...確かに結構やばいね」
「でねでね、二人目のお父さんの方もやばいのよ」
「え?二人目のお父さん?」
「あ、そうそう。お母さんの方がね、一回離婚してるの。最初のお父さんが会社でリストラされたらしくて、お母さんの方は働いてないから貯金切り崩しながら生活してたの。でもね最初のお父さんのほうがいつまでたっても仕事を見つけこないものだからお母さんが嫌気さしちゃって。夫婦喧嘩が激しくなってその生活がはじまって5ヶ月ぐらいで離婚したんだって。」
「うわぁマジか。娘のこと気にしない母親に、お父さんからも引き離されて...リンカちゃんそれじゃめっちゃ大変じゃん。てか、お母さんもパートとかしたらいいのにね」
「だよね。私もこの話リンカちゃんから聞いたとき思った。だけどね、離婚する直前に元彼ともう一回連絡がついたみたいで。その元彼が社長になってめっちゃ大金持ちになってたんだって。だから一人目のお父さんのこと見限ったらしいよ。で、その元彼と再婚して今に至る、って感じ」
「あ、そうそう。二人目のお父さんの話だったね。その元彼くんのどこら辺がヤバいの?」
「いやー、高校時代の元彼らしくて。荒れてた時に一緒に徒党を組んでたんだって。だからお父さんの背中にも龍が宿ってたりしてね?ちょっとカタギって感じではないのよ」
「え、でも社長さんなんでしょ?」
「うん。猫かぶって外ではめっちゃ穏やかな感じ出してんだって。だけど家に帰ったらマジでヤバいらしい。家庭内暴力も日常茶飯事で。しかもそのリンカちゃん、あんま可愛い方ではないのよ。顔が。別に私はそれでどうこういうつもりはないんだけどお父さんがそれ気に入らないみたいで。いっつもブスとかアホとか言われて殴られてるんだって。ある日、それをお母さんに言ったみたいなんだけど。ほら。お母さんもお母さんでしょ。『私の夫がそんなことするわけないでしょ』で終わっちゃったんだって。学校でもあんまり顔が可愛くないからっていじめられてるみたいなのよ。頼れるおともだちもいないんだって。
でね、そのことを一昨日の授業で私に話してくれたの...でも、どうしたらいいかわからなくて。私ってどうしたらいいんだろう」
「警察に行ったりしたの?」
「いや、まだ...」
「今すぐいこ!その女の子はあなたにそのことを喋ってくれたんでしょ?勇気を出して。あなたのことを信じて頼ってくれたんだよ」
「......ッ!」
「お父さんにも、お母さんにも、誰にも認めてもらえなくて。同学年の子達にも頼れなくて。そんなんじゃかわいそうだよ。私たち大人ってのは子供守ってなんぼなんだよ?あなたが頼られてあげなくてどうすんの。多分この世で生きづらくなっちゃってるよ。その子」
相談された方の女性はその糸沼リンカの心情を的確に表していた。そう、彼女は生きづらくなっていたのだ。目の前が真っ暗な帳に覆われて、どちらに向かって生きていけばいいのか、歩いていけばいいのかわからなくなった。寄りかかる壁も、手すりもないから彷徨ってしまっていた。おんなじところをぐるぐると。だから。
「だからあなたがその子を導いてあげなきゃ。正しい未来に」
「......ッ。そうだね。今あの子を助けてあげられるのは私だけだ。たまにいいこと言うね。ミツキって」
ミツキと呼ばれた女性ははクスッと笑いながらこう言う
「たまにじゃないわ。いっつもいいこと言ってるわよ。ほら、リノン、早く行ってらっしゃい。お金私が払っといてあげる」
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リノンと呼ばれた女性はまず警察に行った。
「ですから!本当に彼女は困ってるんです!なんで警察が助けてあげないんですか。市民を守ってこそ警察でしょ」
「大変申し訳ありません。そのお宅にには児童虐待が行われているのでは、と他の方からも報告を受けていて、何度か尋ねたみたと記録には残っているのですがその全てが門前払いで終わってしまっています。何かしらの証拠もないですし強制的に家の中を捜査したりと言うのは難しい状況ですね。新しく報告もあったことですし、捜査状が出るか上にも取り合ってみますが、あまり期待なさらない方がいいかもしれません。」
その後彼女は児童相談所に電話をかけた。しかし、それも警察とほぼ同じだった。何人もの人がリンカちゃんと助けてあげようとしていたらしい。だけれど、それも無駄になってしまっていた。子供を守ってあげなくちゃいけない両親が、自分の保身のために、ストレス発散のために子供を傷つけるなんてあってはならないことなのに、それが蔓延ってしまっている。
私は彼女を助ける方法を模索し続けた。保護者面談の時に両親に向けてかまをかけてみたりした。
「そういえば最近リンカさんの様子がおかしいんですよ。なんだか暗いというか、悲しそうというか。ご家庭で何かありましたか?」
「は?あんたには関係ないっしょ。あんたは普通に勉強教えてりゃいいの」
奥歯を食いしばりながら、こう絞り出す。
「...わかりました」
私はどうしたら、彼女を助けられるのだろうか
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