隣の席の花千代さんは、テスト中でも鼻ちょうちんを作っている。

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

隣の席の花千代さんは、テスト中でも鼻ちょうちんを作っている。

 この期末テストが終われば、夏休みまであとひと踏ん張りだ。

 僕を含めたみんな、集中して問題を解いている。

 鉛筆の音だけが、教室に響く。

 ……鉛筆の音だけが。普通なら。


「すぴー……すぴー……」


 カンニングを疑われない程度に、ちらりと横に目をやる。

 僕の隣。窓際の席。花千代さんはいつものように、鼻ちょうちんをぷっくりとふくらせて寝息を立てている。


 花千代あかり。小学校から同じ学校だったけど、一緒のクラスになるのはこの中学一年生が初めてだ。

 おかっぱ頭の黒髪で、表情があんまり変わらないのもあってこけしってあだ名されたりもするけれど、ちゃんと見ればかわいい顔をしてると思う。


 というか、世界一かわいいと思う。これは僕が花千代さんのことを、好きだからかもしれないけれど。


「すぴーひょろ……すぴぷー……」


 花千代さん、テスト中なのに寝てる。鼻ちょうちんが頭の大きさに並びそうだ。


 花千代さんが鼻ちょうちんを作ってるのはいつものことだけど、さすがに起こしてあげたいな。でも変に声をかけたり触ったりして、カンニングと思われても困るし。


 うーん、自然に起きないかな。眠りは浅そうなんだよな。薄目が開いてるし、なんか手は鉛筆をちゃんと持って動いてるし。

 それにしても、今日は一段と鼻ちょうちんが大きいな。ぷっくりとふくらんで、映る景色がゆがんで見えて……


 ――って、あっ!


 気づいた。花千代さんの鼻ちょうちんに、テスト用紙がうつってる。

 花千代さん、鼻ちょうちんをレンズみたいに使って、ほかの人のテストをカンニングしてる!?


 ちょっと待ってそれはよくないよ花千代さん、いくら好きな人だからって悪いことをしてるのは見過ごせないよ、止めないと。

 というかあれ、誰のテストをうつしてるんだろ? あのクセのあるひらがな、見覚えが……


 あ。僕のテストだ。

 花千代さん、僕の解答をたよりにしてくれてる? 僕、花千代さんにたよられてる?


 それだったらちょっと、うーんうれしいような、むずがゆいような、ちょっとそわそわしちゃうな。

 なんだか照れくさいせいか熱くなったような気がするな。熱さでなんだか、テスト用紙からもこげたにおいがするような……


「って、テストが燃えてるー!?」


 窓際の花千代さんの鼻ちょうちんがレンズの役割をはたして、僕のテストの表面に虫眼鏡のごとく焦点を合わせて、集められた太陽光により僕のテストは火がついた。

 完全に燃えつきる前に消せたから、テストはなんとか無事に済ませることができた。

 でも花千代さんにカンニングのこと指摘するヒマ、なかったな。




「沖田くん。沖田くん」


 テストがすべて終わって、採点された答案が返ってき始めた日の、休み時間。


 花千代さんが隣の席からイスごと寄ってきて、服のすそを引っぱって呼びかけてきた。そういう動作やめてほしいな、かわいすぎるから。


「テスト。いい点とれた。ありがとう」


「そこでお礼を言ったらダメじゃない?」


 カンニングしましたって宣言してるようなものじゃんか。いくら僕が気づいてるとはいえ。


「お礼にこれを……すぴー」


「鼻ちょうちん作るの早くない?」


 花千代さんは立派な鼻ちょうちんを作って、それを両手で持ってすぽっと鼻から外した。

 そしてそれを手渡してくれた。


「あげる」


「これもらって僕が喜ぶと思ったの?」


 ツッコミをしたら、花千代さんはきょとんとした顔でこてりと首をかしげた。

 え、何そのリアクション。かわいいんだけど。

 じゃなくて花千代さん、僕が鼻ちょうちんをもらったら喜ぶ人間だと本気で思ってる?


 そんなまさか、いくら僕が花千代さんのことを好きだからって、鼻ちょうちんをもらっても……えーと……花千代さんの体から分泌された体液のかたまり……いや喜ばないよ? 人としてこんなことで喜んだりは、えっと、しないよ?


「あ、それとね」


 花千代さんは動きのとぼしい顔面をほんのちょっとだけ笑顔の形にして、言った。


「沖田くんのひらがなの書き方ね。かわいらしいから、好き」


 その花千代さんの言葉に、僕はうまくリアクションを取れなかった。

 完全に固まっていた僕に対してなんにも思わないみたいに、花千代さんはイスごと席に戻っていって、次の授業の準備を始めた。


 ……不意打ちだよ、その言葉は。




 ちなみに鼻ちょうちんは持って帰って、僕の部屋の窓際で三日くらい割れずにもった。

 月明かりを浴びて、きらきらしててきれいだった。

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