第5話 身体検査

 その3日後。

 春明の診察の日に合わせて、小蘭は黎貴妃様の居る東宮に入った。


(いいですか、くれぐれも大人しく。あ、歩き方はもう少し前屈みに……いや、それじゃあおばあさんみたいでしょ。こら、飛び跳ねない!)


 春明の後ろに控え、その後ろに、黎貴妃様のお膳を下げた女給達が連なっている。

 小蘭は歩幅を小さくしたり、背中を丸めたりと頑張ってはいるものの、ことあるごとに春明の厳しい演技指導が入ってくる。

 それに辟易としながらも、厨房から東宮までがとても遠いことに、小蘭は改めて驚いていた。

 勿体ない。これじゃあせっかくのご馳走も、黎妃様のところについた時には冷たくなってしまうだろうに。


 自身のへやを、厨房のすぐそばに配置してくれた蒼龍に感謝しつつも、だいぶ板についてきた暗めの女給「美雨メイユイ」になりきり、小蘭はしずしずと春明の後ろに従った。



 東宮門には、思い出したくもない男が待っていた。

 雲流だ。


「よーし、来たな女ども。これより東宮様謁見の検閲を行う。お前ら、一列に並べー!」


 たまたまのお役目のくせに威張りくさって、相変わらず嫌なやつだ。

 長い前髪の下で睨みつけた小蘭に気づくはずもなく、雲流はひどく偉そうに指図する。

 しきたりなので、その様子を春明は、後ろに控えて見ているしかない。

 雲流は左から順に、ねめつけるように上から下までを眺め始めた。


「んー、どれどれ?凶器など隠してはおらんだろうな。おや?この膨らみは大きすぎるな。もしや、武器ではないのかなぁ」


「ひいっ」

 主菜のお膳を手にした若い女給の胸元を、むんずと掴む。

「うむ、固いものは…なさそうだな。おおっと、膳を落とすなよ。死罪になるぞ」


 雲流は、がくがくと足を震わせながら必死で膳を掴む女給の胸を、むにむにと揉みしだいた。


 後に続く女達の検査も、その調子で行われ.……


「さーて、最後はキサマだな。おやお前、新顔か?」

「新しい毒味の娘だよ。雲流、早くしてくれないか。薬膳は決まった時刻に食さねば効果が薄いのだ」


 春明の警告を無視し、雲流は小蘭の顔の直近まで顔を寄せた。


「ふーん、お毒味とは哀れな役目よな。毒で死ぬのって物凄く苦しいらしいぜぇ?

ま、儚い命にはぴったりの貧相なナリだが」


 相変わらず最悪な性格だ。

ジロジロと舐め回すような視線が気持ち悪くて、小蘭は前髪で顔を隠すように、背を丸めて俯いた。

 と、雲流はさらに顔近くに鼻を寄せて、くんくんと匂いを嗅ぎはじめる。

 小蘭は思わず仰け反った。


「んー?お前、なーんか嗅いだことあるような匂いがするな?甘ーい、桃みたいな香りだなあ」


「さあ雲流、もう時刻に間に合いません。

これ以上待たせるならば、こちらで足留めをされたことを、報告せざるを得なくなりますが」


 先生の一喝に、雲流はチッと舌打ちした。


「……異常なし、行ってよし」


 面白くもなさそうに一言告げると、彼はふいっと背を向けて退がってゆく。


「さあ、参りましょうか」

 先生が柔らかな笑顔を向けると、女官達は安心して、ほっと息を吐いた。


 東宮は、小蘭のいる北宮よりは何倍も大きい建物で、太后様のわす西宮と対になっている。その奥の奥、いくつもの角を渦巻き状に曲がったど真ん中のへやが、黎妃様の居室だ。

 案の定、入口から黎妃様の居室までには半刻もかかり、到着した時には、膳を運んでいる女達はくたくただった。

 しかもこの東宮は、道すがらも、酷く陰気な様相を呈している。奥に進むにつれて灯りが減り、薄暗くなってゆく様は、まさに呪われた邸、魔王の巣だ。

 房の前には、ふたりの宦官が番をしていた。先生が黙礼すると、左右に別れて扉を開く。


「うわ、眩しっ」

 思わず呟いた小蘭を、春明がチラと見て微笑んだ。それから、中に向かって声をかける。


「貴妃様、お待たせしてすみません」


 背中をこちらに向け、寝台に伏していた金色の光が、物憂げな様子で起き上がった。

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