第一話 2
「だからマジなんだって!!マジで居たんだよ白い鎧の女!!」
翌日。
場所は嘉地鬨高校内の食堂。時間は昼休み。
一番隅にある四人掛けのテーブル、晃たち三人の指定席だ。
晃の交友関係は極めて狭い。
幼稚園児の頃から気に入らないもの、我慢ならないものに対してすぐカッとなり暴力を振るい続けて来た。
いじめっ子も、いじめられっ子も、どちらでもない子も、教師にも、果ては自分自身にすら。
高校生になってようやく落ち着きを見せ始めたが、過去の所業は広く知れ渡り学校では誰もが晃を避けるようになった。
今テーブルの向かいに座っている二人を除いて。
「え、それなんてアニメ?それとも特撮?声優誰?」
一人は肥満体型で坊ちゃん刈り、晃と同じくらいの身長の男。
肩からお気に入りのアニメ「まじかる★ぐ〜る レイシスちゃん」のマイクロファイバータオルをかけた、どこにでもいる典型的なオタク高校生。
趣味が濃すぎて話の合うクラスメイトがおらず、孤立している存在。
「オメー、モテなさすぎて幻覚見た系?つか鎧の女て、マニアックかヨ」
もう一人は痩せぎすの高身長、髪を金色に染めた浅黒い肌の男、
整髪料と香水をたっぷりと使い、身だしなみを整えたつもりでいる自称チャラ男で自称イケメン。
どこにでもいるモテない高校生。
学校中の女子を手当たり次第にナンパしたせいで煙たがれ、孤立している存在。
学校の中に居場所を持てなかった、まったくタイプの異なるダメ男が三人。
ちょっとしたきっかけで、なんとなくつるんで一年になる関係だ。
「どう言えば信じるんだよおめーらはよー!いいか?あたりが暗くなってなんか木のやつがグワーってきてグイーッてしてきやがった時にな?」
「説明下手すぎん?」
「木のやつってなんだヨ、ふんわりし過ぎてんだよなにもかもがヨ」
「あとはその……なんだ、いいケツしてた」
「あっ、そこんとこもっとkwsk」
「オメーってそういうトコ、ムッツリ系だよナ。オイもっと詳しく」
晃は祖母が毎朝用意してくれる弁当を、賢治と宏は学食を食べながら毎日のようにくだらない話を繰り広げる昼休み。
人づきあいが下手で学業の成績も良くない、学校という人の波の中で居場所のない三人に許された、たった一つの憩いの空間だ。
晃の体験談を中心に延々とバカ話を繰り広げ、昼休みが終わりに近づく頃。
突然話に割って入り、晃の隣の席に座る女が現れた。
「私は晃くんの話、興味深いと思うけどなぁ?」
「あっ、とーこたんじゃん」
「もう昼休み終わるゼ?とーこちゃんサボりかヨー?」
長い髪をまとめて額を出し、後ろで一つ結びにしたこの女性は
大きめのバストが魅力的だが、あまり高くない身長と若干肉付きが良すぎる腰回りと脚が玉に瑕。
性格も余裕があり飄々としているようでどこか抜けている、所謂残念な美人といったイメージの女だ。
「ゲッ、翡翠先生かよ……」
晃は過去の所業に加え、日頃の言動と成績の悪さのせいで教師からも好かれる存在ではない。
晃自身もそんな教師陣が好きではなかったし、自分が嫌われている理由も自覚しているのでそういう扱いを受けるのも当然だと思っていた。
だが、そんな教師の中で唯一自分に物怖じせず近づいてくるのがこの陶子という女だった。
自分を腫物扱いせずに接してくれる事に対し悪感情は抱いていないが、とにかくグイグイと迫ってくる陶子の距離感に晃は少し苦手意識を持っている。
「ねぇねぇ、ちょっと詳しく聞かせてよ、昨日の事だから……帰り道で会ったのよね?」
隣から顔を近づけられてしまい、晃は思わず目を逸らす。
宏とは違い適切な量を使っているであろう香水の香りのせいで余計に気恥ずかしい。
「そ、そうだよ。あんたに付き合わされたせいでえらく遅い時間になっちまったけどな」
「えー?とーこたん、こいつの話信じるのぉ?」
「面白い話じゃない?白い鎧と木のオバケ、ってさ。このへんって結構そういう都市伝説あるのよ?
夜中独りで出歩いてると、泥のオバケに連れ去られるぞー、って小さい頃よく脅かされたっけな」
「泥……泥か、泥なら俺が勝ってたな。たぶんパンチ効くし」
「その自信どっから来るんだヨ」
賢治と宏が真に受けていない話を、陶子だけはすんなりと受け入れている。
晃が自分で体験し自分で言った事だが、こんな突拍子も無い話を無条件で信じてくれるこの教師の事をありがたく感じると同時に、不思議な女だなとも思った。
「それでさ、その鎧の女の子、だっけ?その子とはそれっきりなの?メアド交換したりとかは?」
「あるわけねえだろ!……でも、もう一回会いてえなとは思ってる。手がかりがあの帰り道くらいしかねえけどさ」
「ふぅん……?」
陶子の目がキラリと怪しく輝く。なにかロクでもないことを考えているなと晃は直感した。
「場所だけじゃなくて、時間帯も重要なんじゃない?放課後の時間潰せるいい話があるんだけどぉ〜……」
「まさか……」
「正解!晃くんに朗報であります!今日の放課後にも備品入れ替えあるから手伝って❤」
「オォイやっぱりかよ!!」
晃の直感は当たった。
昨日聞いた話では、なんらかのミスで本来3月の春休みに行われるはずだった机などの備品入れ替えが5月のこの時期にずれ込んだという。
帰宅が遅れたのも目の前の教師に頼み込まれて断れずに手伝ってしまった結果だった。
「つーかよ、教師の仕事生徒に手伝わすかフツー!?周りの先公なんも言わねーの!?」
「素行が悪かったので反省させる為にやらせています、って言ったら誰も文句言わなかったけど?」
「そ、そんなんアリかよ!?」
「残念でもないし至極当然」
「オメーがワリィーのヨ、オメーが」
顔を賢治と宏の方に向けるも、求めた同意は得られない。
この友人達は親しい間柄でも、親しい間柄だからこそ晃の粗暴さを肯定しない。
「さてはこれ押し付けるためだけに話にノってきやがっ……」
陶子に抗議する為に向き直ると、更に顔の距離が近くなってしまい言葉を失う。
「お願いお願い!お互いメリットしかないでしょ?お・ね・が・い❤」
お互いの息がかかる距離。間近に迫る女の香りに耐性の無い晃はただ顔を赤くする事しか出来ない。
「わ、わ……わーーーったよチクショウ!!おい!お前らも手伝え!!」
必死に陶子の顔を押し戻し、助けを求めるべく向かいに座る友人達の方に再び視線を向けると、既に食器を片付けて席を立とうとしている二人の姿があった。
「や、ボクは推してる電子tuberの配信リアタイ業務があります故〜」
「オレっちは駅前のゲーセン行くんだヨ。バイトの大学生のコとスゲー仲良くてヨ、もう一押しで恋人ワンチャンだからヨ!」
「「そういうワケなんで、頑張って〜♪」」
「薄情!!!」
そんなバカ三人と不良教師一人のやり取りを、雪のように冷たい眼差しで眺める一人の影があった。
その女子生徒は深いため息と共に、小さく呟いた。
「もう一度言って聞かせるべき、かな」
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